2642年01月01日

Chapter:02『人の間、星の間』-07


   VII


 本来であれば、記念するべき今日、この日は、大いなる希望、喜びに満ち込められた語彙言葉で飾られるべきなのかもしれません。が、私、フリストフォール・カリーニン・ブルクハルトは敢えて、厳しい言葉から選ばさせて頂きます。

 人類は、窒息寸前の状態です。過去形ではありません。進行形です。

 地球にて日々を送る人類は、文字通りの一丸とならなくてはなりません。

 もっとも、本当に最後の最後のチャンスをこうして少しでも形として、実現を達成できたことはこの上のない喜びではあります。ですが、まだまだ足りません。そう、足りないのです。

 エネルギー問題、特に電気のそれは実用化に成功した常温核融合発電、並びに試験運転中の対消滅発電、そして各種人工衛星を経由した地球全域への送電体制の完成により、過去の問題となろうとしています。またこれにより、月面はおろか火星での人類の活動は大きく伸展する運びともなりました。

 一部の国家、組織、団体があらゆる欲望我欲によって資源、富、或いは政治を独占する時代の終焉、これを迎えなければしかし、我々には未来はありませんでした。宇宙ゴミ――スペースデブリの問題はその顕著なものと言えるでしょう。このままでは我々人類は、せっかくの宇宙空間への切符を握り付けたまま、この地球で窒息していくこととなってしまうことでしょう。

 安全保障、恒久平和に基づく地球環境の改善化とより効率高い宇宙進出、これが我々人類の命題であります。

 私の言葉は強圧的、強権的に響く部分もあるかもわかりません。

 生まれ育った国土への愛着、愛国心も存在する一方で、隣人隣国との軋轢(あつれき)と、枚挙に暇はないでしょう。

 それでも、それでもです。

 今なお、無益な抵抗を続けられる少数の方々にお願いしたい。

 我々に従っては頂けないでしょうか、家族になってはもらえないでしょうか。

 それは、人類の長年の夢、夢ではありました。不幸な時代、多くの戦争を経て。

 今が、本当に今が最後のチャンスです。これを置いて、次の機会は無いと断言させて頂きたい。

 より、はっきりと申し上げますと、この期にありて我欲を露(あら)わとされる存在を我々は、仲間として迎えることはできません。いや、敵対します――剣呑な表現だとは自分は思いません。そうです、敵対させて頂きます。本当に本当に

 余裕はないのです。

 一方で、どんなに日々が厳しく、貧しくとも――協調の意志があらば、これは全力での支援を約束致します。

 荒れた田畑を今一度、共に耕しましょう。地雷を埋めるのではなく、共に井戸を掘りましょう。出来るだけ多く、叶うのならば全ての子供達に教育を与えましょう。人の可能性を摘み取るのではなく、一つでも多く、私は育てあげたいのです。

 無尽蔵――敢えてそう表現します――の電気エネルギーは、その一助と間違いなくなるはずです。


 私達、これから生まれる『太陽系惑星連合共和国』は各エネルギー資源に関連するあらゆる闘争、これは規模を問わずに許しません。


 私達、これから生まれる『太陽系惑星連合共和国』は人種、宗教、過去歴史に派生するあらゆる闘争と差別を、これは憎みます。憎み、抜きます。



 Let bring us the Rights, Lights



 権利を、光を。

 『もたらす』存在――『明日』、『未来』という言葉が『希望』と同義語になる日を夢見て。

 権利を、光を。

 共に遍(あまね)く、『もたらさせて』いこうではありませんか。


 夢を。


 夢を、共に。





(西暦2115年1月1日)
  太陽系惑星連合共和国初代大統領フリストフォール・カリーニン・ブルクハルト
          日本自治国『福島対消滅発電所』における建国宣言と就任演説より抜粋







   ◆ ◆ ◆


「コックピットでの『アラ待』なんて初めて――大事(おおごと)だわね、こりゃ」
 整備士から差し出されたヘルメットを慎重に、しかし迅速に装着しながら、メイファ・ヤン中尉は呟いた。切れ長の目に、薄茶色の髪を持つ中華系美人であり、ソフィ・ムラサメと同じく先祖の中に白人系列の血がどうやら入っているようだが、詳しくは本人も知らなかったし、知るつもりも無かった。まあ、そもそも実の両親の顔も知らないし、深く調べる悪い趣味なんてねーよ、ファック。今、条件付きながらも『楽しい日々』を送る事ができているのはヒトエにクリストファのお陰であることは本当に否定できない。今の人生はオマケだ、と胸を張って言える。

「何が起こってんのか、見当もつかないっすけど、とにかくお願いします、中尉」
「ま、これが仕事だかんね――ハッチ閉じるよー」
 整備士が器用に敬礼を残しながら後退したのを確認し、メイファは愛機『ワイヴァーン74号機』に対してコックピットハッチ閉鎖の指令を行った。三層構造となっているハッチがそれぞれ、パイロットの詰められたコックピット・コアを守るように丁重に閉じられていく中で、メイファのヘルメットに直通回線が届けられた。

『何が起こっているかわかる? メイファ』
 もはや、互いの確認を行う必要なんて全く無かった。つい五分前まで、待機室でチェスを交わしていた相手、エディ・クランスキー中尉である。今回、同じ班編制でアラート待機任務に就いていた二人であり、コールサインはメイファがナイト07、エディがナイト06であった。

「貴男と同じく、私にわかるものですか。異常事態だ、ってことしかわからないわよ」
 コックピットが外気――この場合は格納庫の空気と言うこと――循環になっていることを確認しつつ、メイファ。あとは火器管制、ファイアコントロールだがこれは最終承認が『ハイランド』側から下されないと触ることも出来ない、そんな仕様になっている。

『気疲れしない程度に緊張して、待つことにしよう。早く、チェスの続きやりたいしさ』

「まあ十二手先でアンタ、詰むんだけどね――」

 マジっすか――回線越し、絶望に叩きのめされた声で沈み込んだエディであった。101の中で、一番チェスが強いのは他ならないメイファ・ヤンなのだった。数少ない、というより唯一の隊長に対する優位点と言えば優位点だが、これが将棋となると、そんな隊長に歯が立たないという、もうどうしてそうなった、みたいな。フローラ等に言わせると、確保した駒を自軍のそれとして再運用するところにキャラ性が特化しているところがクリスらしいんじゃね、だそうだけれど。

 コックピット上でのアラート待機ともなれば、流石に読書などを行うわけにもいかない。当座の暇潰しとしてメイファは再度、愛機の状況確認を開始した。すっかり静かになったエディも、多分同じ事をしているのだろうと思う。


   ・
   ・
   ・


 どうにか、爪を噛むのを自制しているクリストファ、その現在の居場所である『ハイランド』管制室に耳慣れないチャイム音が鳴り響いた。
「隊長宛に、ホットラインが――ひええ、なんと『F重力波通信』です――相手は横須賀の日本空軍基地みたいですが――転送しますか」
 マノアが目を剥いて驚くのも無理はなかった。これは通常の通信と比較すれば速度が桁違いとは言え、出力行為それ自体に大量のエネルギー消費を必要とする、光の速度を超える超高速通信手段だ。日本語圏の人間にしか通じないジョークではあるが『光学』と掛けて『超高額通信』と呼ばれている代物であり、おいそれと使われる通信手段ではなかったし、実際、クリストファ本人がその特別なチャイム音の存在理由をすっかりと失念していたほどのものだった。なお、この通信手段は音声通話をどうにか達成できる、そんな貧弱な出力容量でしかないことは付け加えておく。

「なんだかとんでもねー日だな――ビール呑んで平穏に終わるかと思っていたんだがなあ」
 腕時計を一瞥したのは、『ハバロフスク』のいけすかないナントカ少佐が十分後に連絡を入れる、と涙目で通信を切ってから数分も経っていないことを確認するためだった。

「あのキチガイが何か言ってきたら、僕はウンコしに便所に行った、と伝えておいてくれ」
 ぷっ、と噴き出したレオノラの左肩に手を置いて、クリストファは自前のインカムを装備した。問題は無いはずだったが、内容が内容かも分からなかったのでスピーカー出力は控えることにし、『ハイランド』側の電力状況を適当に目視確認だけはしておいた。問題は無いだろう。

「こちら、連合宇宙軍第101統合特務部隊隊長、クリストファ・アレン少佐――どうぞ」

 限定された人間、組織しか知り得ない極秘のラインであったが、クリストファは念のために完璧な自己紹介を行った。場合によっては、名ばかり管理職――本人にとっては何よりも褒め言葉なのである、これは――のレスター大佐がホットラインを拾う可能性もあったからで、場合によっては相手対象がそれを希望していることも充分に考えられた。

『おひさしぶりです、こちらは日本自治国空軍中将、秋山千尋です――『これ』、知っての通りムッチャクチャお金掛かるから単刀直入に言うわ――今、酷い目に遭っているでしょ。それはどうにかするから、お願いだからお姉さんの言うことを聞いて欲しいのー、どうぞ』

 クリストファは混乱した。このババア――もといオネーさんは、恐ろしく貴重な通信回線で何を言っているのだ。露骨に空気、顔に出たのかマノアが訝(いぶか)しんでこちらの様子を覗き込んできた。それにしても、また面倒くさい人間がしゃしゃり出てきたものである。クリストファの数少ない、頭の上がらない人間がよりにもよって。

「……ご機嫌麗しゅう、中将閣下、その節は大変お世話になりんした――って、ええとやっぱめんどいの無しで容赦なく言いますけれど、とんでもない目に遭っているのは事実で、まあぶっちゃけマジギレ五秒前って状態なんですわ――どうにかしてくれるってお申し出はそりゃ有り難いんですけれど、ジベタリアン空軍の閣下に何をできるってんです……たまに、忘れかけるんですけど、どうやら小官は宇宙軍所属のようでして――どうぞ」
 これでも、感情を押さえ込んだ発言をクリストファは行っているつもりだった。気易い相手、と言うこともありはしたけれど、そもそも空軍の将軍格とは言え、その人が宇宙軍の自分に対して何を、と言う気分も否定出来なかったのは事実である。彼女の顔が連合の陸海のみならず、宇宙軍にも利いていることは勿論、知っていたのだが。

『ジベタリアン言うなー――って、状況が分かっていないだろうけれど、どうにか抑えて! 爆発しないで!! 挑発に乗っちゃ駄目、絶対!! 取り敢えず、それを最優先して欲しい、約束して! 今は、我慢! ……どうぞ』

 超長距離を隔て置きながら、ほとんどタイムラグ無しで会話が行えるのは純粋に新鮮だ、と感想を静かに一人抱く程度にクリストファは自らをクールダウンさせることに成功している。

「……部下を実質の人質に取られているようなものでありまして、これはストレス半端ないんです――ですが、他ならない閣下のお願いですし、条件付で容れることにはします。部下に精神的、肉体的な危機が迫らない限りは自重することとします。これは最大限の『個人的』な譲歩です――どうぞ」

『正しい譲歩に感謝する――あ、ちょっと今忙しいんで、またこっちから連絡する――チャオ!』

 ぶつっ、と途切れた回線に、クリストファは高くもない天井を見上げた。

「やあれやれ、っと――ほんっと、何がどうなってんだ……」
 不安と好奇入り交じるオペレータ女子達に聞こえるように言ったのは、演技だった。要らぬ不安を彼女達に提供する必要は全く、ないのだ。

 ふう、と溜息を一つ。クリストファは改めてマイクを拾い上げた。

「隊長より達する、第二種戦闘配置は解除、だが適度に緊張しつつ、各作業を継続しろ、以上」

 自分以上に状況を呑み込めていないであろう101構成員達に対し、暗黙のメッセージを送った隊長なのであった。



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   ・

「コーヒー、淹れますね」
 新人だから、と言う訳では無く、手持ち無沙汰なこともあってヲチミズ・アスカ曹長はコーヒーメーカーの操作を開始した。

「おお、気が利くな――ありがと、アスカたん」
 個人端末、立体映像の展開とそれなりに忙しそうなフローラがボールペンをくわえながら言う。

「いいえ、集まったらそりゃあみんな、ガブガブと飲みますからねぇ」
 隊員パイロットを含め、この『ハイランド』に詰めている人間の喫茶、その好みをヲチミズはほとんど把握していた。コーヒーメーカーと並行させ、電子ポットのセットも怠らない。この船のブリーフィング・ルームでのコーヒー、各種茶類の消費量は食堂『ルースト』よりも余程に多いのだ。

 隊長の艦内放送からこっち、101の構成員はなかなか集まってこない。非番のパイロットは自分を含めて三名がいた筈だが、それぞれの事情があるのだろうし、整備士組は、それこそメンテナンスに総出で掛かりっきり、というところなのだろう。

「一体、何がどうしてこうなってんですかね」
 特に声を潜める必要は無かったのだが、アスカはフローラにだけ届く声を選んだ。

「ふふっ、気にするこっちゃないよ。今、君の『父親』がわざわざ『第二戦闘配置解除』って放送掛けてきたのは、少なくとも物事が多少好転している、ってメッセージだろうしさ」

「その『設定』はまだ生きているんですね……」
 ゲンナリとアスカは答えたが、実の所、それ程に嫌なことではないのだ。クリストファ・アレンが自分の父親、と言う『架空設定』は。

「最初の最初に、しでかしてしまった君が悪いのだよ、ヌハハハハ!!」
 立体映像を掴み、天井面に放り投げながら器用に高らかにフローラは笑った。壁面の映像処理が進行していくことで、取り敢えず彼女なりのブリーフィング・ルームの準備は終了といったところのようだ。

「『しでかした』のは事実ですけれどぉ、ここまで引っ張られるとなあ……本当は隊長の方が嫌がっているんじゃないかとすら思うんですが……」
 ポーションミルクと砂糖の備蓄確認を行いつつ、ヲチミズ曹長。

