2645年01月01日

Chapter:02『人の間、星の間』-04



   IV


「やあ、いつもすまんな」
 盆で差し出された日本式湯飲みを手に取りながら、やや無精気味な白髭を蓄えている宇宙軍服は礼を述べた。謙虚さは、彼が何よりも大事にしている美徳であった。
「玄米茶お好きですねー……紅茶とかコーヒーも種類有るんで、お申し付け頂ければ幾らでも応じますので、レスター大佐」
「まぁ、君も歳を取れば分かるさ、准尉」
 ずずっ、とそれはそれは嬉しそうに一口を啜って、初老の宇宙軍服、レスター大佐と呼ばれた男はぎぃと椅子ごと執務室壁面に投影されている立体映像に目を向けた。
「……みんな頑張っとるのー……」
「ナイト09から11以外は出払いですよー……ちょっとみんな飛びすぎって感じ」
 彼等が等しく目を向けている立体映像による文字列は、現在の『隊展開配備状況』を示しているものだった。

【101st JTF - MORNING STAR】

A01- [AGR] -K01 K02 K03 M01
B02- [ASH] -K08
C03- [RTB] -K05
D04- [QRA] -K07 K06 M02

[RST] -K09 K10 K11 M03

 第101統合特務部隊モーニング・スター、これの説明の必要は無いだろう。A01から始まる数字はそれぞれの輸送艇に振られたものであり、続く英字はまず「AGR」が「Aggressor」の略号であり、これはこの101では『強制教導行為』と意味付けられているミッションである。Kから始まる数列はこれはモーニング・スター隊共用のコールサイン、『ナイト=Knight』であり、例えばK-01はナイト01と呼ばれるパイロットが搭乗する艦載機を意味している。また、Mから始まるそれは『マリーン=Marine』、海兵隊所属の白兵部隊を示すものである。つまり、最上段の列を紐解けば、『輸送艇A01は強制教導行為任務中であり、艦載のナイト01からナイト03、並びにマリン01が作戦行動中』と言う意味になる。
 同じように、B02は「ASH」、「Air Show」であり、飛行展示任務中であることを意味し、「RTB」となっているC03の二機はこれは「Return To Base」、任務終了で帰還途上と言うことになる。D04はこれは「Quick Reaction Alert」であり、有事に備えてアラート待機中の意――スクランブル待機とも呼ばれるが。最後の「RST」はそのままRestでパイロット、並びに機体の休息を意味している。

「ガキ共には負担を掛けているのぅ……」
 大隊長であるクリストファ・アレン少佐の、ある意味では直属の上司とも言えるハインリヒ・レスター大佐はその顎髭(あごひげ)を撫で付けて溜息を一つ。退役間際にあって、若いモンのケツ持ち、と言う端から見れば莫迦(ばか)ではなかろうかとも思われかねない人事は人事であったが、これには他ならないレスター大佐自身の志願があったことを忘れてはならない。どの構成員、パイロット達とも、もはや因縁浅からぬ仲になっていることだし、と。
「ま、『オヤジさん』が見えないところで頑張ってくれてんのは、あっちら、みんな分かってますからねー」
 木製の盆を胸の前で扇ぐようにして、リーランド准尉は快活に笑う。
「おや……検査は明後日だったかな?」
 どう見てもこれは大佐の照れ隠しでしかない話題転換だったのだけれど。
「はい、定期調整になりますね――拾って頂いて、これは本当に感謝してもし足りません、大佐殿ぉ」
 自分の右足を撫でつつ、リーランド准尉。
「そう言うコッ恥ずかしいことはワシにじゃなくてクリスの坊やに言ってやれっての……」
「アレン隊長はもっともっともっと嫌がるので、大佐にこう申し上げている次第なのでアリマス!」
 ズビシィと最敬礼をされてしまっては、苦笑いするしかない大佐であった。レオノラ・リーランド准尉の右足が生体義足であることを、この艦にあって知らない者が居るはずもなかった。第101統合特務部隊はパイロットと海兵隊出身者のみによって編成されているに非(あら)ず。そこには彼女を始めとした多くのバックアップメンバーも含まれており、実際に後方通信担当のリーランド准尉の軍服袖にも101の部隊章、シンボルはそれは力強く刻まれていた。そんな彼女達後方組に与えられているコールサインは『エンプレス=Empress』。
 余談だが、正確を記すれば101所属ではないレスターの袖に同じマークは刻まれていない。この爺さんは爺さんで、基本的に若いモンは若いモンでどうにかしろや――と言外に匂わせているつもりなのだ。ただし、責任は自分が取るよ――と。

