2639年01月01日

Chapter:02『人の間、星の間』-10




件名 :[部外秘]地球本星への出頭要請
差出人:秋山千尋
宛先 :クリストファ・アレン


 私、秋山千尋は現在、機上の身につき電子メールにて失礼する。また、以下の内容は私の独断で君に送るものである、扱いには注意して当たってもらいたい。部外秘と記しはしたが、君が必要だと感じたのならば101部隊内での閲覧を許可する。繰り返すが、扱いには注意。

 以下、まだ正式な文面化は施されていない為、羅列にしかなっていない点に付いては先立って謝罪をしておきたい。

 宜しくお願いする。


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 太陽系惑星連合はその本来の建国理念に立ち還ることとする。一方で混乱を招く国名の変更及び、従来の市民国民生活、その様式の激変は『臨時政府』首脳たる我々が望むところではない。

 1.
  政治運営システムの完全なコンピュータ・システム化
  いかなるロビー活動も組織票もこれは政治に影響させてはならない

 1−1.
  政教分離の完全徹底。神、一神教との訣別。なお、信仰それ自体を
  束縛するものではない。ただし、神の名によって行われる他者に対する
  あらゆる暴力に関してはこれを徹底的に駆逐することとする

 1−2.
  1に付随。行きすぎた富の一極集中、その解消。偏った投機による
  不健全不自然な経済活動を禁止。健全な資産流動の促進

 1−3.
  捕捉。選挙は五年に一度、無作為に選ばれた国民による信任投票を
  行うものとし、『運営システム』に対する評価を是とするか否とするか、
  のみを問うものとする。『システム』が否決された場合、二年の
  猶予後に国体を『先のもの』へと戻すこととする

  その場合、現行の『臨時政府』は解散することとする

  その後、再度の『システム運営』の採用に関する通常型選挙を期待は
  するが、我々はそこまでは敢えて『法的』に望まないこととする


 2.
  エテルナ共和自由国の独立を正式に認め、『対等』な国家としての
  国交を改めて清浄、正常化させる。恒星間国家として相互に必要と
  される条約類の締結の推進を積極的に行っていく必要がある

  従来の政治体制では何一つとして進行しなかったこと、これは
  我々の決起理由の一つである

 2−1.
  天文現象である『ネビュラ・リーヌ』に依存しない、外宇宙探査計画の
  強化。これは、アポロン星系と協力して進行させるべきプログラムである

 2−2.
  太陽系外、アポロン星系外への移民計画の推進及び、それに
  必要とされる、あらゆる技術の研磨、攻究


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 以下、改めて私信である。

 これを誰よりも君に開示する、その意味を理解して欲しい、アレン少佐。

 君には、君にしかやれないことをやってもらうつもりだ。

 妙なことにはならない。

 取り敢えず、地球に一度、降りてきてくれ。

 君の顔を、見せたい人達がいるんだよ。

 このメールと前後して、月面の司令部から改めて、正規の命令が届くだろうと思う。先程はこちら側にも行き違いがあり、失礼した。多忙を理由にしたくはないが、こちらの事情も忖度(そんたく)して貰えると助かるところではある。

 出来れば急いで貰いたいところだが、統合特務部隊の台所事情は認識している。教導行為他は別名あるまで保留とし、哨戒任務及び有事に備えたアラート待機を優先、これに関しては『出雲』の501、武藤美子と折衝(せっしょう)しろ。便利に使ってくれて構わない。指揮権を101に委譲する必要が有れば、それも厭(いと)わない。

 地球本星への行程に関しては、あらゆる権限を与えるものとする。

 また、機材機種並びに人員、その編成も全て一任する。

 ありとあらゆる方法を許可する!!

 地球本星に、出頭されたし。

 後刻、『ノーザンクロス』管制にも話は通しておく。軌道エレベータを使うも良し、或いは艦載機で直接の地球降下を行うも良し。これは提案でもあるが、実機による大気圏突入ミッションは101としての訓練としても打って付けではないかと感じるが、どうだろうか。

 直接の地球降下に際しては日本列島上空への降下を推奨しておく。突入後は『東京コントロール』の指示誘導に従い、『横須賀空海軍基地』を経由し、伊豆諸島沖を航行しているであろう融合力空母『やまと』に着艦されたし。航宙機ワイヴァーンによる着艦は初めての試みとなるが、君達ならば全く問題は無いだろうと信じている。

 私、個人が全てに渡り、手を回したいところではあるが状況が状況に付、連絡が付きにくいことが予想される。

 君個人で処理出来ない事案が発生の祭は横須賀基地のハワード大尉に連絡を取られたし。


 慌ただしく、それは申し訳ない。


 地球で君、或いは君達に会うことを楽しみにしている。


 敬愛すべき『レールガン』。今回はいよいよ『ウェイブ・ライダー』と文字通りになるのだろうか。

 では、良い旅を!!




   ・
   ・
   ・


「…………」

 クリストファは、懊悩(おうのう)していた。本当に、本当に珍しいことだった。

 ヲチミズを始めとしたパイロット他も軽々に近寄れない空気を盛大に醸(かも)している中、フローラだけが躊躇(ちゅうちょ)無く歩み寄っていく――フローラ『副長』は伊達ではない。少しだけ首を傾げた隊長、クリストファはそれでも意を決して、自らのメール画面をフローラに示した、ように端からは見えた。

「ふむふむ――?」
 空席となっていた、つい先程までのハインリヒの指定席にフローラがドシンと座り込む。彼が『なんか、おじいちゃん疲れちゃったお』と司令官室へと逃げ――もとい、本来の居場所へと戻って、まだ三十分も経過していない。

 クリストファと、やはり目を剥いて驚愕を隠そうともしないフローラが小声で会話を交わしている一方で、ようやく始まった各種のマスメディアによる『クーデター』の詳細報道にその部下達は目と耳をそれぞれ、傾け始めていた。

 誰に言われるでもなく書記となったヲチミズがホワイトボードに確定と思しき情報を書き加え続けているのを横目で確認しつつ、クリスはキーボードパネルを取り出した。

「これって、『初代大統領』がやろうとしていたこと、と判断して良いと思いますか?」
 就任から僅(わず)か半年で暗殺――正確には爆殺――された、初代大統領。もっとも、初代とは言え、二代目以降の大統領は存在せず、結局は合議制、政府主席と言う扱いに落ち着くこととなってしまった、そんなこと位はクリストファでも知っている。

「ブルクハルトが暗殺されて、多くの政策が立ち消えになったんだよね――結果的に、大統領制もなくなってしまったし――旧態依然とした国際連合が名前を変えただけ、みたいになった……と、私は認識しているし――その面では発足当初、本来の、ってことだと思うけれどねえ……」
 クリストファと等しく、声を潜めながらフローラ。胆力のある彼女ではあったけれど、流石にこのメールの内容には狼狽(ろうばい)しきり、そんな様子であった。

「詳細が触れられてないけれど『システム』ってのも気になります」
「うん、同意」
 クリストファとフローラは相互に頷き合った。

「SFアニメとかだと、とかく『システム』の暴走でディストピアまっしぐら、ってのが定番ですよね」
「……ベタだけど、反論の余地はないわね」
 苦笑したフローラが、髪を掻き上げるのを眺めつつ、クリストファは一つ深呼吸を行った。さて、隊長として、これからどう判断を進めていくべきかな。

「……文面通りであれば、月面の司令部からはそろそろ軍令が届きでもするんだろうか」

『隊長、月面の司令本部からの通信信号を受信。転送します』
 クリストファのシグマが反応したのは正にこの時だった。やれやれ、『先読み』が行えても、この際は全く嬉しくないな……。

「承知している、マノア――転送を」

 転送されたデータを隊長権限で解凍、表示の実行。立体映像として展開されたそれは、正に正式な『宇宙軍』からの軍令書であった。発行年月日と付与されたIDナンバー、承認電子印各種をそれぞれ確認したが、全く問題はない。

 分かり切っていた、命令の内容。


「行ってきたら、どう? 場合によっては私が地球まで付き合って上げても良いけれど?」
 簡易座席、その背もたれをギィと鳴らしながらフローラが言ってきた。

「……お申し出は有り難いが、その場合はこっちの『ハイランド』が手薄になるし、今回はどうせなら訓練を兼ねて『楽しんで』きちゃおうかな、と。ヒヨッコどもを引率してくるわ」
 引き出したタッチパネルで新しいウィンドウを呼び出しながらクリストファ。部隊編成及びその他の手続きは、そこそこ面倒な量になりそうだ。

「そっか――ざんねん」
 いつもの茶化しも冷やかしもなく、本当に残念そうなフローラの顔である。クリストファの発言の意味。そう、自分ことフローラ・ザクソンはこの『ハイランド』で留守番役となる、そんな通告。隊長の判断は、正しいと思う。ただ、少し、そうほんの少し、寂しいだけだ。もっと頼って欲しい、そんな気持ち。助けている、頼らせている『つもり』。『つもり』なだけで、その実、火星沖からこっち、助けられっぱなし……。

「地球土産は何が良い?」
 スタイラス――ポインティングデバイスを口の端で銜(くわ)えたまま、クリストファがそう尋ねてきたのは、そんなフローラの常にない陰影を、それとなく悟ったからなのだろうか。

「日本だったら、焼酎と泡盛と日本酒で――他だったら、ウィスキーでいいや」

 酒ばっかじゃねえか、クリストファは小さな体で、それでも大きく笑うのだった。


 ――ひょっとして、少なからぬトラウマを抱えているアタシを心配しているのかな、この人は


 ちょっとだけ、確かめたくなったけれど。

 とても、赤面抜きで尋ね通せる自信がまるで、無くて。

 本当に、なくて。

「いってらっしゃい、隊長」

 としか、フローラ・ザクソンは口にできなかったのでした、とさ。




   ◆ ◆ ◆


 いつになっても馴れることのない、社長室は来客用ソファ、その柔らかさに辟易としている日村霧男に対して『ラリー・インダストリー』社長、ジュリアス・オークランドは自ら淹れた紅茶を洗練された所作で勧めてきた。