「それは心配無用。寧ろ、楽しんでいると思うよ――恥ずかしがっているだけさね。あと、ネタになっていればそれで喜ぶ男だよ、あれはね!」
 ヌタ、としか表現できない笑顔のフローラだった。いつも思うのだが、このオネーサンは黙っていれば本当に美人なのになぁ……。

 ふう、とヲチミズ・アスカは映像処理が進行している天井を見上げた。『ハイランド』を始め、各艦載機の状況と周辺宙域のレーダー図が展開され始めていた。

 ……そう。

 ヲチミズは『しでかした』のです。

 『しでかしてしまった』のです。

 あれは、第101統合特務部隊『モーニングスター』に配属された、よりによってその当日のことでした……。もう、半年ぐらい前になるのかな。







   ◆ ◆ ◆



「俺達の戦場へようこそ、ヲチミズ曹長。話はプラットンさんからよーく聞いているよ。101モーニングスター、隊長のクリストファ・アレンだ。階級は少佐ってことになっている」
 噂には聞いていたし、写真で見たこともあったが、想定を遙かに上回る美男子がそこにいた。うわー、こりゃ確かに女性兵士(ウェーブ)が大騒ぎもするわ。清潔感のある白軍服の上下、着帽はなされていなかったのでその綺麗な白髪、後ろで纏められたホーステイルが静かに戦(そよ)いでいた。

 よろしくな、と気さくに差し出された手を果たして自分ごときが握り返しても良いのか、一瞬だけ悩んだが。

「宜しくお願いします! 火星方面軍出身、ヲチミズ・アスカ曹長です!! お、お会いできて光栄です!!」
 まあ、そう硬くならないで、言って笑ったクリストファの手はとても温かかったのが印象的だった。

「特務部隊とはいえ、閉鎖環境下ってこともあるから、必要最低限の礼儀を弁えていればいいよ、と言うのを最初に言っておくねー」
「は、はあ……」
 こればかりは想定外の発言だったので、アスカとしては間の抜けた返事が漏れてしまった。あと、なんか……なんつうか、言葉が凄く、軽い。良い方向でだけれど。

「色々な意味で、宇宙の軍、組織としての在り方を再考する為に僕達は集められた。精鋭部隊だとか特務部隊だとか、言葉は怖いし、君も気負い、覚悟していただろうけれど、気を抜いてくれて良いから、っさ」
 よいしょ、と着席したクリストファが左手で対面の椅子を示した。

「失礼します!」
 慎重に着席したヲチミズが背筋を伸ばすのを確認して、クリストファは執務机――アスカから見ても本当に質素で小汚いデスクだった――からゴソゴソと何かを取り出した。

「もう、君の101配属は昨日の段階で書類上は確定しているんだ。取り敢えず、僕から君に手渡すべきはこれぐらいかな」
 ビリ、と自ら開封したクリストファが丁寧に取り出したのは特務部隊『モーニングスター』の部隊章、各種であった。

「わあ!」
 自然に、声が漏れた。全宇宙軍パイロット、垂涎(すいえん)の象徴。かつて存在したらしい『モーニングスター』という打撃武器に模された一番星、その手前に大きく『101st JTF』の文字列。背景は宇宙空間で、無数の星々によって彩られている。伝説の901部隊の、名残。出身的に複雑なところはあるが、火星側からするとこれは当時、悪魔悪夢の象徴でもあった筈だ。

「そう喜んでもらえると、こちらとしても嬉しいよ、曹長――」
 よっぽど顔に出ていたのか、隊長はくすくすと笑いながら言った。
「――第一種、第二種軍服に『自分で』縫い付けるんだよ。これは、君が自分自身でやるべき仕事――この意味、わかるかな?」

「はい! 人になんて、やってもらう訳には絶っ対っにっ、いけませんからっ!」

 ――あ、発言ミスったかな、アスカは一瞬だけ狼狽したのだが。

「ん、それでこそだ、曹長。それでいい――」
 それはそれは嬉しそうにクリストファは深く頷いたのだった。

「君のフライトジャケットは今、部下が作成中。もう二日ばかり、待ってやってくれな」

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   ・



「何しろ貧乏所帯でね――あちこち、ボロいのは勘弁して欲しい」
 これでも綺麗になった方でさ、と快活に笑う隊長だった。いや、まさか艦内を自ら案内して貰うとは思っても居なかったので、アスカとしてはこれは大変に落ち着かないこと甚だしい。先に送られていたささやかな私物各種は既に一次倉庫で受領保管されているらしく、軍支給のデイバッグが一つと身軽な状態で隊長の案内を受けられるのは非常に助かっているのだが。

「副長が女性でね、ムラサメ中尉と言うんだが君と年齢も近いし、本来であれば女性の彼女に色々と君の案内をさせたかったのだが、ちょっと非番で買い出しに出ていてなあ」
「いえ、大丈夫です。こちらこそ恐縮です――にしても、話には聞いていましたが、色々とあるんですねえ。これだけ設備が多いとは思いませんでした」
 最初に案内されたスポーツ・ジムには小型ながらカプセルプールや本格的なトレーニング機器、ルームランナーが小綺麗に整然と並んでおり、また空いた空間に設置された喫茶室に喫煙室、完全セルフシステムのPX(売店)、そして基本的には電子化されたものの集積体ではあったが図書室までが存在しているのだ。プールバーさながらの部屋まで設けられていることには、本当に驚いた。自動麻雀卓に、新旧問わずの家庭用据え置きゲーム機まであるってのは。

「何しろ、『待機が仕事』みたいな側面もあるしね――『出雲(いずも)』が近いと言えば近いけれど、地味に移動に時間が掛かるから本当に稀(まれ)にしか行くヤツはいないかな――だから、少しでもストレスが溜まらないようにするのも我々の仕事、大切な軍務なのさ」
 日本自治区管轄のスペース・コロニーの名前を隊長は口にした。居住コロニーと言うよりは工業に特化されたコロニーであることと、有名な歓楽街があることぐらいは火星出身のアスカでも知っている。

「……あ、風呂とか個室とかの案内、その辺は後で女性部下を手配するから、安心して良いよ。今日は、非番組と手透き人間でささやかながら君の歓迎会を行わせてもらうつもりでね」
「ぶひっ!?」
 これは本当に想定外の隊長発言だった。妙な声が上ずって出てしまったが。どこの民間会社なんだろうかと。

「ブヒッ――ってのもゴイスーな反応だな……まあ、君をネタにして僕達も騒ぎたいんだ、って本音もあるわね。だから、気負わなくて良いよ――んー」
 ブヒッは忘れて下さいお――と心の中で滝のような涙を流していたアスカであったが、隊長が腕を組んで唸っていることは純粋に気になった。

「どうしました?」

「いやね、大抵僕等ってファースト・ネームで呼び合うんだけど、初日から君のことをアスカ、って図々しく呼び捨てにしてもいいものかどうか、と思ってしまってね」
 どうやら、真剣に悩んでいるようだった。本当に、この人はあの『ウェイブ・ライダー』で『レールガン』で『白の戦慄』なんだろうか、今更ながらそんなことを思ってしまうアスカであった。

「――あ、全然構いませんよ、ヲチミズでもアスカでも、お好きな方で」
 
「そうか、じゃあ改めてよろしくな、アスカ――ぶっちゃけ、君と僕って年齢あまり離れていないし、誰もいない時は敬語抜きでもかまわんからな。ああ、ついでにクリスって略して呼んでくれてもいいぜ」
 どうやらこの男は、本気で言っているらしい。

「いや、無理ですって……」
 士官学校で叩き込まれた部分もあるにはあったが、さすがにそれは無理ゲーにも程がある。いやはや、それにしてもジャン・プラットン教官が言っていたことは本当に間違いがないんだ。本当に、真なる意味で変わり者、なんだ。ただ、どうなんだろう。物凄く、温かいことは温かいんだ。



   ・
   ・
   ・



 ここから先は、あまり思い出したくないことなんだけれど



 食堂『ルースト』に連れて行かれて

 既に出来上がっていたフローラさんとかメイファさんとかレオノラさんに、挨拶するよりも先におっぱい揉みしだかれて

 まあそれはいいんだけど

 いや、よくねーけど

 お酒しこたま呑んで――あ、これに関しては強制とかそんなんじゃなくて自分で自爆、とだけ


 
 酔い潰れたところで、『しでかした』のよね……。



   ・
   ・
   ・



「……イ、オイ、大丈夫か、アスカ――ンモー、バカだなお前、一人でグビグビやりやがって」
 ごわんごわんと響く声。激しい頭痛の中、自分がどんな状態になっているのかは全く分からなかった。
「……見所あるんじゃないかな。101に打って付けのキャラになりそうな気もします。今日日の若い娘で、いきなり順応しているって凄いかも」
 うおおお、こっちの男性の声は渋いベースで重低音がズンドコに響きます……。

「……あー、急性とか無さそうだから大丈夫、安心していいよ隊長。明日、遠出あるかもしれんだろ? メイファも半死だし、ついでに私が面倒きちっと看(み)るから部屋に戻っていいよー」
 女の人の声がこれまたぎゅいぎゅい響く。

「ごめん、隊長――もっと気を配るべきだった……まさか一人でこんなぐいぐいイッっているとは……」
 別の女人の声は、ソプラノ掛かっている分、あまり響かなかった。

「まあ君等の所為(せい)だけでもねえし――専門家がそう言ってくれるのは助かるな、お願いしちゃおうかな、マリベル」

 凄く暖かな、大事な、大好きな声、その主が離れようとしている――泥酔していた自分がこの時、何を考えていたのかというと。不安感と寂寥感、これに尽きたのだろう……。

 待って、行かないで。

 いかないで。





「お父さん、いかないでえええええええええええええええええええええええ!!!!!」


「パパ、いっちゃやだあああああああああああああああああああああああ!!!!!!」






 泣き喚いて、隊長に勢い抱きついて。


 あれ、これ


 ひょっとして現実????


 というところで記憶は終わる。


 オワタ。



                             (おわり)




   ・
   ・
   ・



 滅びの未来。

 ディストピアと化してしまった暗黒の世界で、孤独に戦う少女が一人。

 ほとんど顔の覚えもない父親、その形見である聖剣『エクスカリパー』を恃(たの)みとして、異形の存在と戦い続ける日々。

 圧倒的な戦力差、絶望的な状況下で、少女は幾度、号泣したことだろうか。

 救いのない世界、ただただ精神に鑢(やすり)掛けを行うような、戦いの日々。



 しかし、少女は知ることになる。


 そう。


 過去へと、戻る方法を。


 犯してはならない、禁忌も禁忌。それは百も承知している。


 それでも。



 最後の希望。一縷(いちる)の望み。



 過去に戻り、父親に忍び寄る死の運命を変えることが出来れば、或いは。



 この悲惨な未来を、変えられるのかもしれない。




 そう。



 ヲチミズ・アスカは、遠い未来から父親であるクリストファ・アレンを、救出に来たのである!!


 タイム・パラドックス!? なにそれ美味しいのん???


 頑張れ、アスカ。


 負けるな、アスカ。


 闘将(たたかえ)! アスカ!!



   ・
   ・
   ・



「――っという設定を考えてみたんだがどうだろうか。これならば、ほとんど年齢の変わらない君達が父娘(おやこ)だ、と言う事実が自然と成立するのだ!」
 レーザーポインターをビシィと手の平に打ち付け、ドヤァと鼻息を噴いたフローラさんであった。ご丁寧に、携帯端末にタイピング入力までしているところがもうどうしようもねー。

「いや、それ俺が若くして死ぬ設定だよね!! やめてよ!! って突っ込みどころ多すぎだよ!!」
 マリベルがしとどに嘔吐したアスカと貰いゲロったメイファを両脇に軽々と――凄いよこのメイドさん、さすが海兵隊のお姉さん!――抱えて医務室兼人体実験室に消えて行ってしまっているので、ここには最古参でもあるクリス、フローラ、マグヌスの三人しかいない。結果、手酌で酒を続けていたのだが。

「どうやら、私こと、フローラは君を守ることができないようだな、すまんクリス。不甲斐ない私を許しておくれ」
 大きな胸に手を当てて、深々と頭を下げてくる。

「謝るんじゃねーよ! 守ってよ! なんかスッゲー不安だよーーーー!!」

「若くして死、ってのがアレだったら――どうだろう、未来世界で暗黒面に墜ちて魔王になってしまったのが、他ならないクリストファって設定ならば。それを止める為、『フォース』の正しい使い方を教え導き守る為に未来から我が身を省みず健気にやってくるアスカちゃん!! これは萌えるぜ!!」

「萌えねえよ! なお悪いわ――――――!!!!!!!! 娘とか世界に迷惑掛けているってレベルじゃねーぞ!!!!!!!!! その魔王設定!!!!!!」




 ……こうして、ヲチミズ・アスカ曹長はクリストファ・アレンの実娘であるという設定が生まれることとなった。なってしまったのである。


 後日。周囲の意図的、悪意的な情報捏造の結果、『隠し子発覚』と誤解させられ、鵜呑みとしたソフィ・ムラサメが半べそで歯茎を剥いてクリストファの襟元をねじり持ち上げ締め抜き落としたことを余談としておいて、この中二エピソードは封印されるべきなのかもしれない。合掌。








 いや、そうは問屋が卸しません。





   ◆ ◆ ◆




「――隊長!! お話があるんですがッ!!」
 最寄りのコロニー、『出雲』からのショッピング帰り。隊長室にノック抜きで駆け込んできたソフィ・ムラサメの顔色は本当に白かった。悪かった。