「こうしていると平和なものなんだがなぁ――」
 干菓子――和三盆の落雁(らくがん)――を片手に玄米茶を啜る、この場所が宇宙空間でなければもっと風情があったのかもしれないが。まあ味に変わりなしだ。それにしても和三盆うめぇ。
「あれ?」
 先に気付いたのは勧められた月面落雁を断る素振りも見せずにポリンと口にしたばかりのリーランド准尉だった。壁面の立体表示、その一部に更新処理が施されたことを示すシンボルがチャイム音と共に明滅している。

A01- [AGR] -K01 K02 K03

        から

A01- [RESC] -K01 K02 K03

 への内容更新。「Rescue Combat」を略して「RESC」――その意味は「救難戦闘」!

「ぎゃーーっ!! 大変! アグレッサーだけじゃなかった!!!」
 自分は戻ります――それでも踏み留まり掛けたレオノラには退室を無言で、しかし素早く促しておいて、ハインリヒは卓上の端末をゆっくりと取り上げた。少し迷ったのだが、食べ差しの落雁を丸ごと、口に放り込み、玄米茶で胃袋に流し込んだ。せっかくの月面、アルテミス土産だったが、こればかりは致し方なかった。



   ◆ ◆ ◆


 追加の新型ブースターによる緩Gに全身を押さえ込まれている中で、クリストファ・アレン少佐はヘルメットの無線、そのスイッチを素早く押し込んだ。
「こちらナイト01、離艇した――ナイト02は状況を報告しろ」
『こちらツゥ――ええと、犯罪者共と思しき団体さん、望遠で中程度規模の船舶一(イチ)、推定で小型機三(サン)を確認――なお、被害船はまだ内部への侵入は受けていない模様、であるが、耐衝撃壁の部位破損をこれは肉眼で確認――威嚇以上の攻撃を受けているようで、侵入も時間の問題かと思われる――オーバー』
 取り敢えず、胸を撫で下ろすことは出来た。船内に乗り込まれ、籠城された日には本当に面倒なことになってしまう。無線状態は良好過ぎる程だったが、場合によっては電波発信を握られる可能性もある。
「発見されないように留意しろ。距離感覚は一任する。ナイト02、君が指揮を、03はそのバックアップに回れ――『いつものやり方』で行くからな、そのつもりでお願いします!」
『ツゥー!』
『スリィ!!』
 軍隊知識の持ち合わせのない人間が聞いていれば、数字だけの応答が奇妙なものと響くかもしれないが、これらはそれぞれがナイト02了解、ナイト03了解を意味している。作戦行動、特に時間一秒が生死を左右する航空、航宙戦闘にあっては前時代より用いられて久しい。