「アルファ・ワン、『アルティマ』の進捗を拝見したよ。見事なものだ、本当に感心した――あ、冷めないうちに紅茶をどうぞ、日村君」
 開発コードと仮名称を並べてくるところが、さすがに技術者畑からの叩き上げ、というところだろうか。会長はともかくとして、日村はこの社長が嫌いではなかった。
「……そりゃどうも……。まあ、『ガワ』は拾得物みたいなものでしたし……いただきやす」
 ずずぅと紅茶を啜った。茶道楽の社長であり、これは間違いなく相当に素晴らしく美味しい紅茶なのだろうが、霧男には細かいことは分からない。

「でね、これは内示――君にだけ、明かしておくことがある」
 レモンを一切れ、自らのカップに浮かべ、オークランド社長はその芳醇な香りに目を細めた。
「なんか、そう言う前振りは嫌な予感しかしないんですがぁ」
 霧男の発言に、社長は苦笑いを浮かべた。

「近い内、『出雲』に『アルティマ』ごと移動してもらうことになると思う、これが第一」
 社長の言葉に、霧男はティーカップをソーサーに戻した。失礼します、と断りだけを入れておいて『シグマ・システム』を起動させた。これは、第101統合特務部隊でも先行採用されているものと全く同じものだった。ふーむ。それにしても急展開だ。クーデターと関連はあるのか、どうなのか。

「『石川島』ってことですかい??? ほぼ形になってるとは言え、まだ色々と細かいところに手が入っていないんですが……あと工程表通り、二週間は欲しい本音がありますが」
 工業コロニー、『出雲』にはラリー・インダストリーの工廠(こうしょう)、言うまでもなく大規模なものが確かに存在はしていたので、移動それ自体には不可解なところはない。もっとも、『アルティマ』はとかく大きいものだから、そのままでは入渠(にゅうきょ)だとか、そもそも接岸だとか出来るはずも無いのだが……。

「艤装(ぎそう)は完了しているのだし、自力航行は可能なのだ。『石川島播磨』の第一から第四ドックを空けさせた。最終工程、及び細かな手入れはそこでやってもらうことになるな。まあ、今日明日の話でもないが、一応、君の耳には早い内に入れておくべきだと判断した」
 神経質にレモンを除きながら、こちらは音を立てず、極めて上品に紅茶を含んだ社長であった。なお、『石川島播磨』とは、そんな『出雲』の造船工業区画に付けられた愛称のようなものである。複合企業『ラリー・インダストリー』、その前身の一つとなった企業体の名前は、魂はこうして現場の人間達には根強く引き継がれているのだった。

「うっはぁ!」
 と、日村は率直に漏らした。『出雲』、その八つあるドックの内、四つを空けるとは、どれだけ思い切りが良いんだろうか。どれだけの経済損失になるのか、心配になってしまうレベルである。どんだけだ、と。

「驚くのもわかるよ。四区画を設定したのは、とにかく人目に付くのを最低限としたい、そんな判断『らしい』のだけれどね」
 社長が、露骨に何かを匂わせてきた。露骨すぎて、逆に日村としては気分が良いぐらいのものだ。

「で、我が社はどうなんです? 今の『臨時政府』、『軍』に従うって方針なんですかね?」

 容赦ない大跳躍、日村の発言に社長は紅茶を噴きこそしなかったが、それでも慌ててカップをソーサーに戻す羽目にはなった。

「……流石だ、日村。これは信じて欲しいのだが、私自身も青天の霹靂(へきれき)でね、今回の『出来事』は……」
 日村はじっ、と社長が続ける言葉を待つことにした。現場からの叩き上げ、と先に言った。この社長が、実は『会長』やその取り巻きには到底及ばない権威権力しか持っていないことを、日村は勿論知っている。実際、この大きすぎる複合企業体『ラリー・インダストリー』は、会長及びその歴任者に本体中枢が握り付けられていると言っても過言ではなかったのだ。

「会長は、今回の『クーデター』を事前に知っていたらしい」
 苦虫を噛み潰したような表情の社長、ジュリアス・オークランドであった。

「あのクソダヌキがやりそうなこった」
 けっ、と悪態の霧男。しかし、気付いた、思い至った。
「――あー、ひょっとして『アルティマ』の天文学的な建造費とかって『そっち』関連から出ていたって落ち、なのかな?」

「恐らくは」
 少しだけ時間を置いてから、オークランドが力無く呟いた。

「…………やれやれ…………なんか、歴史のウネリとやらに巻き込まれそうじゃないですか、俺等――チラチラ出ていた『準軍属』の話とか、今思えばそういうことかぁ」
 ずずいと紅茶を飲み込んで、霧男は大きく天井を仰いだ。あー、面倒くせえことになった。自分はともかく、部下達がなあー。

「『出雲』への出向も含め、君達はこれから多くの軍人と関わっていくことになるだろう。世の中がどう、動いていくのか予断は許さないが、個人的には大きな問題は無いだろう、と思う――思いたい」
「軍事クーデターですぜ……どう考えてもろくなことにならんのじゃね? と思ってしまいますがぁ」
 霧男の主張には、しっかりと深く頷いた社長だった。
「……何かあった場合、君達の身の安全、他は全力で私が守る――もっとも、君達の様な存在に何か実害が加わるようであれば、この太陽系はそれこそ終わり、そんな時だと思うがね」
 社長が葉巻を取り出すのを確認して、日村も紙巻きを取り出した。しばし、無言で紫煙を交わし合う影が、社長室に二つ。

「すまないな、私も本当に知っていることは限られているんだ。取り敢えず、『出雲』への移動の件は頭に入れておいて貰いたい」
 本当に不味そうに葉巻を吸いながら、社長。
「ええ、まあ『出雲』ならね、部下の多くも日本人みたいなもんですし、自分にとっても『庭』みたいなもんですから」
 答える日村も常にない煙草の苦さに辟易(へきえき)としたものだった。

「ああ、或いは君にとって少しだけ朗報になるか――残ったもう一点、そんな『アルティマ』の艦長が、内定している、そう連絡があった」
「へえ……」
 何が朗報なのか、日村には全く想像も付かなかったのだが。



「火星沖以来、君も懇意(こんい)にしている『レールガン』が、内定しているそうだよ」 









   ◆ ◆ ◆


「親父さんの承諾、降りました――フローラさん、お願いします」
「おっけえええ!!」
 クリストファの指示を受け、フローラは首元に掛けられていた『サイドパイプ』を手に取った。これは本来は宇宙軍艦艇で使用される号笛であり、艦長及び上級階級者による命令、発令の前に全艦内に向けて吹き鳴らされるものである。オンボロ艦の集合体とは言え、かつては正式な宇宙船舶であった『ハイランド』に対する、101構成員の敬意の表れ、その一つであると言えよう。もっとも、余裕がある時にしか行われることは無かったけれど。

 ピユィイイイイイ、ピィイイ、フローラの見事な演奏が『ハイランド』内を響き渡るのを確認し、クリストファは大きく息を吸い込んだ。

「後に文面に起こし、各自端末への転送は行うが、それに先だって、隊長より整備組に達する――『晴嵐』の出航準備、これは各種燃料フルチャージで行って欲しい。システム回りは、パイロット組で担当する。とにかく、稼働状態へ急いで持ち上げるように。そして、こちらが本題だ――ワイヴァーン58号機、100号機、109号機、以上の三機を『G型装備』へと換装してもらう。コックピット・コアは、三機とも『D型』を用意。武装は全て、模擬弾頭で固定――あー、ガトリングだけは実弾を詰めておけ――疲れているところ申し訳ないが、急いで欲しい――並列整備システムの運用を、許可する!!」

 クリストファはここで、敢えて呼吸を挟んだ。

「――言うまでもなく、今回のミッションには『大気圏突入』が含まれている。整備組、パイロット組、共に入念な心構えでこれにあたれえぇい!!」

 先刻までの弛緩しきったブリーフィング・ルームの雰囲気は、とうに一変している――カレーの匂いは残っていたが。鬼の教導隊、エース部隊の101にあっても『大気圏突入』は軽いミッション、任務では断じて無いのだった。そもそも軌道エレベータ『ノーザンクロス』が存在実動している現在、艦載機及び航宙船舶による大気圏突入と言う状況は実質、無意味なものとなってはいた。コンテナ一つに二トン、という重量制限はあっても、人間及び物資の移送は全く問題も障害もなく地上と行えるのだし、デリケートな各大気層を傷つけることもない。

 しかし、皆無絶無な可能性に対して備えるのも、これは軍人の、特に教導隊の重要な役割。

 航宙機による大気圏突入を行わないとならない可能性は、ゼロでは無い。そう、『あらゆるもの』がゼロではない。

「繰り返すぞー」
 先の命令をクリストファが口頭で一字一句を繰り返している、その横で里山は内容を文面に落とし込む作業を慎重に、しかし素早く行っていた。わあああああ、と叫びながら雪崩を打ってブリーフィング・ルームを飛び出して行っているのは整備組、及びそれに準ずる海兵組の面々だ。人員数の限られた『ハイランド』にあっては、海兵組にも軽い整備作業と本職の整備兵の補佐、その技術が期待されていると言う切実な現実があった。

 さて、『AF−10』こと太陽系惑星連合宇宙軍制式採用航宙戦闘機『ワイヴァーン』は、追加武装、追加推進器等と言った様々なオプションユニットの幅広い搭載運用、展開を可能とする、そんな際立った汎用性の高さで世に知られている航宙戦闘機である。

 まず物理、ハード面では機体各所に数多く設けられたフリージョイント、ハードポイントを始めとし、各種火器類及び周辺機器類、整備需品他との徹底した規格統一化によって、あらゆる流用、『使い回し』を可能としており、結果的にこれは『ワイヴァーン』という機体機種、その亜種を実に簡易的に『現場』で派生させることを可能としていた。作戦内容に応じて搭載火器を選択できる、これがどれだけ実戦闘にあって有効か、説明する必要はないだろう。

 またソフト面にあっては、何よりもそれら火器及び周辺機器を高度に連携管制、マッチング運用させることを可能とする高性能、自律型コンピュータの搭載が、いわゆる『航宙戦闘機』のそれまでの常識を一変させたことは疑いない事実であり、これは宇宙軍のみならず、その根幹たる航宙業界へと与えた衝撃も大変に大きなものであった。その気になれば口頭でのコミュニケーションだけで機体を動かすことも可能なのだ。