「おかえり、ショッピングは楽しめたかい」
 二日酔い、と言う程ではなかったものの、若干の頭痛を引き摺りながら電子書類処理を行っていたクリストファは、最初はその異変に気付かなかった。

「お陰様で――って、ちっがーーーーーーーーーーーーーう!!!」
 ドギャア、と両手に抱えていた土産の紙袋が床に叩き付けられた。女性構成員も多く、その内容物が下着類に始まるものだろうと想像はクリストファにも着くのだが。おいおい、穏やかじゃねーな、なんか。

「お、おい――どうした、落ち着けよソフィ、何があった」

「――はぁはぁはぁ」
 両肩を大きく揺らし、荒く息を整えるソフィの顔はこの角度からは見えなかった。何か、怖い。

「いいか、宇宙の戦士たるもの、常に冷静にだな――」
 常日頃、口を酸っぱくして説教していることなのだが。実際に、焦りが良い結果を産むことは皆無。特に、宇宙空間という極限下にあっては。

「むむむむむむぅうううう――」

「やだな、ソフィ――きしょいよ、なんか……」
 この辺りから、クリストファは含むポカリスェットに妙な塩っ気を感じ始めた。何か、由来根拠は分からなかったが、鍛えられた肉体が何かしらの危険信号を自らの脳に送りつけ始めているのかもしんなかった。





「む、むっむむ、ムスメがいたって聞いたんですがあ!!!! 隠し子とかあああ、なにそれえええええええええええええええええってえええええええええええ!!??!!??」





「ブーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」





 クリストファは、含んだポカリを盛大に噴き出した。

 そして、いつの間にか距離をほとんどゼロにまでビシ詰めていたソフィ、その顔面に自由解放された液体が容赦なく降り注ぐ。


「ぬ、ぬわーーーーーーーーーーーっ!!!! 目が、目がぁあああああああ!!!!」


 二十代の女の子が放つ絶叫じゃねえよ――突っ込む余裕も暇もなく、半ば条件反射でハンカチをクリストファは取り出したのだが。顔に掛かっている両手、その指、隙間からギョロと睨んでくるソフィの左目がむっちゃ怖かったので。それは、とても、怖かったので。これ、なんて『〜もあぐれっしぶ〜』なん?

「ま、待て、は、話せばわかっ――」

「オチャラケでチャラ男を装ってはいても、道徳、人道に背くことは決してしない人だと思っていたのにっ!! 信じていたのにぃいいいいいいいっ!!!! 全世界のあたしに謝れええええええええええええええええええっ!!!! フンヌッ」

 自分が机越しに首元をねじ上げられている、と言うことにクリストファはここでようやく気付いた。あれ、やべえ――苦しい――つうか、足元が浮き掛けているんじゃね? これやばくね???? 隊長室は有重力ですよ、これ豆知識な。

「……ぐ、ぐるじい」

「だまらっしゃい!! 出して、吸って、揉んだんですね!! この非童貞がっ!! 相手はどこのビッチじゃあああああああああああ!?!?!? おるああああああああああああ!!!!」
 ソフィの涙目、血走った両目と目が合った。いや、もうちょっと色っぽいところ、場面、ふいんき(何故か脳内変換できない)の中でこういうことは行われて然るべきではなかったか。と言うか、お下品ですよ、ソフィさん……。

「……そ、ぞの順番と理屈はおかじい……」
 たしけてー、たしけてー。クーガーのおじちゃんたしけてー。


「ほらあああああああああ!! ちゃんと説明してくださいよっ!! 私が納得できるようにねえええええええええええ!!!!!」


 ごめん、それ無理。


 あ、ホントにやばいかも。



 なんか妙な浮遊感と相まって。

 光が広がっていくような。


 なんか虹色の渦の中で、インド人の女性みたいのが手招きしてる?


 ――人間って絶対に分かり合えませんよネー


 したら、なんか女性は寂しそうな顔を残してどっかに飛び去った。

 インド人は右に。

 これはこれで良かったのかもしれんが。



 あー。


 『白の戦慄』とか『とある宇宙軍の超電磁砲(レールガン)』だとか『ウェイブ・ライダー』とか呼ばれ、恐れられた僕だったが。がが。


 よもやこんな終わり方とか。



 残念すぎるだろ、人生的に考えて……。




「アッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!」





The RLight=Bringer -Let bring us the Rights=Lights


          「完」





                          [BADEND-No.013]
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2641年01月01日

Chapter:02『人の間、星の間』-08




   VIII


「サウナの暑さに耐え抜いたオレサマから冷え冷えビールを呑む権利を奪うとか万死に値するだろ酒飲み的に考えて……」
 風呂上がり、正確にはスチームサウナ上がりの里山の機嫌はブリーフィング・ルーム、その入室時から頗(すこぶ)る悪かった。和服、着流し。これが彼のスタイル。甚平をこよなく愛する隊長クリストファと言い、その普段着を目の当たりとすれば、とてもここが真空の宇宙空間だとは誰も思えまい。長風呂、長サウナはこの閉鎖空間『ハイランド』にあって彼がもっとも愛して止まない習慣、趣味なのだったが。

「いやあ、戦闘配置解除、ってクリス言っていたし、ビール一杯ぐらいはいいんじゃね?」
 そう言いながらも、当のフローラはミルクとガムシロップをこれでもかとぶち込んだアイスコーヒーを傾けている。女性の敵と呼ぶべき存在なのか、フローラはその飲食に全く注意を払わずとも、太ることのない体質なのだった。割れた腹筋が素敵、そんなフローラさんなのだ。

「隊長がテンパっている時に他の場所で飲酒できる程、俺のメンタルってタフじゃないんで……」
 ヲチミズの差し出した氷タップリのウーロン茶を会釈、受け取りながら、里山。

「まぁたぁ、メイファとかもそうだけれどあんまり恩着せがましいとそっちの方がクリス、嫌がるわよっての……ったく生真面目なんだから、ドイツもコイツも……」
 そう言いながらも、フローラがどこか嬉しそうだったのはヲチミズには印象的だった。

「摘むモノ、持ってきましたーっ!」
 エネルギッシュな、輝きを感じさせる程の明るい声でカートを引いてブリーフィング・ルームに乱入してきたのはミランダ・ルヴァトワ曹長である。海兵、整備組の数名を率いて、それはそれは山のような量の野菜サンドイッチであった。急造ではあったのだろう、形が悪いのはご愛敬というものだった。

「更に出来るようになったな、ミランダ!!」
 正直、軽食を用意するという発想自体が無かったフローラは純粋に感心したのだが。まあ、部屋支度があったわけだすぃ、これは仕方ないんだよねぇってねぇ。

「『女子力(笑)』じゃ、もうミランダが一歩も二歩も先を行っているんじゃないかねぇ」
「里山、後でリンチな。お前今、『女子力』に『かっこわらい』――って付けたでしょ?」
「なんでわかんのーーーーーーっ!?!?」
「早い方がいいな――どれ、もぎ取ってくれよう」
 股間を押さえ、涙目で壁に張り付いた里山に、ボキリポキリと指関節を鳴らしながらフローラが躙(にじ)り寄る。

「二人とも、お黙り!! しっかりと食べておくのが、今のあたし達の仕事でしょー!?!? これやっておかないとクリスに怒られるよー! ついでにあたしも怒るよー!! 鋭気を養っておくんだろー!?!? ぷんぷん!! まだまだマリベル姉さんが食事は作っているからね!!」

 説得力の有りすぎるミランダの言葉に、フローラと里山のドツキ漫才に幕が引かれた。腰に両手を当てて胸を張っているミランダに対し、その背後に控えている海兵と整備員が恭しく拍手を行った。いやはや、パイロットの、特にフローラに対して突っ込みを行うのは誰であっても命懸け、なのだった。

 ともあれこの場合に反論するべきは、ザクソン、里山両名の側に全く存在せず。

「――サーセン――」
「……サーセン……」

「わかれば、それでよろしいのですよー。お野菜タップリなので、食べられる人はどんどん食べておくのですぅおー」
 マムマムと自ら作成したサンドイッチを咀嚼(そりゃく)しながら、ミランダ・ルヴァトワ曹長は笑った。

 誰よりも、パイロットを『やっている』彼女。

 まあ。

 メイド服なんですけれどね。


   ・
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   ・


「クーデターですって!?」
「シドニーはもう全部制圧されてしまったらしい――情報が錯綜しており、ワシも訳がわからんが――一応、宇宙軍全軍には通常軍務に従事しろ、と発令はされておるようだ。要所要所は、しっかりと押さえられているらしいが……」
 話がある、一人で来てくれと乞われて、名ばかり『司令官室』へとやってきたクリストファは、その部屋の主、やはり名ばかり司令官のハインリヒ・レスター大佐からそんな現実を伝えられるのだった。
来客ソファの上で、ジャスティンが頭を抱えているのもクリスは気になったのだが。つか本当にレスター大佐に用事があったんだな、こいつ、と。てっきりフローラの支配陵辱領域から逃げ出す口実かと思っていたのだが。

「……厄日っていうか、何と言うか……続くものだな、クリストファ」
 そのハインリヒの言葉を簡単に肯定することをクリストファは出来なかった。最初は、微かな違和感だったが、やがて朧気(おぼろげ)ながら意味、形となり始めて。

「全部、リンクしているんじゃないですかね――一連の俺等に対する『手入れ』も含めて。だとすると、さっきの秋山おばはんの行動の速さも、何か見えてくるのかもしれないです」
「偶然とはちょっと考えにくいかもしれんのう……あとオバハン言ったら殺されるから気を付けろよ、君……これ、じじいの忠告ね」
 おばはんとかじじいとかはさておいて。なんで地球本星の、それも日本自治区の空軍中将からアクセスがあるんだ??? その点で、クリストファとハインリヒの疑問は全く等しいものだった。いや、そりゃ広義では同じ『惑星連合軍』ではあるし、クリストファには、ごく短期間ではあったものの日本空軍の食客となっていた過去もある。自治国は松島基地、第04航空団飛行群第11飛行隊『ブルーインパルス』、それが彼のかつてのささやかな居場所だったし、色々と手を焼いて回してくれた当の人物が秋山中将だった、そんな繋がりはあったけれど。

「クーデターなんて、古代精霊語かと思っていたけどな……って結構状況やばいんじゃねぇです? 僕達どうなるん? 一応、民主的な軍隊って建前になってますよね? なんちゃってシビリアンコントロールですよね、俺等って」
「……何と言うか、君の発言って、一々『アレ』だよなぁあああああ……」
 クリストファの発言に、ハインリヒは露骨に顔に暗い縦線を五本、キッチリと入れて項垂れるのだった。もうワシの胃もマッハ。しかしそれにしても、なんて酷い髪型をこの男はしているのだろうか、気にはなったが、要らぬ気苦労はマッピラゴメンであることに気付いたハインリヒは流すこととした。処世術ビバ。宇宙軍規約に『盛り髪ダメ、絶対』なんて禁止事項は無いしな。

「――あー、つか、もう何がなんだか――自分は一度ブリーフィング・ルームの住人になることにします。回線は簡単に回せるけど、面倒とか差し支えがなかったらオヤジ殿も一緒に来てもらう方が話、早いのかもしんないけど、どします?」
「――そうさせてもらおうか」
 一緒にブリーフィング・ルームに来い、と言ってこないところがクリストファのクリストファたる所以(ゆえん)なのだろう。その感覚は、レスターにとって大変に嬉しいし、オヤジと仮初めでも呼んで貰えるのはこれはもう。

「で、ジャスティン、あなたはどうしたんです? 顔色、良くないが」

 すみません匿(かくま)って下さい――と、半笑いながらも必死で逃げ込んできたジャスティン・シューマッハを、『101ではよくあること』と、快く歓迎していたハインリヒであったが、その後の別に隠すでもない情報収集の通信を行っている傍から彼の顔色が悪くなっていたことは気に掛かっていた。クリストファの方が先に口にこそしたが。

「……隊長……あの……なんかね……」
 もごもご、とジャスティンが口ごもる。常に快活、饒舌(じょうぜつ)な彼等しからぬ反応行動である。

「気にしないで良い、どうせ独立愚連隊だし、これから先ぶっちゃけどうなるか本当にわからなくなった。遠慮無く言え――つうか、気になるから言ってくれ――シューマッハ少尉」
 ハインリヒが天井を仰ぐような発言を並行させつつ、クリストファ。

「……あ、ああ……その、俺っちはほとんど関与していなくて……ただ、日村主任が……その……あの、まあいずれ、ひょっとしたら俺等に『お鉢』が回ってくるかもって話もあったりして、ってことで……独断でこれは言うんですけど……」
 このジャスティン・シューマッハ少尉は、本来は『ラリー・インダストリー』、通称TEAM-A所属のテストパイロットであり、実質の傭兵として101に参加している人物だ。特務部隊でもある101と、ラリー切っての精鋭開発部隊であるTEAM-A、貴重な橋渡し役でもある。

「構わない、続けて――」
 クリストファは、ただそう促した。いや、実際にジャスティンが何を言わんとしているのか、皆目見当も付かない。ラリー・インダストリーは日村、率いるTEAM-Aからの情け容赦ない偏向スペックの試験機だとかなんとか追加武装だとか装甲だとかパーツだとかにヒイヒイ言っている身ではあったのだけれど。どんだけこっち、フルアーマーにさせるつもりやねん、と。

「……俺達『とんでもない船』を造っているんですよね、っていう……というかこの『タイミング』で造っちゃった、ってね……」
 小声ではあったが、それでもパイロットらしく明晰にジャスティンは続けた。

「ふね?」
 クリストファの眉間に皺が寄る。101発案、TEAM-A建造、101運用模索――そんな『晴嵐』系列の量産は軌道に乗っているはず、そんなことを考えもしたのだが。多分、それじゃねーよなあ……。