「あとで拾ってやるからなぁ――」
 誰にともなく呟いて、クリストファはサブパネルの一つを操作した。強制的に網膜に投写されてきた機体状況図の中から『サブブースター』の項目を選択し、その解除項目にチェックを入れた。
「58号機、該当器の解除を承認する」
『了解』
 電子音声が戻ってくるのとほとんど同時に、ナイト01ことワイヴァーン58号機の機体後部をほとんど覆い包んでいた追加ブースター、噂のじゃじゃ馬ユニットである『アキレス』を固定していた無数のボルト、フレーム他が解除、解錠されていく。
「ふむっ」
 小さく息を吐き出したクリストファは推進系のインターフェイスがメインのそれに戻っていることを確認し、ゆっくりとスロットルを噴かした。本来の――この場合は航宙戦闘機ワイヴァーンの標準装備――エンジンが咳き込みも無く、新たな推力を獲得し、ワイヴァーン本機の新たな加速度に追従しきれなくなった『アキレス』がゆっくりと後方へと流れていくのを後方視野で確認。
「58号機、『シートシフトチェンジ』を直ちに実行する」
『了解しました、ヤル気ですねアレン隊長!――ともあれ、シートシフトを実行します』
「…………その音声メッセージを入力したのが誰なのか、後でキッチリ教えて貰うからな58号機――」
『そう問われたらフローラではないと答えろ、と仰せつかっております!』
 やれやれ、と機械相手に苦笑しながらも、クリストファはシートに固定されていたパイロットスーツ、そのボルトを手動で解除した。同時に、シートが背もたれごと背面に倒れ、代わりにフットペダル部が迫り上がる。
「うんしょ、うんしょ……」
 広くもないコックピットの中で――広くもないというのはとんでもなく謙遜であり、無茶苦茶狭いと言うのが正しい表現である――なんと、クリストファはその矮躯(わいく)を上下、どうにか入れ替えた。シート本体ごとの変形、各所の角度位置を手作業で修正しつつ、それまでフットペダルとして使われていた部分に両の肘を固定した。続いて、これは自動認識した58号機がその気密服胸部、及び膝部に設けられているハードポイントに接合ボルトを打ち込んでくれた。
「良い仕事だ!」
『べっ、別にアンタの為にやったわけじゃないんだからねっ!! 変な勘違いしないでよねっ!! もう、バカァ!!』
 後でフローラ・ザクソンに雪崩式ブレーンバスターを極(き)めることを心静かに決意しつつ、クリストファはシート裏面に固定保持されていたパーツ類を引き抜き始める。
「――よっし」
 複数、他の部品を簡単に組み合わせ、出来上がったのは果たして『銃身を極端に切り詰めた狙撃銃』そのものだった。ウォールナット、胡桃(くるみ)材製の銃床を二度、三度と撫で付け、クリストファはヘルメットを解除した。跳ね上がったヘルメットがその背面、首元で固定される。
「58号機、慣性飛行に移行、以後推進器系ロック」
『了解』
 こと、ここに及んでさすがに悪戯の類は施されていないようだった。それはそれで寂しいものが無くもない、そんな自分も大概に大概だ、とクリスは苦笑するしかない。

 機動狙撃。

 彼等、第101統合特務部隊が今、正に試みようとしているアクションはそう『呼称』されていた。

 艦載機による高速機動、その中での専用のスナイパーライフルを用いたピンポイント狙撃行為であり、やはり火星沖会戦時に第901航空団が初めて実戦で運用した、言わば戦法の一つだった。正規軍であるはずの彼等が、そんな常道から外れた言わばゲリラ戦術を選択しなければならなかったこと、それ自体が異常なことだったが、それはまた語られる場面がある筈だ。

 ともかくこの時、クリストファ・アレンに個人的には気に入っているはずの新型ブースターを投棄する決断へと至らせたのは、純粋に信頼性の問題だった。速度機動力の向上は見込まれているものの、たかだか数時間の試験飛行ではその追加パーツ独自の『癖』と機体全体に掛かる負荷等を始めとする未知数を『呑み込めてなんていなかった』し、実の所、愛機とのバランス面では気に掛かっている部分も存在していたのは事実だった。更に付け加えれば追加パーツの投棄のみならず、ただの少しの振動、振幅も歓迎は出来なかったことが機体を慣性機動に突入させた、そんな経緯事情もある。

「よっと」
 真空の宇宙空間で、それも慣性機動とはいえ戦闘機コックピットで推進軸に向けた伏臥(ふくが)狙撃体勢を取る、そんな馬鹿な発想を持ったのは自分達ぐらいのものだ。クリストファは、慣れ親しんだ銃床に柔らかい右頬を預け、スコープをまずは軽く覗き込んだ。機体と――厳密に言えばワイヴァーンが積んでいる追加武装であるスナイパーライフル『ヴィントレス』の銃口先端、本体上側面に設けられているカメラ類――完全にリンクした映像が反映されていることを確認し、上唇を大きく舐め上げた。
「58号機、『ヴィントレス』起動――給弾を開始しろ、設定ATデフォルト」
『かしこまりぃ〜』
 死ね、氏ねじゃなくて死ね、とは罵らない、そんな程度にクリストファさんは紳士であった。
「ふぅ――」
 軽めの深呼吸、その自らの両肺、直下から装填音が震動を伴って伝わってくる中、ほとんど些末なものではあったが現在の機体、及び宇宙空間の状況を流し読みでチェックしていく。この場合、最も重要だったのは太陽輻射熱による『ヴィントレス』銃身の温度上昇だったが、これは許容範囲内だった。

 直接構え持った狙撃ユニットと、外部で露出しているのであろう『ヴィントレス』本体、その照準が完全に連動していることを改めて確認し、クリストファはスコープの倍率を上げた。