 今回の例で説明すると、58号機、100号機、109号機の三機を『G型装備』に換装、これの意味するところはノーマル装備、ネイキッド『ワイヴァーン』を『全天候型(G=Global)』にカスタム・アップするということ。つまり、本来は『航宙』戦闘機であるワイヴァーンに『大気圏突入能力』及び『大気圏内飛行能力』を付与するというものだった。言うまでもなく、航宙戦闘機ワイヴァーンはそのままでは地球、火星を問わず、大気圏突入は疎(おろ)か、その有重力の大気圏内を『飛行できない』。完全に宇宙空間での戦闘に特化された航宙機なのである。

 もっとも、火星沖会戦、その末期にあって、ネイキッド・ワイヴァーンで火星への大気圏突入を実行した『激烈バカ』がいたらしいが、それはそれ。『アレ』は例外中の例外である。

『ネイキッドで大気圏突入したバカがいると聞いて、ぶん殴ってやろうかと割りとマジで思ったけど、ああ、でも止むに止まれずだったんだろうしってそう考えたら本当に気の毒だし死体に鞭打つのは日本人的美学としていかがなものかなーとか思っていたけど、バカ――もとい中の人がピンピン生きていたのでぶっちゃけなんかもうどうでもよくなった……いやー、人間ってスゴイデスネー……』
 とは、関係筋であるH・Kさん(匿名希望)が後に語ったところである。

 ともあれ、俗に『フライング・アーマー』とも呼ばれている、冷却機構を備えた大気圏突入装甲は大気圏内での最低限の飛行能力をも有している。無論、『G型』は大気圏内での戦闘行為を最初から想定なんぞしておらんので、最低限でも問題はない――と言いつつ、設計担当者が頑張り抜いた結果の、地味に高い空力特性だったり、ワイヴァーン本体の燃料及び推進剤をドカ食いはするものの、しっかりと『VTOL(Vertical Take-Off and Landing=垂直離着陸)』能力を持っていたりと、これはこれで恐ろしくも『航空戦闘機』のカテゴリに片足を踏み込みつつあるのかも知れない、そんなワイヴァーンの『G型ちゃん』なのである。

 しかし、彼等『教導隊』にあって尚、数える程の実戦訓練、前例しか無いという現実。いや、何しろ予算予算と、ギリギリ搾りつけられるのが日常茶飯事の彼等、宇宙軍。実際にはクリストファが二回だけ、ジャスティンとエディが一度ずつ。後は、良く出来ているとは言え、クリストファ達が完全には信用していないシミュレーション、こればかりは何しろオカネが掛からないので、ウンザリするほど熟(こな)してきたけれど。

「念のため追加ぁ――コックピット・コア、『D型』は前後席共にパイロット仕様だかんナー!!」
 万が一に思い至った、クリストファが命令を繋ぐ。

 パイロットの大切な鎧、子宮たるコックピット・コア、これの換装が容易なのも『ワイヴァーン』の特徴の一つである。通常、単座のワイヴァーンを二人乗り、複座へとする、その意味での『D型』換装。レドームを始めとした各種レーダー類のフル装備、いわゆる『偵察仕様』の『ワイヴァーンP型』運用の際には後部座席がレーダー主の担当となることもあり、あらゆる操縦系を除いた電子システム、その特殊インターフェースに統一されることがあった為のクリストファの追加命令であった。

 当然、『複座』としたことには意味がある。

 立体映像を展開したクリストファが立ち上がり、ブリーフィング・ルーム内に残っていたパイロット組が、それに一斉に倣(なら)う。パイロットに限定された通信が入っていることを確認して、クリストファは改めて部下達に目を向けた。

「さて、お楽しみ、今回のパイロットを発表します――58号機、正:自分、副:ミランダ・ルヴァトワ曹長!」
 やったぁ58号機だぁ、とミランダが勢い飛び上がった。露骨にヲチミズの顔が曇るのには苦笑を禁じ得なかったが、これはこれでクリストファには考えがあった。

「続き、100号機、正がジャスティン・シューマッハ少尉、副は『今、ここにいない』ソフィ・ムラサメ中尉!」
 ジャスティンが無言で頷いた。『今、ここにいない』人間という部分に踏み込むことはない。答えは、一つなのだった。

「最後、109号機! エディ・クランスキー中尉が正、サブがヲチミズ・アスカ曹長!! すまんがエディ、君には『アラ待』後の休息を与えられない。往路、『晴嵐』の中でゆっくりしていってね!!」
『あー、機体番号上げられた段階で、そうなるだろうと思ってましたヨー……風呂、金剛湯だけ入ってきていっすか?』
 パイロット間の限定通信でエディが大いに嘆くのに、その場の全員が笑った。

「許可する。『晴嵐』に酒を持ち込んでも良いぞ――ただし、君が呑む分だけな」
『ヒャッハー!! 風呂いってきまーす!!』
 ガガガ、と雑音を最後にエディの通信が切れたのは、恐らく文字通りその場でクロスアウッ(※脱衣)しているのだろうかとクリスは推測したが。まあ、全裸じゃなければ良し。

「よおし、これより48時間以内の大気圏突入を一つの目標としてみるぞ――担当パイロットは総員、直ちに準備かかれ!!」
 腕時計を一瞥(いちべつ)したクリストファに対して全員が揃った敬礼を作り、一斉に格納庫へと向けて駆け出した。軽輸送艇『晴嵐』に三機の『ワイヴァーンG型』を積載する、その作業工程へ掛かる為だった。

「ザクソン大尉、レスター大佐を含め501の武藤との折衝(せっしょう)を任せる。これより自分の全実質権限を貴官に委譲する、よろしいな」
 ふぅ、と大して凝ってもいない右肩を自分で叩き揉みながらクリストファ。
「かしこまり――気ぃつけてなあ」
 実はクリストファの方が上官なので、フローラの側から敬礼は作られる。

「よし、ちょっくら大気圏突入して日本列島横断して伊豆諸島沖の融合力空母『やまと』に着艦してくるわ」
 返礼しながら、クリストファ。

「凄い『ちょっくら』よね……改めてそう言われるとアタシ等って凄い部隊なんですねっていう……」

 やれやれ、とクリストファ、フローラは互いに笑い合うのだった。



posted by 光橋祐希 at 00:00| Chapter:02 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2638年01月01日

Chapter:02『人の間、星の間』-11



【AD:2651-01-08  08:15】
【練習艦『ウォドニク』第一格納庫】



「あなたのこと、宇宙葬に付すことになるわ……大丈夫、今度は外宇宙の方に飛ばして上げるからね……」
 そっとマリベルによってカプセルに添えられた百合の花を模したそれは、隠された才能を発揮したマグヌス・クーガー少尉による手作り、造花なのであった。
「艦内にあったモンだとこんなものしか間に合わなくてなあ……」
 自身による作成、やはりチューリップの様な一輪をくるくると弄(もてあそ)びながらマグヌスが呟く。あまり他人様に話す機会もないし、そもそもそのつもりもないのだが、内乱の続く前線や災害地域を転々としていたからこそ、身に付いたスキルの一つでも、これはあった。他には、子供達が喜ぶような絵、イラストを描くのもそこそこ得意だったりもしたのだが。いずれにせよ、軍人かパワー・アスリートにしか見えない筋肉男であるクーガーが所有している技術にはとても、見えない。

「いや、少尉にそんな才能があるとは思わなかった。ご遺体に成り代わり、お礼申し上げる」
 これはマリベル、心からの礼だった。餞(はなむけ)、お花を向けられるのは悪いことではない。例え、それが造花であるとしても。
「ありがとよ――っと、もう地球圏に戻ってくるんじゃないぞ、坊主――」
 特殊接着剤でチューリップもどきをカプセル側面にクーガーは貼り付けた。

「かわいそうですけど、やっぱ宇宙に戻して上げる方がいいんでしょうかねえ……」
 海兵組、一人が煙草を一本、カプセルに乗せた。造花にも余裕は無く、後は救出に際した個人個人が思い想いのものを供える、そんな一時。勿論、重いものはこの際、論外であったから案外と煙草という存在は正しいのかも分からない。多分、吸える年齢にはなっていなかっただろうけど僕なりに、と言い加えて、彼は両手を合わせるのだった。

「下手に持って帰ってもな……特に事件性もないし、妙な団体にさながら標本の様に持って行かれるのを『彼』が望んでいるとは思えない――と、これはレスター艦長の言葉だったがな」
 苦笑含みで部下の持ってきた煙草を接着しながら、マグヌスが答えた。

「心から同意する。今の地球圏では、良くも悪くも『見せ物』にしかならないと思う。その面では、改めての宇宙葬を私は推奨しておきたい」 

 ですなあ、呟き続いた残りの数名が、やはりパッキングされた飴玉であるとかチョコレートを供え出す。

「最後、レスター艦長が何か持ってくると行っていたが、さて、それまでどうしたものかな」
 顎の先、ちょっとだけ意識して伸ばし始めている髭を撫でながらマグヌス。飲酒も許可されていることだし、しかし何と言うか、こう――不謹慎に当たるのだろうか、等と。

「意見具申」
 挙手したマリベル・トワイニング曹長。
「うん? どうぞ??」
 無口な女だと思ってはいたが、なんかそれなりに喋るようになったなあ、と少々場違いなことを思ってしまったマグヌスである。
「私がこれから調理を行うので、ここ、格納庫で宴会をしてあげるのはどうだろうか――日本という国では古来、そうやって死者の回りで宴をやることで慰霊とした、そう読んだことがある」
「あ、それいいすね!」
 誰よりも先に反応したのはヤマモト軍曹だった。
「正確には宴会という表現は違うんですが――それにしても良くご存じで、曹長」
 日本列島出身のヤマモトはそれはそれは嬉しそうだった。
「ええ、ちょっと免許取得時の自学でね――印象的だったので覚えていた」
 慎ましやかな胸を心なしか張りながら、マリベル。他人に、特に生粋に近い日本人のヤマモトに褒められるのは悪い気がしなかったのだ。

「……その、なんだ――いいのかな、それって??」
 特にこれと言った宗教を持ってはいないマグヌスが首を傾げたが、これは自然な疑問だったかもわからない。
「問題無いと思う。ある意味で、最後の――この場合は文字通りだけれど――『船出』を祝ってあげる行為、寧ろ素晴らしいと思いますが。自分の立場だったら、そうしてもらいたいかな……」
 辿々(たどたど)しいマリベルの力説に、ヤマモトがうんうんとタイミング良く相槌を打つ。