「……で、まあここからが本題でして、『一応は』預けられているラリーの社用通信も、ついでにチーム直通通信も全く通じなくなっているんですね……これ、なんかタイミング的に、ヤだなぁって」





   ◆ ◆ ◆


 日村霧男は地球本星における『クーデター』の発生を月面本社は工場地下の研究開発棟、その天井据え付けのスピーカーからの緊急社内放送によって知ることとなった。

『――総務部がお知らせします……本日未明、地球本星にて軍事クーデターが発生した模様です。……詳細は不明ですが、どうやらルナ・ヘヴンにおいても月面駐留軍が武装蜂起、各主要施設を制圧した、と言う情報も入ってきておりますが、日常生活にあっては一切の影響は無いとのことです。職員の皆さんは、どうか落ち着いて、通常の業務を遂行して下さい……なお、管理職の人間は作業を続行するに際し、部下共に社内情報端末を常に携帯、もしくは音声放送を聞き取れる場所での作業を優先するように指示して下さい。また、外部との回線が部分的に遮断されているようですが復旧は時間の問題とのこと……繰り返します――』
 主任室でコーヒーブレイクを決め込んでいた霧男だったが、そんな放送の内容を理解した瞬間、部下から手渡されたばかりのコーヒーのマグカップを、床に取り落としてしまっていた。

「――冗談だろッ!?」
 裏返った声が、自分の喉から出たものだ、と気付くのに数秒の時間が必要だった。そして、マグカップがその大切な内容物を盛大に撒き散らし転がっている事に上司よりも早く気付いた部下が、慌ててモップを取りに掃除用具箱へと駆け出す光景のを目の当たりにして、遅蒔きながらもようやく、日村は自分自身を取り戻すことが出来た。

「――ああ、ごめんよ、リーチェ」
 手挽きの貴重なコーヒーをわざわざも運んできてくれた部下に対し、謝罪を行いながら自分専用のマグを拾い上げた霧男は、取り敢えずヒビが一つとして入っていない事には、ほっと胸を撫で下ろした。これも又、部下の一人が自分の為に焼いてくれた逸品であり、あだや疎かには扱えない代物だった。

「気にしないでいいですよう、それよりマグ、割れてないですか?」
 そんな上司よりも遙かに冷静を保っていたベアトリイチェ・ノイマンが、床一面と広がったコーヒーをモップで拭き取りながら尋ねてきてくれる。

「――ああ、大丈夫。それよりも、せっかく淹れてもらったのにすまない」
 そう言ってモップを受け取ろうとしたのだが、リーチェと呼ばれた彼女は含み無く、首を振るのだった。
「やっちゃいますから、大丈夫です。それよりコーヒーの換えを持ってきましょう」
 馴れた手付きで床のコーヒーを拭い続けながら、そう言ってくれた。

「……あ、ああ……そうだね、改めて頂くことにしようかな。二度手間掛けさせてすまないね」
 本当は、もう飲む気が失せてしまった、と口にしそうになった日村ではあったのだ。しかし、コーヒーに造詣の深い、身も蓋もない言い方をしてしまえばやかましいベアトリイチェの前口上を思い出して、そう言葉を選ぶことにした。彼女が、どれだけ自分に今日のコーヒーを飲んで貰いたかったのか、それを無視するような真似はとても行えなかった。

「――了解、今回の焙煎は自信があるんですよー……ところで……っ、今の放送の内容ですけどっ……」
 ふとベアトリイチェの顔に目を向けると、常の冷静さの中にも困惑の色が見え隠れしているのが分かった。ヒムラは煙草を一本取り出した。無煙ではなく、有煙のそれであった。

「……念の為に改めてアルファの限定通信で知らせておいてくれ。文面は……そうだな、君に任せる――あっ、そうだ……重作業より、軽作業を優先させるように、って、念のために徹底しておいてくれ」
 煙草に火を点けるのは彼女が退室してからの事にした。

「……わかりました。通知レベルはどうしましょうか?」
「仮眠している奴等もいるだろうから、強制的に通達してやってもいい。任せる」
 心が痛まない事もないが、状況が状況でもあるので、仕方あるまい。

「はい……では、そのように計らいます。コーヒーは、その後で」
「頼む。ありがと」
 モップを片手に彼女が一礼してから立ち去った後、日村霧男は自分の椅子に腰を落とした。実用的なその椅子のクッション材がいつもにも増して堅く感じられる。続いて、くわえたままだった煙草に火を点けたが、普段だったら安らぎとインスピレーションを約束してくれる紫煙は、ただひたすらに重いだけだった。天井に据え付けられた空気吸引清浄機が恐ろしい勢いで労働を開始する。

「……これからどうなっていくんだ……?」
 机上に据えられた端末のディスプレイには、つい先程まで組み上げていた設計図面が表示をされていたが、どうしても作業を続ける気にはなれなかった。データが確実に保存されていることを二度、確認し、端末にスリープ処理を施した。

 霧男は自分以外に誰もいない主任室で一人、呻吟(しんぎん)した。

 最悪の予想が、最悪の現実へと発展する勢い――それを己が肌で、ビリビリと感じながら。

 やや八つ当たり気味に煙草を灰皿へとねじ押さえて、ふと。


 『どこかの統合特務部隊』に実質派遣しているジャスティン・シューマッハとミランダ、マノア・ルヴァトワ姉妹の存在を思い出して、その頭髪を掻きむしるのだった。






   ◆ ◆ ◆


「さて、お次のお題は……そうね……また読経では芸もないですし、『100万回生きた猫』と言う切ない物語でいきましょうかね……救いがあるのかないのか、聞き手が判断できる素晴らしいお話ですのよ……ぬっふっふっ」
 周囲がキター!! やったれー!! ヒャッハー!! と大いに盛り煽り立ててくれている中、ソフィ・ムラサメ中尉は手元のウィンドウに書籍データを展開させた。まあ、数える気も失せるぐらい、何度も何度も読んだ本であり、冒頭なんてほとんど諳(そら)んじられるレベルではあったが。


 100万年も 死なない ねこが いました。
 100万回も 死んで、100万回も 生きたのです。
 りっぱな とらねこでした。
 100万人の 人が、そのねこを かわいがり、
 100万人の 人が、 そのねこが死んだとき 泣きました。
 ねこは 1回も 泣きませんでした。


『はっ、は、発、巡洋艦『ハバロフスク』、宛、第101統合特務所属『ハインド』――問題は解決した。貴船の行動、その全ての自由を保障する――こちら、艦長』
 沈黙久しかったスピーカーが、息も絶え絶えな艦長とやらの声を伝達してきた。

「……あらぁ、まだ冒頭も冒頭なんですけれどせっかくなので最後までお聞きになられればよろしいのに……」
 底意地悪なソフィだったが、眼前に数多、展開されている情報ウィンドウの全てが通常のそれに復帰していっていることは把握しており、隣のエミリナも無言で頷きを加えてきている。どうやら本当に『解放』はしてもらえるようだが。

『情報伝達の不備と、連携の不足があったようだ――現在、本艦に貴船を拘留する意志はない、貴船は自由だ――謝罪が必要とのことであれば、これはきちんと謝罪させて頂くが――』
 経緯だの何も抜きでいきなり謝罪されてもなー、とこれはこれでソフィも困惑を禁じ得なかった。或いは、クリストファとかフローラ辺りが後方でなにか『やってくれた』のかもしれない――いや、多分そうだろうと思う。詳細は隊長から聞くのが早いのかも。

「ああそうですか、まあ後でどうなるか、楽しみにしておいて下さいね。何がどうあれ、『あなた方はクリストファ・アレンに対して銃口を向けた』のと等しい行為を行ったのですからね」
 これ位の捨て台詞は許される筈だった。最悪の事態を想定した『こちら』がどれだけ、神経をこれでも磨り減らしたことか。

 ひぎっ、とか文字化が困難な悲鳴それごとを打ち切るように、ソフィは通信自体を遮断した。

「皆さん、ともかく帰還しましょう。いいかな、皆さん?」
 エミリナが、笑いを噛み殺しながら頷き、その背後で控えていたクーガーが無言で太い親指を立てる。

「帰投しまーす!」
 エミリナ・ロードスは操縦桿を改めて、念入りに握り直した。







   ◆ ◆ ◆


「兵は神速を尊ぶ――と言うが」
 太陽系惑星連合共和国、その自治国家日本、横須賀空軍基地は執務室。その卓上で秋山中将は誰にともなく呟くのだった。既にあらゆる根回しは終わっており、基本的に『予測された』事態の推移を事後報告として受ける、そんな理想的な状況にはなっている。『クーデター』と聞けば言葉はそれは物騒だが、少なくともこの日本自治国では、混乱は全く見られていない。やはり、予測予定通り。北米回りがどうにもキナ臭いが、まあ頑張って貰うより他はない。

「私、個人の判断でよろしかろう――ハワード、例の件は君に任せる。仮に『空振り』と終わるにしても、実益が皆無なわけではない。『第七艦隊』にしてもデータがあって困ることはないし、あと近隣のゴミクズ共に対する威嚇にもなるだろうさ」
「かしこまりました。アレン少佐の件でよろしいですな?」
 ハワードと呼ばれた佐官が紅茶を差し出しながら、念入れの確認を行う。

「ええ。ミッション費用は、まあどうにかなるでしょう。最悪、『我等が連合空軍』で負担しても良いのだし? 場合によっては海軍にも出して貰いましょう」
 机上に遠慮無く積み上がっている書類の決裁を取り敢えずは放棄することして、秋山千尋は細巻き葉巻を一本取り出した。

「先程も、図々しく『電力及び各種資源供給を直ちに無償で実行し、過去歴史の精算に真摯に向き合うのならば交渉してやっても良い』と宣(のたま)ったようです」
 雑談を挟める余裕が秋山にも、ハワードにも生まれたと言うことだ。もっとも、そんな副官格は上官の軍令を実行する為の端末操作に余念が無かったが。

「ぷっ。国交ねえ……私達は対等の国家として認めてすらいないのに。本当に、学習しない連中……要らぬプライドと歪な歴史認識から脱却すれば、多少は拓(ひら)かれた未来だってあったのだろうに……」
 細巻きからゆらりと燻り昇る紫煙に向けられた秋山の視線は、いっそ哀れみを含んだものになっていたのかもしれない。初代大統領、フリストフォール・カリーニン・ブルクハルト曰く『共に歩み、並ぶことを否定する勢力に対しては敵対もやむなし』と。『全部を救うのは無理』という、彼の『結論』、『達観』『諦観』が実はそこに、根底にはあったのではないか。

 これは、とても――凄く――そして酷く、悲しいことだと秋山は思う。

 理想を純粋に求めながらも、彼が辿り着いた結論は『前向きの諦め』だったという酷い現実。

 せめて、彼がもう少し長生きをしてくれていれば、自分達がこうも『どうにか』しなくても良かったのかもしれないが。いや、『たら』『れば』は厳禁だったな、精神衛生的にも。

 少しだけ細巻き、その煙を吸入し、秋山は紅茶を一口含んだ。

 自分達のやっていることが、さてどう後世に評価されることとなるのか、そんな柄にもないことを一瞬だけ考えて。

「『やまと』の沖田に連絡だけはしておかないとならんかな……」
 秋山千尋は、卓上のクラシックな黒電話を手に取った。

「アレン少佐の件は『出雲』経由、武藤少佐であればスムーズですね――宜しいでしょうか?」
 ハワードの再度、そして恐らく最終の確認に対しては力強く頷くことで返答とした。

 強引に変えるんじゃないんだ。

 当初の。本来、あるべき『始まり』に戻すんだ。

 太陽系惑星連合、その本来の理想と概念。

 初代大統領が謀殺されて、全てが『おしまい』とするのは。してしまうのは。



 本当に悲しすぎるじゃないですか。


 あまりにも、救いが無いじゃないですか。











   ◆ ◆ ◆


『『ハインド』から連絡、ありました――盛大に要約しますが、精神的疲労を除き、人員装備に一切の異常なし、とのこと』
 視野、その片隅に投写されたマノア・ルヴァトワを示すシンボルアイコンによる報告だった。ブチキレモードに入ったソフィの愚痴を恐らくは散々っぱら聞かされたのだろうな、とクリストファは実にそこまで推察していたが。普段は寧ろ弄られ役なのだが、真に怒ると手の付けられない存在、それがソフィ・ムラサメという娘なのだ。詳細は分からないが、恐らく『相手』もタダではすんでおるまい……。ちなみに『ハバロフスク』とかなんとか、そんな名前の艦船からの通信が入っていたようだが、これは『ハインド』の健在が確認された段階で、クリストファの命令によって受信拒絶が徹底されていた。

「了解した、気を付けて帰ってこいと伝えてやってくれ」
『はぁい』
 ブリーフィング・ルームに移動した今のクリストファは携帯情報システム『シグマ』を装着している。文字情報及び立体映像までも複数、その眼前或いは網膜へと強引に投写してくれるこのシステムを正直なところクリストファは好きではなかったのだが、まあ利便性の高さだけは認めてやっても良い。やはり教導隊として、先行試用している代物ではあった。

「やれやれ、取り敢えずはなんともなくて良かった……」
 指先でウィンドウの変更を行いつつ、クリスは呟いた。個人個人の好み嗜好、こだわりによって形状は異なるが、彼が愛用しているそれはヘアバンド、カチューシャの形状を為(な)している。もっとも、その装着に際して、ようやくクリスは自分の頭髪が『とんでもないこと』になっていたことに気付き至ったのだったけれど。


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「お前等、とんでもないことが起こった――」
 キリッと端末を片手にブリーフィング・ルームに入室してきた対象、隊長に対し、既に三々五々集まりつつあった構成員達の視線が注がれた。主にその頭部に。ざわっ……ざわっ……。

「「「「 それは見ればわかります 」」」」
 全員の声が、全くブレることなく、完璧に揃った瞬間だった。

「あ? 見れば分かるって、映像情報とか既に出てんのかい――って――あっ――」
 ここで、クリストファは事情に思い至った。

 恐る恐る、手元の端末をミラーモードにして。

 頭部を確認した。




「なんぢゃこりゃあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


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「現状、粛々とクーデターは進行していて、一般人の生活にはほとんど影響が無い……らしい。地球の各自治国、月面、火星他でも戒厳令は敷かれているようだが、なんとか『日常』を保ってはいるようだな――あと、やはり通常軍務を厳としろ、の一点張りのようだ。憲兵共が動いているのが気持ち悪いが……」
 ブリーフィング・ルーム、特設された指揮卓で各端末の操作を継続しながらハインリッヒ・レスターは口にした。長年の人脈、パイプを有効活用する仕事においては言うまでもなく、誰の追随も許さない大佐なのだった。

「あー、マスゴミに動き――国営始め、民放でも報道が始まっているようっす。詳細情報は……ほとんどないっすねえ――混乱、争乱を戒める内容が多いかなぁ」
 里山が半分私物の情報端末、そのウィンドウを転々とさせている。情報通を自負している彼は契約している有料チャンネルも多いことで知られている。

「SNSとか匿名掲示板の類は種類問わずサーバーダウン――いや、或いは意図的にダウンさせられているのかもしれない」
 本来は独自の通信システムを持っている、ラリー・インダストリー謹製の大型ノートを操作しているジャスティン、その背後から立体画面を共に覗き込んでいるフローラが心細げに口にした。やはり、ラリー側とは未だに連絡が取れてはいないらしいジャスティンは、傍目から見ても本当に苛立っているようだった。なんやら『とんでもない船』の話、その詳細も気にならないでもないクリストファではあるが……。

「めんどくせぇことになったなぁ――」
 クリストファは、盛大に溜息を漏らした。いや、漏らさざるを得ない。


 情報は遅々として集まらない!