 米粒大の目標、その一点。

 各種カメラを経由し、自らの眼球、その一点。

 点と点が結ばれ、線となる感覚の獲得に成功した。

 いける、そんな直感と確信。

 これは、言葉にするのは、とても、難しい。


「ナイト02、作戦を開始しろ」

 クリストファは息をゆっくりと、吐き続けた。






   ◆ ◆ ◆


 もう駄目かと思ったんだ、正直なところは。よりによって、久しぶりに会えたパパと一緒に乗っていた船が襲われる――なんてツイてない人生だったんだろう――そんなことを揺れるブリッジの中で考えていたんだ、本当に。
 これを後になって話したらパパやママは大笑いしたけど、気が気じゃなかったのは本当だった。海賊共からすると脅しだったんだろうけれど、耐衝撃ダンパーのほとんどが吹き飛ばされて船内は赤色の非常灯が点滅しっぱなし。僕がパパの部下の一人、新入りのロレッタに寝室で叩き起こされたときはもうそんな状況だったんだ。
 ほとんど引きずられるようにして連れて行かれたブリッジは、もうテンヤワンヤの大騒ぎだった。あれ、『テンヤワンヤ』ってこんな時に使う表現だったっけ――? まあ、いいや。どうせ誰も読まないだろう、こんなの。
 いつもはクールなエジットが半泣きの状態で無線に呼びかけ続けていたのが一番、印象的だったかな。逆に、いつも人を笑わせてばかりいるマルキが冷静に舵を握っていたのも別の意味で忘れられない。後の人達はとにかくウロウロしていた気がする。あまり覚えていない。
 いよいよ激しい衝撃が来たのは、僕がブリッジに入ってから一分後ぐらいだったと思う。思うけど、もっと短かったかも。時間の感覚なんて、めっきり麻痺していたし。
 パパがキャプテンシートから怒鳴り声を立てたっけ。けど、怒鳴ってもどうならない状況だってのは子供と言われる僕にも分かってた。――何だかこう言う打ち込みをしていると僕は非常に冷静だったのでは、って感じだけど、そんな事は無かったな。事が終わった後に初めて、自分がションベン漏らしていたことに気付いたぐらいだし……。
 激しい振動は二回、三回と続いた。ロレッタは半泣きで僕にしがみついてきた。気持ちは分かるけど、子供の僕にすがるのはどうだっただろう、って今はちょっと思う。でもしょうがなかっただろうなあ。ロレッタは初の航海で、しかも女の子だったんだから。

 そんな時。

 スタインが突然、絶叫をあげたんだ。イッちゃったのかと思った、本当に。


「イィィィヤッホォォォッ!! 救援だ! 救援が来たぞおッ!!!」





   ◆ ◆ ◆


『……あの距離で初弾、中(あ)てやがったよ!』
 バケモンかよ、引き攣(つ)った笑い声のフローラを笑おうとは露も思わない里山大尉である。自分達の現位置であればいざ知らず、だ。それも最初の一発は対物閃光弾であり、通常弾に比べれば命中率が著しく劣るものだった筈だ。ちなみに、命中しなかったところで近距離で作動する仕様であった筈であり、当の犯罪者集団は少なからぬ衝撃と閃光に、かなり驚愕したのではなかろうか。
「さておいて、姐(ねー)さん、仕事しないと」
 わーってる、と答えてきたフローラの声はいつものそれより二割増しだけ真面目なものだった。

『狼藉者共(ろうぜきものども)、聞こえるか。こちらは第101統合特務部隊『モーニングスター』、ビアンカ・ピアニッシモ少佐だ!』

 全周波数帯に向けられたこの通信を、相手が受信できない筈はない。フローラは敢えて、ここで一拍を長めに置いた。架空の存在であるピアニッシモ少佐を演じる仕事にもすっかりと慣れてしまった今日この頃だが。

『一度だけしか与えられない延命と更生の機会を永劫(えいごう)と失うことを了とするのならば、よろしい、その海賊行為を続行したまえ。もっとも、その場合、この場で強制排除行為に我々は及ぶこととなる。今一度繰り返す、こちらは『第101統合特務部隊モーニングスター』だ!』