「あー、誰も異論なさそっすよ――隊長、それで良いと思いますが。どうせなら、坊主の回りで、そうですね、シメヤカに酒を呑んでやりましょうよ」
 高い位置にあるマグヌスの左肩を叩きながら、海兵ヤマモト。

「そうだな、そうしてやるとするか――俺は艦長に一応報告に行ってくるが――マリベル、ヤマモトでも良いが何か用意しておくことってあるか?」
 進む方向が定まれば、これはこれで決断と行動の早いマグヌス隊長なのであった。

「「風呂に入ってきてください!!」」
 マリベルとヤマモトの声が、全く重なった。

 お、おう――汗臭さも海兵のタシナミ――マグヌスを含めた全員が頷いた。まあ、そりゃあ居住性を犠牲にした気密服を装備していたのだ、これは確かにえぐい状況にはなっている。

「この艦の貧弱な調理器具では大した料理は作れないと思うが、努力してみる。一時間後を目処(めど)に、各自集まって貰えると助かりますが」
 事実、練習艦とは名ばかり、本当に小規模な艦艇で『ウォドニク』はあったので、厨房、キッチンなどと呼べる様な設備存在はありはしなかった。それでも、マリベルはやる気だ。

「なあに、期待しているぜ、メディック! 俺達は風呂に入ってくるから!」
 キリッとマグヌスが冷やかしたのだが。
「下着も綺麗なものに替えてくるようにお願いします――靴下、他も、ですよ……???」
 氷の微笑、ジト目のマリベルは鍛えられた海兵達のキモを冷やすに充分な声色で言うのだったが。

「カーチャンみたいっすね……」
 思わず呟いたヤマモトが、その場で上官であるトワイニング曹長に首を極(き)められた。後を引くようなヤマモトの悲鳴をBGMとし、残された海兵組はシャワー室へと整然と向かうのであった。誰が音頭を取ったわけでもない。ただ、粛々と、それはそれは整然と……。

 ザッザッザッ……。


   ・
   ・
   ・

「……カ、カレーライスゥウウウウウ!?!?!?」
 風呂上がりのマグヌス・クーガーが驚くのも無理はない。カレーライスとはさすがに想定外だった……。
「こんなものしか作れなかった……材料があんなに無いとは思わず……どうにか、サラダと『おつまみ』みたいなものは用意できた……お酒中心にいきたい人は米ではなく、カレーをクラッカーに付けて召し上がればよいかと……」
 心なしか、しょんぼりとして見えるマリベルであった。
「お、おう……まあ、ええんちゃう?? 『彼』も気にしないだろう、きっと」
 文字通りの台所事情を知っているクーガーとしては、全く責めるつもりなどありはしなかった。作戦中の食事は、そのほとんどがパック詰めのレーション(戦闘携帯糧食)に始まるものであったのは事実だ。

「申し訳ない……」
 頭を垂れたマリベルに、しかし。
「俺等、カレーで動くから平気!! もしかしたら『彼』も動くかも!! カレーだけに!!!!」
「ジェイ、後で屋上」
「ともあれカレーは飲み物!!」
 部下、海兵予備組達がそれでもワッショーイしてくれるのはマリベルは元より、クーガーに取っても助かるものであり、誇れるものでもあった。


 臨時に設置された献花台にマリベルは山盛りのカレーライスとコールスロー・サラダを並べていく。
「こうだったかしらね――えいっ」
 山盛りカレーにスプーンをその直上から思い切りズブリと突き立てた。
「あ――まあ……もうそれでいいんじゃないかな……」
 ヤマモトは苦笑しているようだったが、止める気は無いようだった。本来であれば白米に箸を突き立てるのだ、と言ったところで仕方がないのだ。形はどうあれ、その慰霊、本質があればそれで良いとヤマモトは思う。逆に、形がいかに整っていようと肝心の慰霊行為が誠意を欠くものであったら、こちらの方が本末転倒であろう、と。

「線香は無いので、煙草を立てておきましょう――ええよな?」
 嫌煙家も存在していることは承知、気を遣ったウィルバーの言葉だったのだが、誰からも否やはなかった。そのままだと火が点きにくいことに気付いてか、指で調節しながら息を吹き込み、どうにか点火させることができた。

 斯(か)くして、粗末なテーブルに新品のベッドシーツをかぶせた臨時の献花台に、スプーンが深く突き刺さった山盛りカレー(福神漬け添え)、コールスロー・サラダ、そしてピンで無理矢理立てられた紙巻き煙草が供えられた。

 次からは必ず線香の類を私費、持ち出しででも随時携行するようにしよう、そうマリベルは心に誓っている。全く、手痛くも大切な勉強にはなった、そう考えるのが供養にもなるってものだろう。前向きに考える材料に、ありがたくさせて貰いたいものである。

「さ、一杯やろう。みんな、あまり羽目は外すなよ。酔うのはいいが、粛々と酔うぞ、今夜は」
 マグヌスが手ずから引いてきた携帯冷蔵庫の中にはパック品ではあったが大量のビール、及び他アルコール飲料、そして勿論ソフトドリンクの類が目一杯に詰め込まれていた。

「酒は艦長からのおごり、らしい。後で合流するから先にヤッっておけ、との仰せである」
 嬉しそうにパックを掻き混ぜながら、マグヌスが白い歯を周囲に輝かせた。
「持つべきものは素晴らしい上官ですなぁ!」
 ヤマモトがほくほくとして物色に当たる。取り敢えずビール、その後で軍人の友である『いいちこ』という黄金パターンに隙(すき)はない。

「おうさ! ではな、ええと――『カプセルの君(きみ)』の船出に、敢えて乾杯、献杯を行うものである」
 ヤマモトに手渡されたカシスオレンジ、そう刻まれたパックを拒絶したマリベルがストレートのブランデーパックを自らムンズと掴み取るのを確認して――もうヤダこの女、KOEEEEよ――マグヌスは音頭を取るのだった。

「オオーーーーーーッス!!」
「少年の新たな旅路に、献杯っ!!」







   ◆ ◆ ◆



【AD:2654-05-26  15:22】
【太陽系惑星連合仮設基地ハイランド】



「58号機はメーカー様に返すんじゃなかったのかあ」
 絶賛火事場中の第一格納庫、呟いたのはライル・ヘルミット軍曹であった。
「口よりも手を動かせー!」
 スコットことロードマン少尉が怒鳴ったが、これは別に怒っていたからではなく、大声を出さないと会話、それ自体が届き通じない周囲状況だった為である。三機同時のカスタムチェンジ、仕様変更作業なんて、彼にとっても実質初めての体験であると言って良かった。そんな主整備組の背後では軽整備免許を有している海兵のお歴々がガトリング、バルカン砲への給弾作業を指示前、自発的に開始してくれているが、これは本当に助かるのだった。AF-10『ワイヴァーン』は副兵装であるM-161が九機、剥き出しとなって床面に並び固定されている光景は本当に圧巻、の一言。なお、この101にあっては実はバルカンの類は、全く副兵装扱いされてなどいないのだった。本来、主兵装で有るはずのミサイルこそが副兵装、そんな扱いとなっている有様で――ミサイルなんて漬け物石だ、『偉い人達(バカども)』にはそれがわからんのだ、とこれは隊長の常々の口癖でもあった。

「いやー、掛かる手間を愚痴ったつもりはなくてですね、オーバーホールは受けさせた方が正しいんじゃないかな、と思ったわけでしてえ!」
 怒鳴り返しながらも、各種模擬弾――重量分布は通常のそれらと全く同じ――のナンバリングを設定する手順に淀(よど)みのないライルである。
「……クリストファ、隊長なりの判断があるんだろうさ!! まあ、推測は付かないでもないが――」
 正直、部下であるライルがそこまで考えていたとは思いもしなかったスコットは、己自身を強く恥じることとなったのだが。
「まじすか! ――って数が多いな、三機ともなるとチクショー」
 それでもテキパキと端末の操作をこなしながらライル。
「大気圏突入だからな、『波乗り』をするわけで、58号機それ自体のエンジン疲労はこの際は重要な問題ではない、そう判断したんじゃねえかあ!?」
 念のため、海兵組の整備作業の進捗及び過程を確認したスコットが怒鳴り返した。
「ああ、なるほどねっ!」
「まあ58号機以外に乗りたくない、ってのが本音かもしれんがあ!!」
 目まぐるしく変化していく端末、その立体ウィンドウをくるくると交換しながらスコット・ロードマン。コンピュータ群による一括整備作業は便利は便利なのだが、とにかく人間様が許可を与えてやらないことが多すぎる。まあ、勝手にやられてそれで気分が良いかと言えばそうでもない、複雑な整備心というか何と喩え言うべきか。
「わっかんねえですね、その辺の感覚って!」
 あながち、ライルのこの発言は間違ったものではない。今、このドックで眠っている予備機である『201』号機に、例えばクリストファの『58号機』のシステム及びその固有設定を反映させれば、その瞬間にそれがクリストファの『愛機』そのものとなるのだから。

「俺達は整備士だからなあ。『竜騎士』さん達の感覚はわからんよ!!」
 そう、さながら自分達はテイマー、調教師なのだ。乗り手とは仕事は別でこそあれ、注ぐ関心と愛情は等しく、持たなければならない存在。
「サー! システム、準備完了! いつでもいっけます!」
 短く答えるだけ答えておいて、ライルが右手に保持した端末を振ってくる。転送された承認ウィンドウが視覚効果を伴ってスコット・ロードマンの元へと飛ばされる。

「確認した――」
 承認印を施し、ここでスコットは首元のマイク入力をオンにする。
『PMS(Parallel Maintenance System=並列整備システム)を起ち上げるぞ、全員注意!!』

 その場の全員が自らの足場及び立ち位置を確認する為に、作業を中断する。二回、目視にて見回し確認したスコットが端末に指示命令を打ち込んだ。

 ごっ、と割れた床面から迫り上がった複合機材群が、既に固定されていた三機の『ワイヴァーン』を一斉に、それこそ『物理的』に包み込んだ。整備庫から搬出、展開された三基の大気圏突入用装甲『フライング・アーマー』が、持ち上げられた『ワイヴァーン』の機体下部へと滑り込んで行く。