 上層部からも『現状維持』以外にこれと言った連絡は来ない!!

 挙げ句に部下は友軍から、根拠由来不明の拘束行為を受けるときたもんだ!!!


「……もう本当に海賊になっちゃおうか。それとも俺等で叛乱起こす? クーデターのクーデターとか、かっこよくね?? ひょっとして、これ斬新なんじゃね!?」
 そんなトンデモ発言も飛び出ようと言うモノで。

「ぶっはっっはっはああああ!! その発想はなかった! 隊長スゲー!! 天才か!!!」
 フローラが里山の背中をバツンバツン叩きながら爆笑する。

「むくくっ、『カウンター・クーデター』という新語が誕生した瞬間すね! あ、やっちゃいますか、それやっちゃいましょうか! 力貸すよ、隊長!!」
 咽(む)せながらの里山の発言に、海兵整備組、その一団もまた大いに盛り上がった。

 いや、一人だけ。
「もうやめて……ジジイのライフはゼロじゃよ……」
 ぶつぶつと一人ごち、頭を抱えているハインリッヒを除いて。

「「「「「ジーク・カイザー・クリストファーーー!!!!!」」」」」
 じじいの孤独な懇願をヨソに、整備組とパイロット組の混成部隊五人組が肩を組み、ラインダンスを行いながら唱和した。

「え、僕、皇帝になるの決定なんですか!?!? ってか帝国作らないとあかんですやん!?!? どうやって作るの帝国???? Google先生で誰か聞いてくれや、『皇帝』『方法』でいいよ」
 もう、どうとでもなれ。クリストファはそんな心境である。

「お父さん!! 『皇帝ダリアを増やす方法』なら見付かりました!!」
 キュピと眼鏡を――これが彼女の『シグマ』である――光らせて、ヲチミズ。
「ちなみに九月十五日の誕生花で、花言葉が『乙女の純潔』だそうですよ!! キャー!!」
 ヲチミズ、ミランダ他がキャーキャーヌフンブヒヒィと黄色い声を上げる。

「うわぁ、また一生使わなそうな豆知識ゲットだ、ヒャッホーウ!! ――ともあれ、帝国建国の足掛かりにまずは栽培だな!! グーグル先生のアドバイスに間違いはないだろう!! っておめえ本当にナチュラルに僕のこと父ちゃんって言うようになったよねえ!!!!!!」
 うぬぐぁあとクリストファが頭を抱えている中、周囲はそれでも乗りに乗り切るのであった。それはもう全力である。恐るべし、101――進撃の教導隊。


「amazon.moonに乗り込めー」
「つかこんな僻地(へきち)まで宅配屋さん来てくれへんで……」
「それでも……クロネコヤマトなら……クロネコならやってくれるっ……」
「俺等がアホやるから『※一部エリアを除く』のところに『※著しくコロニー群から離れた人工天体及び船舶』みたいな但し書きがついたんだっけか」
「エロゲはやっぱオンライン購入じゃ物足りねーんだよなぁあああ」
「BL本もやっぱ紙がええなっ」


 トドメ、最高のクライマックスはクリストファのこの叫びである。
「皇帝とはッ! 誰よりも鮮烈に生きっ! 諸人を魅せる姿を指す言葉ぁぁあああ!!!」

「「「然り!!! 然り!!! 然り!!!」」」
「「「然り!!! 然り!!! 然り!!!」」」

 フオオオオオオオと力強い足踏み、机を叩く歴戦の猛者、勇者達であった。それはもう、凄い『ぐんくつ』の音であった。一方でその隣り、耳から魂が抜け掛かっているお爺ちゃんを、もはや誰も気にしてはいなかった。


「ああ、そうだ陛下(へーか)!!」
 笑いすぎて涙が出ているのか、フローラが袖で顔を拭いながら挙手してきた。
「苦しゅうない、余(よ)は寛大だからな――申してみよ、カイザーリン!」
 口にした瞬間、クリストファは本当に心から後悔した。やっちまった。カイザーリン、皇妃……。ノッっていたとはいえ、僕は取り返しの付かないことをしてしまった……僕はフローラを煽ってしまった……。

「ウホッ、いい皇帝!! その返しは本当に意外だ! と言うかそれは遠回しなプロポーズですね!! そうなんですね!! わかりました、結婚しましょう!! バッチコーイ!! まずは国家を作る前に子作りですねぇぇぇわかりますぅううう!!」
 ムッハァと鼻息も荒く、タコ唇で勢い這い寄ってくるフローラさんであり、クリストファはどうにか両肩で押し留める。ンモー……。割りと必死な笑顔でその背後から羽交い締めにしてくれたヲチミズがいなかったら即死ベロチューだったかもしれぬ。

「わ、悪かったよ、話が進まないんだよ――みんなキャラ濃すぎだって――で、なんだい、フローラさん?」

「ああ、そうでしたわ――『カウンター・クーデター』をおやりになられるのなら――」
 未来、或いは別の世界線ではひょっとしたらカイザーリンになるのかもしれないフローラさんの顔が、言葉遣いとは全く対照的に、歪(いびつ)に歪(ゆが)み始めた。


「――この間の演習で使い切らなかった戦術核が二発、残っているのですわ、ってことを妾(わらわ)は陛下(へーか)に進奏(しんそう)しようかと覚えた次第に御座いますのよぉおおお」
 邪悪に笑う、としか表現の出来ない顔である。恐ろしくネガティブなドヤ顔、それに値する語彙表現は、ちょっと見当たらない。



 ブリーフィング・ルームは一瞬にして沈黙した。

 一転。

「「「いやああああああああああああああああああああああ!!!!」」」
「「「う、うわああああああああああああああああああああ!!!!」」」
「「「やっちゃったーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」」」
「「「いっちゃったよこのひとーーーーーーーーーーーっ!!!!!」」」

 半瞬の完全静寂を引き裂くような、誰ともなく絶叫、複数。


「フローラさん、それ本当にらめえええええええええええええええええっ!! ごめんごめん、もう陛下とかやめてえええええっ!!!!! 僕が悪かった!!! 悪かったーーーーーっ!!!!!!」
 これには、さすがのクリストファもドン引きであった。

 何が恐ろしいかって。

 何が救いようが無いかって。

 戦術核ミサイルこと『ミティア』、MK-520が、本当にこの『ハイランド』に二発、実存していることだった。

「あーあーあーきこえなーいーわしなーんもきこえなーいーーーーあばばばばーーー」
 可哀想なじじいは現実逃避に走り始めたようだった。

「マーク520の運用って確か、陛下(へーか)ご自身の実鍵と、キーパス――」
 それはそれは『戦う皇妃』のような貫禄のフローラ・ザクソンがチラッとじじいに目を向けた。咄嗟(とっさ)に目を伏せるハインリヒ――臆病なのではなく、これは勇気あるスルー行為なのだ。そうなのだ。若者には理解できんだろうがな。ついでに実質の最高権力者である隊長、クリストファと言えば隣で白目を剥いたままアヘ顔で硬直している。オイイイイイ! お前さんがそんなじゃアカン、アカンて!!

「――あと、確かお爺様の鍵が必要でしたかしら? かしらかしらそうだったかしら???」
 ゴクリ……恐ろしい量の唾液が分泌されるのと同時に喉を通過して、胃袋にスットンと落ちた。ああ、この娘は続けて何を言い出すのやら……。自分の娘でもおかしくない年齢差があるが、仮に存在するとしたらこんな実娘だけは絶対に嫌だ……。

「そんなワケで、爺さん――妾(わらわ)が鍵を預かってしんぜましょうですわよウヒヒ」
 それは晴れ晴れとしたフローラの顔だった。




 ハインリッヒは、ゆったりとした動作で葉巻を取り出した。それを認識した空気清浄機が空調を上回る強さで稼働するのを確認し、やはり優雅にガスライターで点火。



 ふう。すぱすぱ。葉巻うめぇ。

「あのな…………」

 ふう。ぷかり。



「――ガチで全力スルーさせろやあああああああああああああああ!!! おっ ねっ がっ いっ だからああああああああああああああ!!!」
 じじい心の叫び、魂の叫びであった。

「ちぇー、じゃあやっぱ『カウンター・クーデター』は無しの方向かな? フゥ……」
 テーブル上で優雅に足を組み直し、白目のままのクリストファの顎を艶(なま)めかしく撫でながらフローラはさほど落胆した風でもなく、溜息を吐いた。

「軽いんだよねえ!! ――っていやいや、じゃなくって、『無し』で、『無し』でいこう!! めんどいよ大変だよ!! なっ、なっ!?」
 じじいこと名ばかりお目付役、ハインリッヒ・レスター大佐は必死なのであった。いや、もう、こいつらのメンタル本当に凄いです。彼等の恐ろしさ、強さは実はここにあるのだろう。ああ、それにしてもポンポン痛い。

「ま、それで手打ちにすっか。いつだって帝国は作れるし、いつだって皇妃にもなれらぁってな」
 お願い! できれば永劫(えいごう)に作らないでね!! 口に仕掛けたが、踏み留まることは出来たじじいである。

「……まあ、みんな、冗談はそれぐらいにして――あ、いや、ともかく『カウンター・クーデター』とか物騒な話は無しね、現状ではさ」
 クリストファが巧みなスルーを発揮しつつも、妙な含みを持たせたのが気になったハインリッヒだが、ともあれ、もう上層部から目を付けられるような行為言動はさすがに慎ませたい本音があった。今更だが自分の身が可愛いわけでもない、これは割りと本音。まあここでの遣り取りが外部に漏れることなんて全くありえんが。だからこそ『奥義スルー』を堅持しつづけたのだ。最後の最後に失敗したけど。

「と、取り敢えずは、情報収集じゃね、みんな。いずれ、落ち着くはずだ」
 親切なミランダが入れてくれた薄目の焙じ茶を受け取りながらハインリッヒ。さすがに周囲も疲弊したのか、三々五々と作業に戻り始めた。にしてもなんかこの数時間ぐらいで十年ぐらい老けちまったのではなかろうか、ワシ……。

「でもまあ、新たな情報も無いとなると、することが地味にねぇな……」
 ハンガーでアラート待機させている二人も含め、手透き人員をブリーフィング・ルームにこうして集めておくことが果たして有意義なのか、クリストファがそんなことを考え始めた時だ。

『隊長、『出雲』の501飛行隊から通信が入っております』

 クリストファの専用『シグマ』経由ではなく、共用スピーカーによる報告だったのはマノアなりに『空気』を読んでのことだったのかもしれない。ブリーフィング・ルームの遣り取りは彼女達だって聞き拾っていたはずだから。
「おー、501かぁ――繋いでくれて良いよ」
『了解です』
 特にオペレーターサイドからの断りも無かったのは、この周囲、部隊構成員に漏れても問題が無いってことなのだろう。仮にも、それぞれのトップによる通信回線となること、それを察したブリーフィング・ルーム、101の古強者達も私語停止の上、居住まいを正し始めていた。フローラさんですら! フローラさんですら!