 いくら犯罪者が相手とはいえ、この警告アナウンスは脅迫に過ぎると一部マスコミや国際弁護士会などから叩かれることも多かったが、それはそれ。

 彼女の愛すべき、或いは進行形で愛している隊長、数多い名言、名台詞の一つ。

『逃げ場もなければ、呼吸する空気にも限界はある。そんな極限状況下の宇宙空間で犯罪行為に及ぼうとする連中の人権など知ったことか。死んでしまえばいいんだ』

 この発言に対面の人権派弁護士が泡を吹いて倒れかかったことをエピソードとして含めつつ。

 さすがに人質を取られた状況下では自ずと対応は異なってはくるのだけれどね。

『あと三十秒だけ、猶予を与える。こちら、 いちまるいちとうごうとくむぶたい だー』
 このフローラ、対外的にはピアニッシモ少佐の言葉が終わるのとほとんど時を同じくして、再度の閃光弾が海賊船、その小型艇の装甲にカンと炸裂した。フローラの警告内容と現状をより把握したクリストファが二発目にも閃光弾を選択したのだろう、そう推測した『ピアニッシモ少佐』の口の端が歪に持ち上がった。

 狼藉者、海賊共なりに自分達の命と勝算を一生懸命、秤(はかり)に掛けているのだろう、返答はなかなか送られてこない。もっとも、彼等に少しでも理性と知性が残されているのだったら、『第101統合特務部隊』の名前を耳にした段階で結論は出ているはずなのだ。

 あらゆるテロリスト、海賊、犯罪者他を情け容赦なく踏み砕き、撃ち抜いて来た『101』、『モーニングスター』は一部の日陰者からすれば『死神』と同義語だったのだから。








   ◆ ◆ ◆


 とたんにブリッジは沸き返った。その直ぐ後に通信が入ったみたいで、パパが救援部隊の人と話をしていたようだけど、僕の方にはその内容は聞こえなかった。ただ、パパは本当に感激しまくっている感じだった。
「心から感謝します!」
 そう言って、パパは通信を切った。そして、僕がブリッジにいた事に初めて気付いたような表情を僕に向けてきたんだ。
「外を良く見ていろよ、ニック!! 宇宙軍の人達が、俺達を助けてくれる!」
 僕に対するパパの言葉だったのに、周りの人達の方がその声に応えて騒ぎまくっていた。何だかちょっと複雑でイヤな気分がしたけれど。
「おい、アレは!?」
 外部モニターを覗いていたエジットが声を上げたので、みんなが一斉に注目をした。僕も真似をして見たけど、エジットがどうして声を上げたのかは分からなかった。でも、みんなの表情を見ていると、僕に見えていない物が見えているようだった。やっぱり大人の船乗りの人達ってすごいんだなあ、って思った反面、悔しかった。でも次の瞬間には僕にも見えたんだ。

 白い光が、少なくとも二つは見えた。凄まじい勢いで接近してきていた。星の海に紛れていたから、最初、僕は気付かなかったみたいだ。
 急に光が増えたように見えた。と、同時に僕たちの船の斜め後方にあったアイツ等の船に火の玉がブチ当たったのが別モニターで見えた。ヤッタ、ザマミロ、って思ったさ。


 そこで、元のモニターに目を戻すと、見えたんだよ。宇宙戦闘機ワイヴァーンの編隊だった。誰かが画像を拡大したみたいで、色までがハッキリと見えた。ブーメランの様な隊形だったように見えたけど、一番僕の目を――いや、僕だけじゃなかっただろうな――引いたのは、ブーメランの中心部にいた機体だった。だって、他のカラーリングがグレーだとか深いブルーだったのに、その一機だけが真っ白かったんだもの!






   ◆ ◆ ◆


 結局、ぎりぎり三十秒の段階で海賊船から投降信号は上げられたのだった。
『……まあ、こんなもんか……』
 どこか拍子抜けした隊長、クリストファ・アレンの声だった。
『いやいやいや!! 超長狙撃を二発ピン決めしといて『こんなもん』とか軽々しく言わないで下さいよ!!」
 これは対照的に笑い泣きのような、里山である。今や、完全に相対速度の合わされている両機であった。
『はっはっは……と、ちょっくら被害船の様子を看(み)てきてやることにすんね。フローラさん、里山さん、後続が届くまでの見張りをお願い、後処理は任せます』
 返事を待つことなく、隊長の愛機、純白の58号機が緩やかに機首を北天面、被害船へと向ける。
「……了解した、気を付けてな隊長、念のためな」
 海賊船とその小型艇、それぞれのくすんだ外装を愛機に撮影、後方へと同時転送させながらフローラ。被害船はその船内に侵入は受けていないし、大丈夫か。