「うわお、壮観ですなあ……」
 手が空いたのか、歩み寄ってきたヤマモト准尉がスコットに笑いかけてきた。
「なかなか三機って単位の大掛かりなカスタム・アップはないですからなー」
 無言で頷いたスコットの代わりにライルが答える。総責任者であるスコットが手元の各種情報、その表示画面から目を離せないことを知っているヤマモトは、無論気になどしていない。

 その間にも、システムは順調に、いや、『人間』が直接当たるよりも余程、迅速な換装作業をこなして行っている。『ワイヴァーン』の各接合部、フリージョイントに五重六重と固定ボルトが火花を盛大に放ちながらねじ込まれていく、そんな様子はやや痛ましくも映る。競走馬に蹄鉄を嵌(は)める作業に近いのかもしれんな、そんなことをヤマモトは考えてしまったが。

 これが、三機体分が同時、並行で行われているのだ。爆音と閃光、これは大変なものではあった。

「ほとんどは機械がやってくれるが、最後のチェック、及び接合部は俺達の目と手足でしっかりと見てやらんといかんからな、わかっとるな諸君!?」
 言葉は乱暴だったが、それでも手元の情報緒言が満足のいくものだったのか、スコットは口元を緩めながら叫ぶのだった。

「イエッサ!!」
 その場の全員が、唱和した。

 



   ・
   ・
   ・

 甚平から艇内作業服に更衣を済ませたクリストファ、その前で今回のミッションに携わる四名が直立、整然と一列に肩を並べている。場所は『ハイランド』は第一格納庫、その待機室だった。フローラを除く101のパイロット組は細かなデスクワークを行う為に『ハイランド』各所へと散っている。

「該当要員、各自装備配給開始っ!!」
 普段の昼行灯(ひるあんどん)はどこへやら、寧(むし)ろ凶悪と言っても良い形相のクリストファの宣言に、全員が堅い敬礼を一斉に行った。

「ミランダ・ルヴァトワ曹長、前っ!」
「はっ」
 半歩、踏み出したミランダは腕を背中で組んだまま、踵(かかと)を鳴らした。
「隊長、ご確認願います」
 自走式のコンテナ、その一つからフローラが携行トランクを一つ取り出し、クリストファの前に広げ、開放した。ハンドレールガン『スペース・イーグル』とその各種弾薬、及び弾頭。白兵及びサバイバルに特化された物理ナイフに、緊急冷凍睡眠剤及び自決薬までもが含まれる各種薬剤の数々をクリストファは簡潔に、しかし確実に確認した。
「ナンバー10578――ルヴァトワ曹長、受領を宣誓しろっ!」
 トランクを閉じて、その表層に物理的に刻まれた数字を読み上げながら、クリストファ。

「ハイ!!」
 ずい、と大きくもう一歩を踏み出したミランダが右踵で床をダンと叩くのと同時に最敬礼を行った。

「ミランダ・ルヴァトワ曹長、認識番号78455522、該当10578装備をここに受領ッ!!」

「確認、良し! 受領せよ、ルヴァトワ曹長!」
 隊長、自らがトランクを抱え渡す。

「受領っ!!」
 両手で受け取ったミランダが深々とした一礼を維持したまま、元の立ち位置に戻る。

「よしっ、次、ヲチミズ・アスカ曹長――」

 と、こんな遣り取りが当のクリストファを除いたミッション従事者全員に平等に行われた。『殺傷能力を有する携行火器』であるとか『自殺する為の薬剤』を手渡し、授与する意味。それの深さと、重さ。勿論、普段の任務であればこんな面倒で仰々しいことは行ってなどいない。クリストファ・アレン隊長は、部下達に間接的に、『敵地に赴く覚悟を持て』と表明しているのだ。勿論、真に危惧を抱いていればミランダやアスカの様なヒヨコを連れて行くわけもないのだが、それでも覚悟の一端と、そして普段忘却しがちな意味意義を伝えている、その機会とした――その場の全員が、それは分かっていた。

 内容も、また由来も前代未聞のミッションではあるが、やるからには自分達のスキル向上に全霊を傾ける、それが第101統合特務部隊『モーニングスター』という部隊であった。

「よし、各自該当トランク保持の上、『晴嵐』に搭乗、発進準備――各機体、その調整は移動、途上で行う――かかれっ」

「「「「「了解」」」」」
 待機室から格納庫へ通じるゲートに、全員が整然と一列、駆け足で向かい、扉が閉じられる最後までを確認して、クリストファはフローラから差し出された自分のトランクを受け取った。
「ン――異常無し、だな」
 隊長であるクリストファは『ハイランド』内にあっても帯銃する権利が与えられていたから、本当に形式的なものでしかなかったが。現に、彼の愛銃は今もその腰元にそれは力強く居住まいを正している。
「それと、これがムラサメ中尉の分ね――中身は、全部確認しておきました」
 文官扱いであるソフィ・ムラサメの携行トランク、その内容物はパイロットのそれと比較すれば大変にシンプルなものだった。本来であれば同じものを持たせたくはある本音もあるが……。

「よし、行ってくる――後を頼みますね、フローラさん」
 トランクを掲げ、ウィンクを作ったクリストファにフローラが無言で歩み寄った。
「改めて、隊長代理を拝命します――何かあったら、私とレスター大佐の判断で動いていいのね??」
 普段の十割増しのフローラの真剣な顔だった。いや、寧ろ、泣き出しそうなものになっていることには驚きを禁じ得なかった。付き合いの長い、クリストファ他にしか分からない部分ではあったかもしれないが。
「……うん、どうにかなることもないと思うけど、何かあったら『自分達の生存』を最優先してしまって構わない。レスター大佐もそれは、分かってくれているはずだ。あと、日本が妙に動いている節があるから、『出雲』の武藤と密に話をしてみるといいと思う――ま、大丈夫。貴女に任せるからこそ、気軽に赴ける部分があるんですよ」
 ミッション従事の連中が格納庫へと駆け足で向かった今、ここには本当に二人しか存在していない。ので、なんとなく敬語口調になり始めるアレン隊長である。

「……今後、どうなっていくか分からないけれど隊長、これだけは覚えておいて欲しい」
 腕時計、その作戦遂行時間の調整を始めていたクリストファの顔を半ば無理矢理、フローラが覗き込んでくる。事実、その身長にほとんど差のない御両人、なのであった。
「急にどうしました」
 近すぎたフローラの顔に少しだけ驚きながら、クリストファ。
「101、全員の総意よ――貴方以外の人間、その下に着くつもりなんてないんだからね」
 琥珀(こはく)の瞳に、これでもかと決意を乗せているフローラ・ザクソン大尉である。 
「……あー、まあねえ、もうね、ここまでみんなを引っ張って来ちゃいましたしね、最後まで面倒は見たいですよそりゃ」
 『ハイランド』に実質、引き籠もること数年。同じ釜の飯を食い、同じ湯船に浸かり、同じ便器で糞便を垂れてきた文字通りの腐れ縁だ。『ハイランド』は家であり、職場であり、そして何よりもその101の構成員達はクリストファにとって、唯一の家族であると言っても良い。実は何も、『本当に何も持っていない』クリストファの、大切な大切な、存在だ。言わせんな恥ずかしい――から、クリストファは口にしない。

「それを分かってくれていればいい――責任持って最後まで飼ってよね」
 体を起こしたフローラがその赤毛を乱暴に掻(か)き上げて笑う。
「犬猫かよ……」
 両肩を大いに竦(すく)めたクリストファ。
「狂犬揃いだけどね!」
「あんぎゃああああああああ!! ってか!!」

 なんつってな、ガハハハハハ!!!

 二十代のアベックとは思えない、それはそれは下品な笑い声が待機室に木霊(こだま)した。


「ともかく、お願いしますよ――ま、気軽にやってきます」
 トランクを持ち上げたクリストファの砕けた敬礼に、フローラがやはり砕けたそれを返してきたが。
「うん……」
 何か続き、言いたげな、そんなフローラの様子が気になりはしたけれど。

 いや、言いたいことがあれば逡巡するような女(ひと)じゃないしなあ。

「いってきまあす!」
 隊長代理、その重責を辛く思っているのだろうか、そんな気もしたから明るい声を意識して作らなければならなかった。トランクをよいしょ、とやはり演技的に持ち上げて、扉の元へ。




「クリス――」


 退室、その間際に呼び掛けられたので、振り返った。


 フローラに上半身を、ふんわりと抱き締められて。


 その唇によって、自分の唇が、ぴったりと塞がれたこと。 


 これには、クリストファは少しだけ、驚いた。




   ・
   ・
   ・

「繰り返すわよマノア――帰還中止、『出雲』方面に進路を取れ、ってことね?」
『はい、これより101統合特務は新たなミッションを実行することになりました。ワイヴァーンG型計三機による、地球本星への大気圏突入ミッションです。ムラサメ中尉にはその途上、一番艇『晴嵐』に移乗、ミッションに同行して貰うこととなります――これは、隊長命令です』
 日本語でおk、口に仕掛けたソフィだったが、マノア・ルヴァトワは日本語を話していたのだった。
「簡単に言ってくれるわね――私はEVA(船外活動)の準備をしておけばいいのかしら」
『話が早くてたっすかりますう!』
「りょーかい、詳細は隊長から直接聞くことにします――『ハインド』はこれより、『出雲』方面に向けて針路を取ります」
 ちら、と腕時計に目を向けたソフィだった。
『はい、良い旅を、ソフィ』
「そっちもねー」

 通信を切断したソフィが、隣で聞き耳を立てていたエミリナに対して頷いた。
「……ということらしいの……相変わらず、ワケワカメ」
「アイ、『ハインド』の針路を『出雲』方面に向けます」
 艇、それ自体の酸素他、エネルギー類の残存を左手に確認させながらエミリナは操縦桿を握り込む。

「……大気圏突入ってまたぞろ、でっかいミッションだな」
 携帯糧食、レーションの一つであるフルーツ・バーをぼりぼり囓っているのはマグヌス・クーガー。その言葉、口調にはどこか寂しげなものが含まれていたが。
「残念ながら海兵組の出番は今回は無さそうですね」
 特にソフィには含めたところは無かったのだが。
「俺達が突入してもしょうがないからネー」
 ぼりり、やはりつまらなさそうなクーガー中尉。消化不良の任務の日々に、これはこれでストレスが溜まり有るのかも知れない。特に、今回は酷かった――二転三転する状況及び、少なからず友軍に対して威圧を行わなければならなかった、そんな要らぬ特殊事情。大暴れが出来たわけでも、実はないしね。