『お久し振りです、アレン少佐。第501飛行隊の武藤美子です』
 立体映像の中で綺麗な敬礼を作ったのは日本空軍服の女性であった。年齢はやはり若く、二十代に見えるベリーショート、小柄な純日本美人さんだ。襟元の階級章はクリストファのそれと等しく二本線の上に星一つ、少佐であることをこれは示している。日本自治国の管轄下にあるスペースコロニー、『出雲』。第501飛行隊はそこに駐留している飛行部隊だ。実質、パトロール、哨戒部隊ではあったものの、何しろ貴重な艦載機を保有していることもあったので、地政学的側面も相まって101と共同の任務に従事することも多かった。

「三週間とちょっとぶりかな、武藤さん、元気そうで何よりだ――『ストライクウィッチーズ』のみんなは息災かな?」
『違いますって、『ストライク・イーグル』ですよってば――ってこれ、毎回毎回やってますね、ボク達……それにしてもお疲れのようだね、アレンさん?』
 微苦笑入り交じる中、何か不安ごとを抱えているようなそんな武藤の表情がクリストファは早くも気になっている。今やウィングマーク、パイロット徽章を返上している『飛ばない飛行隊長』である彼女とは旧901で共に飛んでいた仲である。付き合いは、短くない。

「なんか世界がガタガタしてますからね、こんな僕でも疲れますって。何が起こっているのか分からないのが、一番しんどいですしね」
 クリストファとしては、あくまでも『軽く』踏み込んだつもりだった。

『ああ、うん――大変なことになっているよね……でね、ボクの方もあまり詳細は把握していないんだけれどさ……あのね、取り敢えずメッセンジャーボーイみたいになっているんだけど、ボクの立場としては従うしかないっていうか……』
 せめて『ガール』って言えよ――突っ込みを呑み込んで、クリストファは無言で続きを促した。逡巡する『ボクっ子』、武藤美子と言う映像は本当に珍しい。





『日本自治国空軍からの正式な要請です。そのまま、読み上げるね――連合宇宙軍は第101統合特務部隊隊長クリストファ・アレン少佐に対し――』




『――地球本星への出向を要請する、以上』






posted by 光橋祐希 at 00:00| Chapter:02 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2640年01月01日

Chapter:02『人の間、星の間』-09



【AD:2651-01-08  06:32】
【地球ー火星中間暗礁宙域】

 自分の呼吸音だけがヘルメット内で増幅されていく、そんな錯覚に囚われる中、ようやく対象群を発見することが出来た。手元の各種機器の反応と一致――まず、間違いないはずだった。後方から続いているチームメンバーに対して事前に取り決めていたジェスチャーサインを送る。曰く、目標発見、行動開始まで待機――である。それにしても馴れない宇宙空間での作業は、本当に緊張、神経が磨り減らされる。一度(ひとたび)流れ出した身体は止まることが無く、常に酸素残量も気にしておかないとならない。地球本星でフロッグマン、水中工作兵として従軍してきた経歴が買われ、こうもスカウトされたのだろうが、水中と宇宙空間は、これは全く似て非なるものであることをガツンと教えられ続けている、この二ヶ月間なのであった。

「こちらクーガー、目標と思われるものを視認しました――これより、詳細の確認に入ります」
『『ライトニング』了解した。慎重に当たってくれ』
 やや不鮮明な無線ではあったが、後方からの指示が出た。
「了解」
 母艦のレーダーマンが救助シグナルに似た波長を偶然に捕捉したことから、一連のミッションは開始されていた。航海演習でもなければ、こんな『僻地(へきち)』に足を伸ばすことも無かった筈で、それでも貴重な『実演訓練』となったことは否定できない。

「捜索開始」
 宣言と同時に、マグヌス・クーガー少尉は右手指先で部下達に指示を下す。オペレーションの開始、を示すジェスチャーだった。

 スペースデブリ――宇宙ゴミ、墓場というか、小惑星のクズ、欠片の海とでもいうべきか。とにかく、EVA(Extravehicular Activity=船外活動)を行うには全く厄介な空間ではあった。一般のそれとは比較にもならない堅固な特殊気密服を装備しているとは言え、勢い慣性力の乗ったデブリの直撃でも食らえば、その瞬間に自分達もまた、デブリと呼ばれる存在になってしまいかねない。仮初めにも現場責任者となっている自分のストレスは、それはもう。顎で使われる存在になった方が気は楽なのだろう――そんな、全く無意味な仮定に縋りたくもなるが。ともかく、今の自分に期待されている仕事は状況の激変に備えること、その一点。

『少尉、ビンゴ。救命カプセルと――思われるものを発見』
 誰よりも先に目標物に張り付いた部下、女性の報告だったが。
「でかした。それにしても『思われるもの』とはなんだ。報告は明瞭にしろ、トワイニング曹長』
『――はい、救命カプセルですが、この形状は見たことがありません――端末も該当機材無し、と判断しているようですが』

「ユニバーサル規格の代物ではないというのか?」
 そんな馬鹿な、と言いたくなったところを呑み込んで、クーガーは別の確認を行った。ユニバーサル規格、宇宙航海基準の規格は広く統一されているに決まっている、そんな現実。
『不明、としか言いようがないです――あ、でも電源は生きているかもしれない、微かに電気信号が検知されています』
「中に、ホ――人がいる可能性があるな」
 あわや、『人』ではなく『ホトケさん』と言い掛けた自分を、心の中で叱責した。
『分からないけれど、ここでは確認しようがないですね――念のため、回収を進言します。幸い、重量は大したこと有りません。私一人でもやれるぐらい』

「ウム……」
 恐らくは――いや、まず間違いなく、『生きた人間』は存在していない筈。危険な空間に留まり、手を割いてまで持ち帰る意味と価値はあるのだろうか、そんなことをクーガーは考えていたのだった。冷徹な、しかし過酷な宇宙空間では必要とされる算盤(そろばん)弾きではある。

『可能性がコンマ1パーセントでもあるのなら、私は持って帰りたく思いますよ、少尉。それに、仮にホトケさんだったとしても、です――慰霊行為に意味がない、とは言わせません』
 顔こそ見えなかったものの、マリベル・トワイニングが少なからず憤り怒っている、それは伝わってきた。衛生兵資格も持つ彼女は、その義務感を否定された気分になったのかもしれない。

「――すまん、判断に迷うところではなかったな。各自、該当のカプセルの搬出を実行しろ。トワイニング曹長に手を貸してやれ――速やかに『ウォドニク』に帰投する」
 コールサイン、『ライトニング』。彼等の現在の母艦でもある練習艦の名前。

「『ライトニング』聞こえますか――電源の生きた救命カプセルと思しき存在を確保しました。これより、持ち帰ります。生存者が存在するかどうかは、不明です」

『『ライトニング』、聞こえている。諸君等の現装備では生存者の有無は判断できまい。連れて帰ってやってくれ。宇宙空間とは言え、我々は『海の男』でもあるのだからな、頼むぞクーガー少尉』
 全く、このオッサンはつい今し方の自分とマリベルの遣り取りを盗み聞いていたんじゃなかろうか、そんなことをマグヌスは疑ってしまったが。

「まだまだ、自分は未熟なようで」
『未熟を自覚する者は幸いだ――ミッチリしごいてやるぞ。これでもお前さんより帯宇宙時間は遙かに長いからな』
「ふふ、頼みますレスター中佐」


   ・
   ・
   ・

 そのきっかり三十分後。練習艦『ウォドニク』はエアロック直通の格納庫へと、対象の救命カプセルは無事に運び込まれることとなった。

「エアーよし」
 それまで酸素の存在していなかった空間にあって、実際にヘルメットのバイザーを上げると言う行為は少なからず緊張を強いられるものだったが、誰よりも早くマグヌスはそれを実行――いや、もっと早かった女がいた。

「爆発物の類はないみたい――今更かもしれないけれど、救助活動を開始します。全過程、録画を開始。マリベル・トワイニング曹長、認識番号IMC87458887――」
 誰よりも早く、メットごとを脱ぎ捨てて救命カプセルに取り付いたマリベル・トワイニング曹長である。
「救助活動、開始を承認――頼む、曹長――艦橋、聞こえるか、これより該当の救助活動を開始する」
 言葉の後半は艦橋への艦内無線に向けられたものだ。

「了解、状況開始」
 この航宙訓練に際して、衛生兵の資格を持っている人間は彼女以外に存在していない。救命行為は例えばマグヌスなどにも行うことはできるが、それは本当に『緊急蘇生』を前提としたものだった。直近まで、生命活動を維持していた存在だけが、その対象たり得たのである……。

「何が出てくるかわからない――訓練段階で、心に傷を負わせるのは本意じゃないから、私一人に任せてくれて良いよ」
 何か手伝おうかと身体を向けたマグヌス含め数名を、マリベルは淡々と、しかし厳然と静止した。

「……そうだな。俺以外の者は、ここで待機していろ。まさかマリベル、俺にも引っ込んでろ、なんて言わないよな?」
 豊富な、とは言わないが惑星連合海軍のフロッグマン、陸戦にあっては戦闘工兵としての平和維持活動――と、言葉を飾っても仕方ない――反太陽系惑星連合を名乗る実質テロ屋との実戦経験、そして各自治国の海上警備隊と合同で行われた数々の海難捜索、その体験がクーガーには存在している。『かつて人体の一部分だったもの』や、酷く損壊損傷した遺体には免疫が付いていた。

「ああ、少尉なら大丈夫でしょう――ご自由に」
 無感情に答えながらも、該当カプセルの各部点検に余念の無いマリベルであった。その右手が、静止する。

「……これ、解錠スイッチかもしれない。押しますよ?」
 デブリ宙域でどれだけ晒されてきたのかは判然ともしない、煤(すす)と焦げ付き、衝撃痕の数々。それは、スイッチかもしれない、そんなパーツでしか無かったが。どうも、他にそれらしいのは見当たらないようだった。
「……それっぽいな、許可する」

「はい」
 全く躊躇(ちゅうちょ)無く、マリベルはそのスイッチを押し込んだ。反応は、無い。

「…………反応、ない」
 二度、三度と押し込んだマリベルだったが、それでも反応が無いのは変わらず。

「電源が死んでいるのかもしれない。ちょっと荒療治だけど」
 手早く、マリベルが取り出したのは『切断トーチ』であった。民間でも販売されているものに近いが、出力は桁違い。宇宙空間での有事、人命救助の障害となる各鋼板類の切断に用いられる、強力な代物である。

「いいよね、これしか」
 隣りで控えているクーガーに、形だけ確認してみた。断られても、実行するつもりのマリベルではあったが。
「いいさ、責任は俺が取る」
「……そんなつもりで言ったのではなかったわ――バイザーは閉めて下さい」
 不器用ながらも男気を示したクーガーに対しては苦笑を一つだけ作っておきながら、改めてメットを着用したマリベルがトーチのトリガーを絞った。強烈な炎の束が力強く点火されるのを確認し、慎重にカプセルの『接合面かもしれない』部位に近付ける。

「……尋常じゃない固さだ、これ……」
 キイイイイと鋭利な炎が懸命にカプセル接合面に存在理由を抉(えぐ)り叩き噴き付ける中、マリベルは唸る。トーチ切断、その実体験が数える程しかない自分でも、この異常な『固さ』はわかる。

「いけそうか――なんだったらジャッキとか持ってくるか……って、そこまで積んではいなかったか」
 何しろ、航海演習が本来の予定だった。人命救助は予定外も予定外であり、レスキューに必要とする各種装備は元より数も質も、備わってなんていない。

「少尉、その馬鹿力を見込んでお願いが」

「なんとなく想像が付いた。君が切断作業を続けている間、俺が引っぺがせれば、あるいは、って話だな」
 呼び出した自走型の兵装コンテナから、バールをマグヌスは取り出した。それにしても馬鹿力、とはこれは褒め言葉なのかどうなのか。

「理解が早くて助かります。切断だと時間だけが――」
 暗に、切断は不可能ではないと匂わせたマリベルである。

「おっし、そうなると隊長達だけに任せるワケにもいきませんって! なあ!!」
「そうそう」
「力、貸します!」
「後の『宇宙軍海兵隊』、その連中に恥ずかしい記録はぁ残したくない、ってよお!!」
「海兵隊よ永遠なれ、ってねえ!」

 わっはは、と笑いながら部下達、いわゆる『海兵予備隊』の連中が各々、バールを手に掲げ取った。出身も、何より身を置いていた兵科までが異なってこそはいた面々であったが、ようやくチームとして歯車が噛み合い始めてきていた、その証明だったのかもしれない。ハイパー・レスキューとして、そして宇宙空間での海兵活動の強化を目的として集められた、自分達。

「おまえら――ありがとよ」
 眼球の奥が少しだけ熱くなるのを感じながら、マグヌスは虚心なく礼を述べた。

「みんな、助かります――接合面、中央部を重点的に行いますので皆さん、気密服着用の上、反対側からどうにかテコの原理的にやってやってください。接合面には、どうにかバールが掛かりそうですから」
 具体性に乏しいマリベルの発言だったが、実際に出来そうなことと言えばそれぐらいなのが現実だった。

「おっしゃ!!」
「やったるで!!」
「声掛けていきましょう!」
 偉丈夫(いじょうふ)、素晴らしく育った体格の海兵予備隊、筋骨も逞(たくま)しい面々がカプセル、その反対側に整列する。

「わっしょい、わっしょい、わっしょい――」
 マグヌスの掛け声にリズムを合わせ、全員が出せるだけの力、パワーをバール先端に込め抜いた。

 ぐぐ、とカプセル、その上半身が迫り上がり始め。

「もうちょい、がんばって、みんな」
 トーチ切断を続けているマリベルは、もうその震える声を隠してはいない。

「「「「わっしょい、わっしょい、わっしょーーーーーーーーーい!!」」」」
 野郎共の掛け声はいっそ、号になり始めている。大の男が、それだけ渾身の力を込め発揮しなくてはならなかったのだ。

「ん――各自、いよいよ行けそうだ! 跳ね上がるかもしれない、パーツには注意!!」
 マグヌスは解放されるであろう重量を、全く楽観していない。数百キロには至らないだろうが、跳ね飛ぶかもしれない鉄塊、これは充分に危険な存在だ。