「『ES(イー・エス)』ならどうにかなりそうな気もします――ミッションに同行してみては??」
 現在、101にしか試験採用されていない『装備規格』についてソフィは言及したのだが。
「無理に決まっとるわ!!」
 即答のクーガーだが、これも宜(むべ)なるかな。分かり易く言ってしまえば、強化気密服に過ぎない代物に何を期待しているのか、っていう。『Exso-Skelton』、まんま外骨格の意、その略称が『ES』。正式な分類はいずれ『強化防護戦闘甲冑』、とでもなるのだろうか。いずれにせよ、101のみで試験運用されている代物である。勿論、大気圏突入能力なんてあるわけもない。ちなみに、普通の体格の人間が装備をするとこれが大柄なプロレスラーやアメフトの選手ぐらいにはなる。101、その海兵組の中で最もこの装備に順応しているのは他ならないマリベル・トワイニングであり、『壁殴り代行女子』と囁かれている。勿論、当の本人が知らないところで。当の本人が知らないところで。

「ですかねえ――」
 ブフゥッ、ソフィが口元に手を当てて笑う。
「ですかねえ、じゃねえよ!!!!」
 クーガーなりに、これは本当に必死なのだ。億に一つもクリストファが判断を誤るワケもないが、少なくとも文官上位にいるソフィに装備、その能力を過信されるのは本当に、困る。まあ勿論、冗談と分かっていれば、こそだが。

「そこは努力と根性ですよ!」
 ヌヒ、と黒髪の文官士官は笑顔を見せた。

「MURYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!!!」

 ハインド総員の笑い声が響き渡る中、共に笑いながらもソフィはその上半身を、ぶるっと竦めた。なんかさっきから、凄い寒気がしてるような……。





   ◆ ◆ ◆



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【地球本星、オーストラリア】



「秋山中将からホットラインが繋がっております――」
 次席副官、ロワーズ少佐が遠慮がちな面持ちで報告を行ってくる。現在、大荒れとなっている世界、その一部からすると有り得ない程の静謐(せいひつ)さが保たれた個室である。窓一つ存在しない、徹底した保安が施された場所。
「……繋げ。オープン回線で良い」
 クーデターよりこちら、初めての食事を摂っている最中ではあったが、シャルル・ヘイスティング元帥は躊躇(ちゅうちょ)無く、その箸を置くのだった。副官であるロワーズを始め、その部下達からすれば少しでも自分には休んで貰いたいようだったが。心配される程、体力に衰えがあるわけでもないのだが。

『こちら、秋山――日本自治国には基本的に異常、無しと確認。現在、シドニーに向けて飛行中です』
 どこか雑音は混じるものの、音声は極めて良好。だが、そんな秋山が『こちら』に向かってくると言うのには驚いた。
「……わざわざこっちに来る必要あるの? 『アトラス』で良かったんじゃないか?」
 まだスケジュールは未定だが、いずれ郎党含めて太平洋は人工島『アトラス』へと移動する予定であったし、そのことは彼女にも明言しておいた筈なのだが。そもそも、『アトラス』はグアム、北マリアナ諸島と小笠原諸島の中間海域に建設された巨大な人工島であり、実質日本自治国による管理、維持運営が行われている施設であったから、元帥の疑問も当然のものと言えた。
 一昔前には、本当に夢物語、それこそSF、ノンフィクションでしか存在が許されなかった『軌道エレベータ』、その地上起点でもあり、その名称は『ノーザン・クロス』。間違いなく、過去、そしてこれから続く未来にあっても、この地球上で最も重要な施設の一つであり、連合海軍は第七艦隊及び第八艦隊、そして多くの航空部隊によって徹底的な警備が日夜行われている場所だ。世界最強最大、動く砦と呼ばれる融合力空母『やまと』、及び二番艦『ブルー・リッジ』が母港としていることは一般市民にも広く知られている。

『いや、思った以上に、日本はなんともないんでね――この際、『大使閣下』には直接お目通り、お話をしておきたいなあって。ついでに、皆さんとも直接の顔合わせをしておきたくなって。あと、数時間後にはそちらに』
 実はとんでもないことを飄々(ひょうひょう)とこの女性中将は口にしているのだが、それでこそ秋山である、とこれはヘイスティングが認めるところでもあるのだ。
「……そうか。じゃあこっちはこっちで始めておくことにするわな。やっぱ想定通り、北米と南米、一部欧州が面倒なことになっているようだ」
 軍隊の動員に関しては一日の長がある筈の北米が下手を打っているように見えるのは、確かに面白くはない。だが、それでも。予測は、されていた。
『でしょうねー。まあ、『RLight=Bringer』の予測範囲内ですよ――予定調和、と呼ぶべきかな――さてともかく、向かいますねー通信終わり』

「……全く、相変わらず、ふざけた女だ」
 口にしつつ、その実、ヘイスティングは笑っていた。横で控えているロワーズが、それはそれは目を剥き、驚く程の笑顔。
「さて、食事を再開するとしよう――ありがとうな、ロワーズ」
 恐縮です、と口にしてそんな副官が退室する。やれやれ、普段は見せんような部分を見せてしまったわいなあ。ゆっくりと箸を持ち上げ、元帥は椀を啜る。澄まし仕立て、素晴らしい料理技術の粋(すい)がこの一杯の椀に込められているのに感心しつつ、それでもその表面に投影された自分自身の老い疲れた顔を目の当たりとすれば、溜息の一つも漏れてしまった。

 すっかりと、老人になってしまったなあ。

 引き返せないところまで、踏み込んできてしまったけれど。


 フリストフォール・カリーニン・ブルクハルトよ。

 貴方が、今、ここにいてくれたら。

 どんな夢を、語ってくれるのでしょうか。

 どう、僕達を導いてくれるのでしょうか。

 どう、この酷い世界に、光をもたらしてくれるのでしょうか。


 Let bring us the Rights, Lights......





posted by 光橋祐希 at 00:00| Chapter:02 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2637年01月01日

Chapter:02『人の間、星の間』-12


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【練習艦『ウォドニク』第一格納庫】



 妙な宴会は、極めて『しめやか』に進行し、酷い泥酔者を出すこともなく、解散の運びとなった。

「げふっ――んじゃ、俺達は引っ込むから、後はお好きに。ただ、体調だけは崩さないでくれよな」
 ふらついたヤマモトに肩を貸しながら、クーガーが言う。

「はい、ご心配どうも――寝袋もありますから、それは大丈夫です」
「おう、そんじゃなあ」
 マリベルが指差した寝袋を確認し、クーガーはヤマモトを引き摺(ず)るようにして格納庫を後にするのだった。

「騒がせてごめんね、お疲れ様――楽しかったかしら?」
 新しく空けたビールをカプセルの少年に掲げて、マリベルは改めてその喉を一人、湿らせた。『ウォドニク』はオペレータの一人が提供してくれた私物の『お香』が、今はカプセル脇で焚かれている。

 自己満足の極地だとは自覚しているが、どうもこの『少年』の亡骸(なきがら)を一人にさせておくのは、気が進まなかった結果、ここで夜――船内時間で――を明かすことにしたマリベル・トワイニング曹長なのだった。

 まあ、後はのんびりと杯を重ねることにしよう――

 と、誓いつつも、体は正直だった。最初のブランデーを空けてから、数時間。基本的に、呑み続けだったわけで。

 酒豪を自覚している彼女ではあったが、いつしか椅子に腰掛けたまま、傾いだ首、その角度が戻らなくなり。無人の格納庫に、その軽い寝息が響くようになっていった。





   ・
   ・
   ・



 力の入りきらない四肢をそれでも懸命に使役し、どうにか這い出した。

 萎えきった、全身のあらゆる筋肉、骨格が悲鳴を上げ、そして情け容赦のない多種多様な激痛が『それ』の心身を大いに苦しめ抜いた。



 いたい

 いたいよ

 いたいよう

 くるしい

 くるしいよう

 つらい

 つらいよう

 かなしい

 かなしいよう



 言語化するのならば、そうなったのかもしれない。それでも、『それ』にはそんな余裕も、理性も無く、ただただ獣性の、本能の赴くまま。

「……た、べ、もの……?」
 芳醇に、匂い立つものがそこにあった。『食べ物』という名詞はどうにか、口に出来たが、それ以上の意味も意義もあったわけではない。知識が伴っていれば、それが『カレーライス』という『食べ物』であることを認識は果たせたのだろうけれど、少なくとも今の『それ』には些細な問題だった。

 卓上に乗せられたカレーライスの皿をほとんど引ったくった。犬、さながら――いや、正に犬食いでかぶりついた結果、ガチリと堅いものが。えい、食べ物じゃないものは邪魔――ベッ、と無数の米粒ごと吐き出して。

 床に吐き投げられたスプーンが、カチ、カチカチカチと派手な音を伴って床に転がった。

 おいしい

 おいしい!!

 これ、おいしい!!!

 あっという間にカレー皿が空になった。着き残った僅かなものを舐め抜いている中で、彼はようやく気付くことになる。

「………………」
 自分のすぐ、近く。椅子に座った、『おんな』がこちらを見詰めていることに。

「………………」
 口を全開、目をこれでもかと剥いている『おんな』はピクリともしていない。

「…………」
「…………」
 どれぐらいの時間、互いに無言で見つめ合っていたのか。ともかく、『それ』の胃袋が激しく、ぐううううと鳴った。鳴ったので。

「…………これ、もっと、ほしい」
 空になったカレー皿を指差した。この『おんな』が、『食べ物』をくれる確証があった。

「――あ、ええええおおおおおおおおお――」
 椅子に座ったままの体勢で爪先立ちした『おんな』が激しくスッテンと転んだ。痛かったのか、二回三回とそのまま左右にゴロゴロ転がった『おんな』はそれでもキリと立ち上がって。

「………………」
 目を幾度も擦って、こちらを見てきた。

「…………おなか、すいた……これ、もっと、ちょうだい」
 もしかして、自分の意志は通じていないのか。『それ』はそんな恐怖感と寂寥感に包まれ始めたが。


「うおえええええああああああああああ――えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!???????????????????????????????」

 耳を劈(つんざ)く絶叫だった。それはそれはもう、絶叫だった。






   ◆ ◆ ◆


【AD:2654-05-26  15:45】
【輸送艇『晴嵐』司令室】


「『晴嵐』、発進する」
 軽作業服に身を纏(まと)ったクリストファが主操舵席に座るヲチミズ曹長の右肩を叩いた。
「ようそろ」
 ヲチミズの細い指がスロットルレバーを引き落とすのと同時、『ハイランド』の固定からフリーとなっていた『晴嵐』がずずずいと滑り動き出す。既にその外壁には三機の『ワイヴァーン』が固定されており、普段のそれよりも二回りも三回りも大きく見栄えている。大気圏突入仕様となった『ワイヴァーン』はさほどにインパクトがあった。

「針路、1-4-2、『出雲』方面、B02より『北方高速』に入る。当機の扱いは『宇宙軍緊急船舶』、その通告を再度確認せよ」
 三回、確認はしていたが。それでも、クリストファは慎重なのだった。
「確認、取れてます」
 ヲチミズの報告は、それでも分かり切った様な声色にはならない。

「よろしい、針路に即し加速開始――その途上で『ハインド』のムラサメ中尉を拾う。速やかに、確実に、そして無駄なく行うぜミッション!」
 YA、と響いた声に満足したクリストファは、その司令室片隅でビールのパックを開いたエディ・クランスキーの隣りに座り込んだ。
「いや、本当だったら相伴に与りたいところだが、取り敢えず一杯飲んだら――」
「分かってますよお、俺とジャスティンはとっとと寝むっちまいますから」
 パックを翳(かざ)したエディが内容物をぐびぐびと傾け、発進間際に差し入れられたレバニラ炒めをこれは美味しそうに頬張る、その横でジャスティンがやはり差し入れのチャーハンを勢い掻き込んでいた。
「二人ともなんか慌ただしくてすまないです」
「謝られるとこちらが困る」
「だな」
 年下の隊長に、この一瞬だけ年長ぶって見せたエディとジャスティンである。
「助かります」
 これは、本当に心から言うことが出来たクリストファであった。

「一元情報、回せ」
 キャプテン・シートに戻ったクリストファの命令に、頷いた副操舵席のミランダがパネルの操作を実行する。シートにクリスが体を沈めるのと同時に数多の立体ウィンドウがその周囲に展開された。ある意味では『先行』している目標、『ハインド』との相対速度差を示すグラフの確認、『晴嵐』自体の効率稼働を示すグラフとの折り合い、それぞれが理想曲線となっているのを確認して、深く息を吐いた。目障りな立体ウィンドウはその全てを排除。

「ムラサメ中尉を『取得』したら、僕も直ちに眠りに着くので各自、そのつもりで――ああ、ってゆうかあ、気楽にやっていてくれ。航法コンピュータに投げていて良いよー」
 このクリストファの言葉に、誰も逆らうことはなかった。事情を知らない人間であれば、隊長であるクリストファは早めに休息を摂っておくべきだと主張したのかも知れないが。

「あの『ドジっ娘(こ)』の回収が無事に済まないと、眠れるものも眠れん」

 一瞬、口にしてしまったかとクリストファ等はその上半身を起こしかけたのだが、これはミランダの発言であった。

「……その発言は凄く凄く凄く正しいが、曹長である君が口にしてはいけないよ、ミランダ……」
 大事なことなので、クリストファは三回言った。

「テヘッ」
 下べろを出して笑うルヴァトワ曹長を、しかしクリストファや他がそれ以上に責めることはない。

 ソフィ・ムラサメ中尉は。

 ドジ。

 ドの付くドジ。

 敢えて言おう。

 ドドジである、と!!


「スタングレネードを誤って炸裂させるwww」
 ミランダが。

「安全装置が入っていると思ってアサルトライフルのトリガーを引いたらフルバーストしちゃったでござるの巻www」
 ヲチミズが。

「緊急避難訓練で本当に遭難するwww」
 エディが。

「あげくにヲチミズをリアル隠し子と勘違いして隊長に突撃するwww締め上げるwww」
 ジャスティンが。


「……もうゆるしてやれ……語尾に草を生やすの、やめたげてよお……」
 キャプテンシートで、クリストファは本当に項垂(うなだ)れるのだった。いや、ぶっちゃけ――文官だから、だからこそ、それ故に、ソフィ・ムラサメは101の構成員で有り得るのだ。

 皆も笑い話にしてはいるし、それは良いのだけれど(良くはないんだが)。


 ワリと目を離すと

 勝手に死にかけている

 娘なのだったりした


 ともあれ、愚連隊であり、なんかもう宇宙軍本部からも『独立部隊(もうどっか遠くで好きにしていてください部隊)』扱いを受けているコッパ101にあって、きちんと士官学校を卒業した中尉の重要性はあまりにも異常なのだった。

 正直、最初の軍務三日ぐらいで泣き出して逃げ出すかなと思っていたクリストファ、他だったりしたのだが。

「しかし、思えばソフィは良く続くよなあ――こんな101にいるよりもよっぽど、他のエリート畑にだって行けたろうにさ」

 そんな軽い呟きに、ミランダやヲチミズが実は静かに苛立っていることに当のクリストファは全く気付いていないのだった。

 おお怖い怖い――ジャスティンとエディは、こそこそと隅でビールを交わし合うのだった。





   ◆ ◆ ◆



【同時刻】
【月面アルテミス外地下廃棄抗:名称不明】



『リ、リンダさぁん――やっちゃいましたか、あたし達、『また』やっちゃいましたかっ!?!?』
 随伴させていた助手が、震えた声で簡易気密服の腕にしがみついてきた。ただでさえ薄暗い廃棄坑内、そして重機によって乱雑に積み上げられたジャンク類が数少ない壁面の照明を遮っていたこともあり、一種異様な雰囲気がそれこそ彼等の周囲にはモウモウと立ち込めている。『ラリー・インダストリー』の専用廃棄抗であり、月面深く、それまた深く深く掘り込まれた、限りなく最深部。つまりは、数多ある『ゴミ捨て場』の中でも非常な歴史を誇る、古いエリアである。もはや、当時の廃棄記録も残っていない、そんな、本当の意味でのゴミ捨て場。

『博士と呼べって言っているだろう、サッチー』
 笑って見せたつもりではあったが、自分の声、そしてマグライトを構えるその左手が僅かに震えていては説得力もない。もっとも、このサッチーと呼ばれた女性助手とその理由は大きく異なってはいた。博士こと、リンダ・フュッセルは純粋に深い感動をそれこそ絶頂と覚えているのだ。廃棄抗、ゴミ捨て場、その最果てに苦労して足を運んできた甲斐があったというもの。

『――みいつけちゃった――ドゥフフフフフフ!!』
 他に笑い方はないのか、とツッコミを入れたくなった助手だったが、無謀ではなかった。のでスルー。いや、そう言う問題じゃなくって、なんか本当に『とんでもないもの』なのは確実で……ぶっちゃけ怖い……。

『ふええええん。一度戻りましょうよう――二人だけじゃどうせもう運び出せませんって』
 助手は博士のスーツ、その腕をより強く握り込んだのだが。
『落ち着きなって、スズキィイイイイ!!』
 博士のチョップがヘルメットに叩き付けられた。リンダチョップはパンチ力。
『もがあっ――』
 スズキ、と怒鳴られ叩かれた助手がヘルメットを振りながら呻く。
『これ位の事でオタオタしていたら……アタシの助手は務まらないよっ』
『……こ、このくらひっへ……』
「まあ、驚いたのはアタシも同じだけどねえ」
 ヘルメットがなければ、髪の毛を掻き上げたいところだったが。その代償行為として、リンダは両の拳を目の前で打ち合わせた。
「サッチー、端末の24番、貸して――搬入は後々として調べられるだけ調べておきたいよ……」
『ふぁあい』
 諦めたのか、それとも落着が付いたのかは疑問だったが、リンダの要求にスズキは素早く応じた。リンダ博士が端末のタッチパネルを数回、叩き、画面を切り替える。拡大された『対象』、その探査可能な一部表面がデータ的に洗われていく。
『ふむ、文字……だよな』
『ですねえ――何しろ、探査レベルが充分伴ってないので現時点ではなんとも、ですがあ』
 スズキが改めてデータのクリーニングを命令したところ、ここで彼女の端末が反応した。
『操作、続行なさい――許可します』
 対象から目を外すことなく、リンダは腕組みを行ったがこれは彼女なりの覚悟の付け方、であったのかもしれない。

『……人為的な筆跡と類推される、『R』と『L』の大文字――次いで、こちらは詳細は不明なるも『F、O、R、O?、E』と推測される、刻印を端末が確認――あと……なんだこれ……』
 自分の仕事と立場を十全に理解しているスズキ・サチコは淡々と業務に励む。その根底にあるのが『恐怖』や『畏怖』であることは言うまでもなかった。

『続けなさい』
 上司、博士はこれはこれで容赦がないのだが。

『はあ……『W』の後に『I』が三つ、重なっているようで――やっぱ意味不明っす』
 端末の認識不能もそうだが、実際に自分の目で予測結果を見ても意味不明、は同じ。こう言う時は余計な感想を含めず、ただただ直感で口にすることを博士からは望まれていることは把握していた。浅学非才な身の上は自覚していたが、自分が博士になんだかんだと信用されているのはその自覚と愚直さがあったからではなかったか。

『先入観で見たくないから、敢えて聞くよ――『W』じゃなくて、二つ重なった『V』に見えないか?』
 気密服、腕組みをしたままの博士が、これでも言葉に乗ってしまいそうな感情を物凄く押し殺していることは伝わってくる。やはり、自分が助手で正解なのかもしれない、ささやかな自己顕示欲が満たされて行くのを感じながら、唾を一つ飲み込んだ。

『そう言われれば、そう『間違いなく』見えます』
 端末の示してきた予測とズーム画像、実際の画像を比較しても、それが率直な感想、第一印象ではある。ともかく、不純物の入り交じる邪魔な『外殻』を取り除いて、実際に目にしてみないと、だけれど。それが現時点で達成不可能な仮説であることは勿論。

『……ふうん……ローマ数字で『V』『V』『I』『I』『I』か――』
 確証、確信は既にあるし、彼女の中で固まっているのであろう。実際、リンダ・フュッセル博士のそれは限りなく独り言だったのだから。