「「「「オース!!」」」」

「切断作業中断! 各自、注意!!」
 半歩だけ飛び退いたマリベルの注意喚起はほとんど絶叫だった。

 ちょうど、そのタイミングで。

 バガッ、と激しい破断音が格納庫内に響き渡った。

 続き、跳ね飛んだカプセルの一次装甲が床面に激しく落着、それに伴う微震動がその場の全員に平等に与えられた。

「全員、無事だな!!」
 マグヌスの確認は、自分自身も引っ繰り返った状態で行われていた。力作業に参加した全員が全員、床面に伸びていたが、これは見事な回避力を発揮してくれたものだと、心から感謝したくなった。

「だいじょうぶっす!」
「健在健在!!」

「で、中身は」
 その場、全員の関心事を代弁したクーガーがよろよろと立ち上がる。誰よりも早く、そんなカプセルに縋(すが)り付いていたのは当然、マリベルであったが。

「――うん、やっぱり、もう亡くなっているようです――生命反応、検知できず、そして維持が行われていた可能性も、どうやら無い」
 淡々とはしていたが、注意して聞いていれば彼女の声が涙声であったことに気付くことはできたかもしれない。その右手に握られた各種機器が――恐らくは簡易的な医療機器なのだろうという推測ぐらいしかクーガーには付かなかったが――細かく震え、マリベルは力無く、項垂(うなだ)れ始めた。

「…………」
 ふらつく身体をどうにか制御して、クーガー他が開いたばかりのカプセルを続き、覗き込んだ。

「これは……」
 『それ』は、硬化ガラス、その中で穏やかな顔をして眠っていた。クーガーの貧困な語彙では、『手術着』としか表現しようがない布地に身を包み、ただただ穏やかに、静かに。一見したところ、未成年の男子か、あるいは女子か――性別の判別が付き難くはあったが、端的な表現を一つ、用いるとすれば、大変な『美人』ではあった。銀髪と言うよりは白髪に近い、真っ白い頭髪がこれまた、大変に印象的なものだった。存在を信じてもいなければ、無論見たこともないが、『妖精』という表現を無学者を自覚している、クーガーが覚えた程に。

「――ゼロナナヒトマル、対象の死亡を公式に確認しました。マリベル・トワイニング曹長、終わり」
 マリベルが呟いて、現在時刻を宣言した。それは、彼女にとって今回の救命任務の終了を意味する儀式でもあり、この段階で録画も停止されることとなったようだ。

「……綺麗な子です――かわいそうに、どうしてこんな、暗くて冷たいところで――ひとりぼっちで――」
 ヘルメットを外したマリベルが嗚咽(おえつ)始めるのを、誰も止めることが出来なかった。全員、その思いは全く共有し過ぎるぐらい、していたからでもある。漆黒、絶対零度、煉獄の炎、とにかく無慈悲な宇宙空間にあって、『死ぬ』ということ。死と向かい合う、ということ。

「男の子なのかな――本当に、綺麗な子だ――かわいそうではあるがそれでも、最後の最後にこうして俺達が拾って上げたこと、それは『良縁』だったのかもしれん。少なくとも、今は僕達がこうして、立ち会ってあげている、悼(いた)んでやっているじゃないか」
 一人称が途中で変わったことに気付かない程度に、クーガーも動揺はしているのだった。生来の朴念仁(ぼくねんじん)を自覚している身としては、泣き続けている女部下、マリベルにもっと気の利いたことを言ってはやりたかったのだが。

「少尉殿の言うとおりです、最後の最後、俺達が、どうにか拾ってあげられたんだ」
「そうですよ曹長――全然、違いますよ、意味合いがね」
 他の海兵予備組がマリベルを自然と慰め始めるのを、ただマグヌスは腕を組んで聞いていた。

「ありがとう、みんな――わかっているんだけど、わかっているんだけど」
 メディック(Medic=衛生兵)失格だあ、と呟いたマリベルが涙をはらはらと落としている中。艦内側の格納庫ゲートが一つ、開いた。

「簡潔な報告は聞いた――諸君、ご苦労だった」
 クーガーを始め、全員が――マリベルを除いて――対象に対して一斉に敬礼を行う。

「ああ、ええってええって、そのままで。辛い役回りを押し付けてしまったな、諸君。お疲れさん」
 飄々(ひょうひょう)と、やや肥満気味の体を揺らしながらこの『ウォドニク』艦長、ハインリヒ・レスター中佐が再度、ねぎらいの言葉を口にした。

「……で、ほうほう、これが該当のカプセルかね」
 脱帽し、胸元に宛がいながらハインリヒは皆が囲むカプセル、その元に歩みを進めた。
「残念ながら、死亡が確認されたと言うことで」
 分かってはいることだが、その場の責任者として艦長には改めて説明はしなくてはならないクーガーの立場である。

「そうか――どれ、失礼しますよ」
 クーガーの肩をポンと叩いておいて、レスター艦長はカプセルをゆっくりと覗き込んだ。

「……なるほど、これは精神的に辛いものがあるな――トワイニング曹長、ご苦労だった――あ、そのままでええって」
 艦長は敬意深く、ゆっくりと対象を眺め、そして実に異例なことだったがマリベルを直接、労(ねぎら)った。敬礼を行おうとするも、落涙まっさかりのマリベルに不要な旨をしっかりと伝えるあたり、出来た艦長だ――そう、クーガー等は感心したが。

「こう言う時、命を産み育む、女性の涙は何よりも貴重なものだと私は思う。大いに、泣いてあげてくれよ、彼――彼なの?――のためにもね」
 口にした後で、赤面を隠す為か慌てて着帽したレスター艦長であったが、これは誰の目から見ても見え透いたものだった為、微苦笑が海兵予備組の間で漏れ広がった。

「ごほん――訓練期間中のイレギュラーではあったが、諸君等の今回の任務遂行、内容もその心意気も私は高く評価しているつもりだ。該当のカプセル、そのご遺体の扱いを含め、今後はこちらで検討を行うので、ともかく諸君等は今は休んでもらいたい。訓練は、改めて私から宣言するまで一次、中止する」
 後ろ手を組んだハインリッヒは、胸を張って言うのだった。精神的な労いだけでなく、物理的な臨時休息の提案は実に、その場の全員にとり、ありがたいものであった事は言うまでもあるまい。

「光栄であり、そしてありがとうございます!」
 その場の全員に成り代わり、クーガーが敬礼を行った。

「改めて。第31海兵試験部隊は現時刻より任務を中断、丸一日の臨時休息とする。タイミングがタイミングだったが、休息日は考えていたのだ、これでもな。飲酒も許可するから、今日一日は、少なくともみんな、休め。それと改めてトワイニング曹長、ホトケさんに変わって、本当に篤くお礼、申し上げておく」
 軽い敬礼を戻しながら、レスター艦長は最後の最後に、改めてマリベルに言葉を向けた。






   ◆ ◆ ◆




【AD:2654-05-26  14:32】
【太陽系惑星連合仮設基地ハイランド】


「いやどす」
 異例尽くめの地球本星への出頭要請を、クリストファが拒否してくることを予測はしていたが、ここまで言い切られるとは思わなかった。
『えええええっ――って、なんで京都弁なの!?』
 これにはさすがの武藤美子も苦笑い。

「だが断る――と表現は改めても良いが――ってさておいて、だ――果たして僕達が日本自治国の依頼で動いて良いのか、そこがまず問題。基本的に、月面司令部のトップ上層からの指示がないと動けないわなあ――で、今回のクーデター、その目的と落着が分からないとやっぱり、これはこれで精神的にも動くことはできない。よって、現時点では、限りなく『拒絶』色の強い『保留』と、これはさせて頂きたい――というか、『そうせざるを得ない』です」
 当たり前のことを、これでも当たり前に言っているつもりではあるクリストファなのだが、取り敢えず状況、それ自体が『当たり前でない』ところがなんとも。影響力が大きいとは言え、一自治国からの要請――と言う形ではある――だなんて、前代未聞も甚だしい。うんうん、と隣でハインリヒがこちらに伝わるように頷いているところを観ると、満額回答、百点満点の答えだったのかもしれない。

『……うん、実はそう仰るだろうと思っていた。一応、名義は秋山中将のものになっているんだけれど、その回答で正しいと思うよ。僕からもそう伝えておく――試すような真似をして、申し訳なかった』
 心から申し訳なさそうな表情の武藤であった。試された覚えはないのだが、恐らくクリストファがホイホイウホッと要請に乗りかかった時には多分、彼女は「よさないか」、とこちらを制するつもりだったのだろう。

「謝られるとこちらが困りまんな。状況推移と、命令それ自体の体裁がどうにかなりそうだったら、幾らでも地球に降りてくれるわッ! フハハハハハ、がっちょーん!!」
 甚平袖を払うようにして、クリストファは一つ大きく笑った。

『……なんで魔王口調なのかは突っ込まないね。じゃ、多分また連絡することになると思うけれど』
 くすくす、と笑いは隠そうともしない武藤である。ボクッ娘であるところが本当に惜しいものだ……。

「あー、なんかとばっちり掛けてこちらこそ悪かったね……今度、こっちの方に来たらメシでもご馳走するよ。お茶漬け――ブブ漬けなんていかがだろうか」
 スーパー・クリストファ・タイムの始まりである。先のものに比べればこれはこれはカワイイものだったが。

『それすぐ帰れってことだよね!! ――って古都ネタまだ続いてんのかよ!!』
 ただでさえ小さい画面中の武藤さんが両手を大いに振り乱しながら言う。萌え。会心の突っ込みに気が済んだのか、再び神妙な表情になった武藤は咳払いを一つ。
『ごほん、ともあれ――いや、なんと言うか……秋山さんもそうだけれど、軍上層部が並々ならぬ関心を貴男に向けているのはなーんか感じ取れるんだよね……今になっての話じゃなくてさ』
 ベリーショート、その襟足を弄びながら、武藤女史。

「マジスカ」
 関心の内容にも依るよな、それって……とは口に出来なかったクリストファは苦笑するしかない。
『ボクっ娘の勘だけどね』
 ケロリと武藤は言う。
「自分で言うな――って、どんな関心を持たれている事やら……」
 ジャブのつもりだった。クリストファとしては。

『あははー、大丈夫大丈夫。いきなり呼び付けて銃殺とかは絶対無いと思うよ!!』
 それにしてもこの武藤さんノリノリである! と言うか絶対に分かってやってる!!

「こええええええええええええこと言うなよ! 余計降りられなくなるわ!!」
 冗談であることは明白だったので、これはクリストファは乗らせて貰うことにした。

『ブラックジョークなのは認めるけれど、謀殺するのならわざわざ呼び付けることなんてしないよ、ってことは貴男もわかっているんでしょ』
 お察しの通りか――って、どっちがどっちを先読みした遣り取りなのやら、って話ではある。

「かなわないな、『でっていう』さんには」
 『武藤美子』→『よしこ』→『ヨッシー』→『でっていう』、これが彼女のあだ名、最終形へと至った過程ではある。勿論、今、この世界で彼女をそう呼べる人間なんてここの怪しい愚連隊隊長ぐらいのものだったが。

『次その『あだ名』で呼んだら切り落とすからな!! 小僧!!』
 でっていうこと武藤の左目が度アップとなった。凄い目力(めじから)である。尿が出そうだ……。それにしても小僧呼ばわりとかマジぱねぇ……。

「すみませんっていうwww」
 あばばば、と手遊びをしたクリストファに対し、追撃を諦めた武藤は力無く項垂れる。
『……まあ、良いよもう……それじゃ、またね、『隊長』』
「……おう、ありがとです」
 まだ『隊長』と呼んで貰えることに、温かいモノを覚えはする。嬉しいものである。無論、今のクリストファと彼女、武藤美子には直接の上下関係はないのだ。小僧扱いされたけど。


 ……さておいて。

 偉い人は言いました。


 ―― そ れ は そ れ ! !

 ―― こ れ は こ れ ! !


 通信が閉じられ、空白となった空間で101のゆるキャラこと『スターりん☆』(宇宙軍非公認)がセクシーに踊り始めるのを眺めつつ。あ、この酷い名前のゆるキャラについては後日、誕生秘話が語られることもあるかもしれません。多分ないけど。

 クリストファは大きく息を吐いた。

 天井を見上げ、深呼吸を二度、三度。

「――ってさあ……」
 ニヤリ、と邪悪不敵に笑う隊長に、ブリーフィング・ルームの全員が目を向けてきた。


「なあんか思いっきり巻き込まれそうじゃねえええええええええええかああああああああああああ!!!!」
 ガン、と臨時の指揮卓をクリストファは叩いた。うわ、思ってたよりむっちゃいてえよコレ! でも我慢だ!

「嫌だああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
 床にそのまま転がり出しかねない勢い、これは必ずしも演技では無かった。本当に、本当に嫌だったのだ。なんで、どうしてこうなるのっ!!

「皇帝ダリアってレベルじゃねーぞ!!」
 うぬがぁ、と無実な指揮卓を尚もバンバンと両手で打ち付けつつ、クリストファは絶叫した。

「ンモー、どんだけ世紀末なんだよ! ぶっちゃけ世紀末じゃないけど!! もうっ!!」
 いい加減、拳も手の平も痛くなってきたがもうこの際どうにでもなーれ!! トリガーを搾(しぼ)る人差し指だけ無事だったらモーそれでええやん!! ええですやん!!!! 射程内の存在を全部撃ち砕けばそれでいいでしょー!!! 狙い撃つぜえええええええええええええ!!!!!!!! ヒャッハアアアアア!!!!!

「みんな、髪型をモヒカンにするしかありませんね世紀末的に考えて――あ、隊長は盛り髪でいいですよ」
 恐ろしく冷静にそんなことを言ってきたのは里山であった。
「あ、じゃ俺は先物取引でなんか革ジャンとかに付けるトゲトゲを作るメーカーの株買うわ」
 ジャスティンが指をピシと鳴らす。
「バギーとかも抑えておきたいな――この時代にどこのメーカーが生産しているん?」
 我が意を得たり、と里山がうんうんと続いて。
「マジレスすると水陸両用車とかラリー系列の子会社が割りと頑張っていますぜ?」
 宣伝マン、ジャスティン・シューマッハ。
「まじか!」
「まじです!」

「ってそこの守銭奴ども、金儲けの話なんてしてるんじゃねー!!!! SHOCKなのはMEなんだからねっ!!」
 息も絶え絶え、ハァハァと荒ぶったままのクリストファに、ミランダが焙じ茶を差し出してくる。彼女なりに、気を遣ってはくれているのだろう。

「いやだって、どうせなら乗るしかないでしょう、この『クーデター』というビッグウェーブに」
「ビッグすぎるわっ!!!!!!!!!」
 飲み頃、適度な温度の焙じ茶を一気に喉に流し込み、クリストファは今一度、荒れることにした。いや、もう感情の持って行き場がなさすぎた。

「僕はなぁ、地味にぃ、ヒッソリと生きたかったんだよ!!!! なんつうの? ほら、イソギンチャクみたいに穏やかにさぁああああ!!!!!!!!」

 大いに嘆いて見せたのだが、これは全く上手く行かなかった。

 その場の全員が容赦なく、それぞれの手を左右に大きく振って。

 個人的には隣のじじいことハインリヒも首を僅かに左右に振っているのが確認できて、ちょっとだけ傷付いた……。

「「「「「「いやいやいや――」」」」」

「何か召喚するつもりかおまえら!」
 クリストファの突っ込みだったが、冴えきれない。と言うか、伝わりにくかったのかもしれないが。

「いあいあ――ってそうじゃなくって――撃墜王を極めに極めて二十代前半で実質の中佐になっている上、航宙部隊のトップエースをまとめAGEてるのって充分ド派手な人生だと思うわよ……イソギンチャクだとしたらそれはそれは凄いイソギンチャク――そうね、ガルガンティア船団は船団長がベソ掻いてパンイチで逃げ出すレベルの脅威!! クリストファ、あなたは差詰め『クジライソギンチャク』なのよ!!」
 その場の総意を代弁、ビシィと指を突いてきたフローラ・ザクソンは、あくまでも真顔だった。

「ちょっと待って! それ団長がジジイか後釜かですっげえイメージ変わるよね! どうか後釜の方で!! プリーズ!!」
 ああ、せめて『絵面(えづら)』、『※イメージ映像』に華を! エロスを!! お見せできないよ、程度の潤いを!!

「残念、ジジイの方だよッ!!!!」
 フローラ、正に外道!!!!!

「ア――――ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 最後のささやかな望みも容赦なく断たれ、頽(くずお)れたクリストファの背中をミランダが撫で付ける。

「つか『ライオンキング』みたいな人生、デスヨネー」
 容赦ないなヲチミズ!!
「うん、ダヨネー」
 ミランダァアアアアアアアアアお前もかあああああああああ!!

「そこは『ジャングル大帝』みたいな、ってしろよ!! 手塚先生ディスってんのかコラ!!」
 何故か急に怒りだしたフローラが割って入り、とにもかくにも一度は落着していたはずのブリーフィング・ルームは再度、カオスの渦へと突入していくのだったが。


「……ふふっ」
 ぎゃあぎゃあ、と喚き続ける集団を、ブリーフィングルーム入り口に佇むマリベルが暖かな目で見守っている。追加が握り飯とサンドイッチだけでは芸もないってことで、本来であれば明日の配膳予定だったマリスペ(マリベル・スペシャル)を前倒しで提供してやることにしたのだが。状況も状況のようであったし、ね。

 それにしてもフローラはやっぱり上手だな、と感心してしまう。

 知らぬ事とはいえ、ヲチミズの発言が含んでいた『地雷』を自然に、巧みに回避と除去をさせることに成功している。ヲチミズ他がいずれ、知る機会もあるのかもしれないけれど、それは今ではなかっただろうしね。

 ――そんなわけで、もう一つ手を自分は加えて上げることとしよう

「はいはい、欠食児童共、メシの追加だ――ややこしいことはさておいて、お腹を満たしておくのが今の仕事だよー!!!!! 今日は、マリベル・スペシャルを奮発するぜー!!」

 その登場に、ブリーフィング・ルームは何度目とも付かない大歓声に満たされた。

 ジャスティンと里山がハイタッチの交換を行い、あちこちで万歳三唱が展開される。

 マリベル・スペシャル――その意味の分からない者は、ここにはいない。

 マリベルが数日間、手を加えるとされる『それ』は。

 軍機密に匹敵すると言われる、門外不出、一子相伝、黄金のメニュー。


 海の男、宇宙の男の夢。




 カレーライスの登場であった!!!



「オラオラ、一列に並ばんかい!! ここじゃあ階級は関係ねーぞ、キリッといけ、キリッとお!!」
 寸胴鍋、その黄金をお玉で掻き混ぜるマリベル。芳醇な香りがブリーフィング・ルームを満たしていく中、ゾンビさながらに群がる101の面々であった。ライスと福神漬けはセルフ、お好みでハムカツとソーセージフライ、ゆで卵のトッピング。そして強制される山盛りのサラダ。

 そう。改めて。

 飯を作る人間は、偉い!!


 行列、その半ばからヒョイと顔を出したフローラがこちらにだけ分かるようにウィンクをしてきた。やはり、彼女にだけ伝わるように目礼を行ったマリベルは、本当に本当の幸せな気分一杯で、最初のカレーを一杯、よそうのだった。恭しく一号を受け取ったヘルマン軍曹が、ありがてぇありがてぇとトッピングを全て山盛りカレーにこれでもかと乗せ付けるその背中に、列後半から呪詛(じゅそ)めいた念が形成されるのに気付いたマリベルは思わず、ブッと噴き出してしまった。

「数はあるから、慌てるんじゃないよぉ、みんな!! ったくもう!!」

 本当はもう寸胴一杯分のカレーは作ってはあるのだが、これは今、この場にいない連中の取り分である。放っておけば、幾らでも消費されてしまうのが嬉しい反面、難点でもある、そんなマリベル・スペシャルなのであった。

 指揮卓の方を一瞥すると、のそのそとクリストファとハインリヒが立ち上がるところのようだった。初動が遅れた彼等は限りなく最後尾になるのだろうが、マリベルが言ったように、ここでは階級は関係が無い。来客時など、限られた時だけ運用される士官食堂に食事が運ばれることはあったが、基本的にここでは全て、セルフサービスなのだ。素晴らしい部隊だと思うのは、こんな時だ。

 ふと、思った。

 まさか、自分が。マリベル・トワイニングが。

 クリストファ・アレンの部下になる日が来るだなんて。

 そして、そんな彼に食事を作ることのできる、喜び。

 頼られるのが、嬉しい――これら、複雑怪奇な感覚感情が恋愛感情のそれなのか、はたまた母性本能であるのか、実は自分でも判別が付いていないのだが。

 間違いなく、自分は今、幸せだし、それをみんなにも共有して欲しい、そう思っている。




   ◆ ◆ ◆


「私は一度、シドニーに飛ぶ。後のことは頼む――まあ、機内でも指示は幾らでも行えることだし、何かあれば直ぐに連絡を入れてちょうだい」
 従卒から差し出されたジャケットを羽織りながら、秋山は副官のミシェル・ハワード大尉に自らの承認印を手渡した。
「根回しは済んでいるけれど、念のため」
「――心得ました。お早いお帰りを」
 小型輸送機C7、『一式』がエンジンを噴かしている中で足早にタラップを駆け上がる秋山の背中にハワードは声を掛けたのだが、これが対象に届いていたかは微妙だった。ただの一人も随員を連れて行かない、と言い出した時にはどうしたものかと副官ハワードは思ったものだったが。

 そんな秋山の急いた情緒を反映してか、『一式』は搭乗口の閉鎖もそこそこにランウェイへと侵入していく。

「そのバイタリティの高さは、本当に尊敬に値します――」
 ハワードは全く虚心なく、敬礼を行うのだった。




   ◆ ◆ ◆



「全機関、異常無し!」
「了解した。シャリー、四番ちゃんの機嫌はどうだ?」
「四番、極めて良好! ――先日のメンテが功を奏したかな、かな」
「ようし、電源、落とせーーーっ!」
 月面は極秘の工廠(こうしょう)にて新造艦、その繰艦シミュレーションは行われていた。実際にメイン・エンジンに火を入れるという本格的な訓練ではあった。が、クーデターやら何やらがあった結果、工廠内での試験になっているところがこれはこれで実に忌々しい。

「あれだけ納期をセッ突いてきたってのになあ」
 日村の愚痴に素早く応じたのはシャリーだった。
「つか政治体制が激変しそうな今、あたし達の仕事ってどうなるんです?」
「しらん――ヨキニハカラエ。ともあれ、凄い船に仕上がりはしたな――燃料ドカ食いではあるが、差詰め動く要塞だよな、こいつ」
 臨時の艦長役、日村霧男主任は既に思考を半分、停止させている。シミュレーションも終わったし、とっとと酒でも飲んで寝ちまおうかなぁと考えつつあった。これまでの激務、その補填を世界情勢の激変が行ってくれるのも如何なものかとは思うが……。

「色々とチート出来る要素があったとはいえ、それでもこの短期行程でここまで持ってこれたってのは本当に凄いと思いますけどねー。にしても仕事、無駄になったら面白くないな」
 仮初めのメインオペ子、シャルロッテ・グルーミングが上司の発言を得意気に捕捉し、胸を張りつつ、それでも最後に項垂(うなだ)れると言う器用な真似を行った。

 ゼネレーション級、試験戦艦『アルティマ』。この名称は仮に付けられたものだったが、どうやらいよいよ本当の、真名が決定される向きがあるらしい――矢先に世界は『ご覧の有様』なのだったが。

「『十賢者の遺産』、と思い馳せ至ってしまうのはさすがにキザにすぎるのかな、どう?」
 艦長席、その肘置きを撫で付けながらパック詰めの緑茶を一口啜った日村である。シャリーの口にした『チート』という表現は、実は的確なものに思える――事実、不快感は全く存在していないのだ、これが。勿論、これは他ならない自分達の技術力、発想力の高さに自信を強く持っているからでもあるのだけれど。

「あ、それってあながち悪くない比喩かもしれんですよ。使用目的不明、美しすぎる外板は本当に誰が何の為に保存していたか分かっていないわけですし。コロニー外殻に使うには高性能過ぎる代物ですしねー」
 見付けたリンダさんも凄いですが、シャリーはそう付け加えて自分もレモンティーを含んだ。

 とち狂ったリンダが発掘作業に精を出し、『それ』を発見しなければ、或いはその建造は数年どころか、その数倍も掛かったのかもしれない。言うまでもなく、費用に於いても。まあ、いずれにせよ天文学的金額が掛かっていると言う現実は微動だにしないのだが。

「『十賢者』、本当に実在したんですかね――なんかオカルトじみている印象もあるような」
 仮設の操舵士席で伸びをしながら話に乗ってきたのはアレクサンデル・ヒルヴォネン。やはり、臨時の操舵士役を務めていたが、今回のシミュレーションではどちらかというと機関長の色合いが強かったかもしれない。

「実態は杳(よう)として不明だから、オカルトめいているって表現は正しいかもな――ただ、初代大統領ブルクハルトが、当時としてはオーバーテクノロジーも甚だしい諸々の科学技術を引っ提げて世に登場したってのは紛れもない現実ではあるからなー」
 技術者の端くれとして、日村は『十賢者』と呼ばれる存在に対しては並々ならぬ興味を持ってはいる。もっとも、その興味、掛ける情熱はリンダ・フュッセルの比ではなかったが……。

「常温核融合発電、対消滅発電、そして軌道エレベーター……他にも細かいところで色々あったって教わったけれどとにかく、『神器』って言われているのってこれぐらいか」
 レックス、と普段は呼ばれているアレクサンデルが席上で小さく伸びを行った。

「重力制御とか慣性制御、細かく地味だけれどその辺の基幹技術も凄かったはず。月面での生活が当時、激変したって話があるわよ――今じゃ、当たり前になっているけどね……」
 どこか、艦橋の床面を見詰めながらシャリーは言う。もう、ここ月面では地球と環境、異なるところはほとんど存在しないと言う現実。

「――笑えねぇ話だが、常温核融合も対消滅も、その初代からほとんど進歩していないんだよね。我々の『今回』だって、言ってしまえば『改良』にすぎん。まあ、GRDS(重力反発推進機関)に関しては我々ながらよーやった、と言っても良いかもしれんが……」
 あまり深く考えていると軽い技術者的な自己嫌悪へと踏み至りそうなことに気付き、心に保険を掛けた日村である。

「いや、マジレスすると俺達以外に誰が『こいつ』を形に出来たか、ですよ」
 愛情を込めて操舵輪を撫で付け、アレクサンデルが笑う。

「ふふっ……それにしてもまだジャスティンとは繋がらないのか――うーむ」
 讃美はありがたく受け取っておきながら、今や一番の気掛かりはそっち、でもあって。ジャスティンはともかく、ちょっとどころではない不安はルヴァトワ姉妹、特に姉のミランダにあったのだが。

 ……ちなみに、彼等に知る由もないことであったが、現在のシューマッハ少尉はカレーのお代わりを巡る仁義無き大ジャンケン大会に参戦、敗北してブリーフィング・ルームの床に爪を立てている真っ最中なのだった。ちなみに、最後の一杯を獲得したのがミランダであったことを付け加えておく。

「クリストファさんが隊長しているんです、問題ないですよー」
 肩を竦め笑ったシャリーだったが、おや、着信が。

「日村主任、通信でえす。社長室からみたいだけど――繋ぎますか?」




posted by 光橋祐希 at 00:00| Chapter:02 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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