『博士――まさか、やっぱりこれ、秋山さんの言ってた――』
 促して上げるのが、自分の仕事。把握している、理解しているスズキは演技的とも言って良い、そんな発言を敢えて行ったのだ。


『ああ、『RL-13th』だ――どうやら、あたし達は最高のお宝に巡り会った!!』


 薄濁った合成樹脂の――フェノール樹脂系統の『それ』であり、いわゆる『ベークライト』であることをリンダは確信している――中、深部でさながら『氷漬け』になっている代物、物体。実際の全長及び重量がどれ程のものなのか、こんな状態では推測も付かなかったのだが。

『今更なんですけど……誰が、何の為に、『これ』作ったんでしょう……』
 ベークライト、その表面を撫でながらスズキが口にした。
『……それを考える時間はタップリ、あるさ――取り敢えず、秋山の姐御に連絡、それから』
 ふう、とここでリンダは溜息を意識して挟んだ。
『――霧男に頼ることになるだろうな』
『日村さんも災難と言うべきか、ですね』
 苦笑したスズキが改めて、手元の照明を対象に向ける。どうしても、気になる一点がある。これが『人の形』に類する存在であること、なんかではなくて。

『それにしても――なんで、こんな『表情』なんでしょうか――泣いているみたいで……』
 濁ったベークライトの奥、明らかに『人の顔』としか見えない部位の存在。
『おや、君もそう感じるか?』
 意外そうなリンダの声だった。
『……何と言いますか――直視に耐えないっていうか』

『泣いている、或いは呪っているのかもね……いずれにせよ、その辺の感覚は私達、大事にした方が良いと思う――非科学的だけれど』

『悲しい、気持ちになってきます……どうしてだろう』




   ◆ ◆ ◆


【同時刻】
【横浜湾沖:融合力空母『やまと』艦長執務室】

「報告します――件の宇宙軍は統合特務101、スケジュールに遅延無く任務を実行可能、とのことです」
 白の海軍服に身を包んだ女性――階級はどうやら少佐――が簡易敬礼もそこそこに報告を行った。
「了解……あんだけ突発、突然の発令だったってのに、やっぱ凄い奴等なのね……半日以上はズレ込むかと思ってたけれど。統合特務、タスクフォースの名前は伊達じゃないってことか――」
 忍耐、と刻まれた湯飲みを傾けながら、部屋の主が応じた。煌(きら)びやかな装飾が盛大に施された海軍服、融合力空母『やまと』は艦長、沖田凍子であった。年齢は四十代後半、階級は准将。伝統ある空母『やまと』、史上初の女性艦長である。

「『ヴェールヌイ』には苦労を掛けるが、こちらはこちらで、いよいよ動くとするか」
 『やまと』型の四番艦の名前を口にして沖田艦長は湯飲みを置いた。『やまと』の妹、四女でもある『ヴェールヌイ』は、北米サンディエゴにあってそれこそ八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍を強いられているようだが、太平洋を挟んでいるとあってはちょっと手伝いますよー、も出来やしない。その点では大規模な政変が発生しているのにも関わらず、穏やかな日常がこれでもかと続けられている母国、日本自治国の『安定の安定』っぷりには本当に助かっている。列島向こう側のテロ屋――自称はナントカ独立国――がギャアギャアと喚き立てているが、現時点では極東連合軍だけで充分に対応が可能だ、との報告も受けていたことだし。

「101は既に移動を開始しているとのこと――念を入れてこちらでも甲板士官組に改めて通達を行っておこうかと考えますが」
 電子端末をスクロールさせながらやはり女性の佐官が意見を向けてくる。
「任せるわ、真田。私は少し準備をしなければならないからね――余程のことが無い限り、副長の方で処理しなさい。本艦は予定通り、浦賀水道を抜けて『アトラス』に帰港します。焦る必要はないわ、のんびりと行きましょう、働き詰めだったしねえ」
「アイ、メム――了解しましたが……準備ってやっぱり……?」
 半分、その回答は先読み出来ている、副長真田。
「……あの『坊や』が降りてくるのよ、約束を果たしておかないと、でしょ――言わせんな恥ずかしい……」
 ぷいっ、と横を向いた沖田艦長はしかし、どう見ても照れ隠しには失敗していた。
「……ああ、なるほど――セガールを呼びましょうかね?」
 副長真田は、ここで『やまと』のコック長の名前を出した。
「……いや、カレーぐらい自分で作れるわよ……」
 沖田はそう言ったのだけれど。

 どん、と執務机を叩いてきたのは他ならぬ副長であった。

「ぶっちゃけ、艦長の料理は食えたもんじゃねーですからね、坊やことクリストファの胃腸の為に、これは副長の意見具申――いえ、秋山中将からの仰せでもありますッ!!」

「そのケンカ、買ったああああああああああああああ!!! 歯ぁ食い縛れサナダアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
 沖田は勢い、椅子から立ち上がった。

「小官は誇りある日本海軍、大空母『やまと』の名誉を毀損(きそん)しかねない行為にはこれは全力で抵抗させて貰いますよっ!! オルァアアアアアアッ!!」
 左袖を捲り上げた真田も、負けてはいなかった。

   ・
   ・
   ・


 融合力空母『やまと』。

 常温核融合炉を十基搭載した、正に動く島、海の要塞である。全長は555メートル、全幅60メートル――ただしこれは第二、第三甲板が収納された状態での数字に過ぎない。必要とあらば『やまと』は正規甲板の他に二つの副甲板を展開変形させることが可能な構造となっているのだ。積載している艦載機、その全てがVTOL(Vertical Take-Off and Landing=垂直離着陸)能力を有していることもあるが、同時に最大で九機の離陸運用を可能とするこのシステムは、従来の空母群のそれを遙かに超越した短時間での航空部隊編成、運用投入を可能なものにしていた。

 佐世保での進水から実に100年以上が経過しているが、その間も細かな近代化改装とオーバーホール、また核融合炉自体の交換などを繰り返し、今なお、絶賛現役真っ盛りなドド級空母、その誉れある一番艦、長女、ネームシップ『やまと』。原子力のそれと比べ、炉の廃炉処分等に神経を使う必要がなかった部分も、これは大変に大きく、核融合力で稼働する船舶他の先駆け、となった存在でもある。

 その所属は無論、太陽系惑星連合海軍ではあったが、日本自治国海軍に実質の維持運用が行われている、全世界に知らない者はいない、偉大な空母。

 人工島と呼ぶにはあまりにも規模の大きすぎる『アトラス』、及びその抱える施設群、特に軌道エレベータである『ノーザンクロス』の守衛を主任務とする第七艦隊の旗艦でも、『彼女』はあった。

 艦載機を満載した状態での排水量205000トンは、大昔の海の男が耳にすれば冗談にしか響かない桁(けた)であり、数字であっただろう。また、この巨体図体にして60ノットと言う最高速度は今の時代にあっても実際に見る者を驚かせるに足るものだった――600メートル近い人工物が洋上を時速100キロで疾走する姿を想像して欲しい。乗員は基本8000名前後だが、有事と有ればこの比ではない人員を収容することが可能であり、実際に『やまと』は先の南米大震災にあって5000人を越える避難民を迎え入れる、そんな偉業を達成することでその自ら、及び姉妹艦の性能と存在理由を証明することに成功していた。沖合に停泊しながら沿岸都市部に電力と新鮮な水及び食料を供給し、洋上病院として、そして雨露を凌げる避難所、家として錨を降ろし続けた『やまと』は、間違いなく当時の被災者達にとり、希望の光、存在そのものであった筈だ。

 そんな『やまと』のモットー、艦是は『非理法権天(ひりほうけんてん)』。

 非は理に勝たず。理は法に勝たず。法は権に勝たず。権は天に勝たず。

 『やまと』というネーミングにちなんだ部分が多いことは多いのだろうが、乗組員の多くは単純に、他意無く『お天道様が見てるぞ』と解釈をしている。かつての世界大戦で沈んだ『戦艦大和』の名を継承することに当初は異論もあったようだが、『二度は沈まないのだァアアアアアッ!!』と言う説得力があるようなないような無茶理論で、気が付いたら空母『やまと』がめでたく誕生していたようだ(実話である)。

 偉大なる融合力空母『やまと』。

 『やまと』は今日も、世界を脅かす悪意に対峙し、或いは助けを求める弱者達に手を差し伸べる為に、凛々(りり)しくその勇姿、艶姿を海上に示しているのだった。

 すごいぞ『やまと』!!

 がんばれ『やまと』!!

 おお『やまと』よ永遠なれ!!



   ・
   ・
   ・

「びえええええええん!! そこまで言わなくてもいいじゃん!! カレーなんてルーを入れて感性のままにアレンジするだけじゃない!! あたしにだって、一人でできるもん!!!!!!」
「そおおおれがわかってないっていってんですよおおおおお!!! メシマズフラグにも程があるわあああああっ!! カレーライスを舐めるんじゃねえぇぇぇええええ!!!!!!! コック長!! 来てるんだろ!!! 早く入ってこんかいぃいいいいいいっ!!!!!!」
「セガール! 艦長命令よ!! 持ち場に戻りなさいったら!!!」

 一方、執務室の外で『こんなこともあろうかと』副長に呼び出されていたコック長ことセガール大尉は入室を実行するべきか否か、その扉前で真剣に懊悩(おうのう)していた……。

 そうなのだ。

 偉大なる『やまと』。

 その最高指揮官は、この二人なのだった……。

 勿論、平時のそれと有事のそれが違うからこそ、これは大前提だったし、セガールもそれを把握はしている。

 ただ、艦長と副長の仲裁に入る、自分の立場を心から呪っただけである。

 部下を連れて来ないで本当に良かったな、それでもそう考えることの出来たセガール大尉は、多分自分が思っているよりも余程に徳のある、人格者だったのだろう。

 合掌。


   ・
   ・
   ・



 『万事、滞りなく。『やまと』は予定通りに航行します。艦長の説得に苦難しましたが、それもどうにか収めることができました。心配は無用です』


 後刻、『やまと』副長の真田少佐から直接、秋山千尋に送られてきたメールである。

「……問題ないようだな。スケジュールは予定通りに」
 苦笑を一つ、作った秋山である。

 いやはや、しかしなかなかどうして。

 クリストファ、本当に君は人気者、なのだなあ……。




posted by 光橋祐希 at 00:00| Chapter:02 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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