 あの時のクリストファとも、違うはずだし大丈夫だろう……きっとね。






   ◆ ◆ ◆

 それからは早かったよ。海賊船は抵抗を諦めて、降参したんだ。海賊船の周りを戦闘機が囲んでいる中、白い戦闘機が僕たちの船のブリッジ脇で止まった。僕たちが見守る中、その戦闘機のコックピットハッチが開かれ、機体の色と同じような真っ白い気密服が出てきたんだ。
 その気密服は無駄の無い動作で、ブリッジのハッチに辿り着いた。そして、僕たちは初めて彼の声を聞いたんだ。
『太陽系惑星連合宇宙軍第101統合特務部隊、『エクレール・フォルティシモ大佐』です。貴船の代表者と話がしたいと思います。ブリッジに入っても宜しいでしょうか?』
 無言のブリッジにそんな声が広がった。どこか、不思議な声だったような気がした。
「――も、勿論です。スタイン、ハッチカーゴを解放!」
 前半は軍人さんに向けた言葉、後半は部下に。パパの声の調子が全く変わっていて、ちょっと面白かったかな。そして、ハッチカーゴのランプ表示が赤くなった。減圧された、って事だ。直ぐにランプは緑色になった。穴が空きそうなぐらい、みんなでカーゴの方を見つめていた。鈍い音を立てて、ハッチが開いた。
 その人はブリッジの中にゆっくりと入ってきた。サンバイザーが濃くって、その顔は全然見えなかった。それよりも僕が驚いたのは、その左手に大振りの拳銃が握られていたことだった。僕に未だに張り付いたままのロレッタがそれに気付いて、『ひっ』とか叫んだ。
 その軍人さんはゆっくりとブリッジの中を見回した後、拳銃を腰のホルダーに収納して、自分のヘルメットに手を掛けた。
「よいしょ……っと」
 何だかその声は間抜けに聞こえちゃった。酷く拍子抜けするような、そんな感じの軽い声だったんだもの。でも、次の瞬間に僕たちはみんな、もっと驚いたんだ。メットが外されて、長い白髪の毛が、ばさーって沢山、降りた。
「おんな?」
 ロレッタがそんな事を小さく呟いた。聞こえはしなかっただろうけど、多分みんなそう思ったんじゃないかな。その軍人さんは外したメットを腰のアタッチメントに固定すると、馴れた手付きで髪の毛をサッと縛り上げて見せて、僕とロレッタに向けて、
「驚かせてゴメンね、坊や、お嬢さん」
 って、ニコッって笑ったんだ。素敵な笑顔だったから、思わず僕とロレッタも笑い返しちゃった。実は「坊や」って言われるのはイヤだったんだけど、それでもさ。でも、坊やって言ったその性別不詳の軍人さんだって、ずいぶん若い気がしたけど。ロレッタぐらいじゃないかな、って。
「さて――代表者の方は――あなたですか?」
 笑顔から真顔に変えながら、その人はパパに向かって言った。船長であるパパは、分かり易い帽子を常にかぶっていたから、目に付いたんだろう。
「あ、はい、左様で」
 その軍人さんは背中を伸ばした。
「――第101統合特務部隊、隊長のフォルティッシモ大佐です。今回は災難でしたな」
 ブリッジが「しーん」ってなった。僕は全然何とも思わなかったんだけど。なんでか、って後で聞いたら、パッと見も若いし、そもそも男か女かわからないし、とても隊長だとか大佐には見えなかったからだって。しかも、何でその隊長が自ら戦闘機に乗っているんだろう、とも思ったそうだ。
「あ、はい、左様で」
 さっきと全く変わらない返事をしたパパだったけど、慌てて付け加えた。
「わ、私は当船『ユヴァスキュラ』の船長、アントニオ・レインマイヤーです」
 そのフォルティッシモさんは、硬直しかかっているパパを見て、やはり優しい口調で言った。
「ご安心下さい、別にどうこうしようと言う訳ではありませんから。ましてや、あなた方は被害者なのですから、そんなに緊張されなくても結構ですよ」
 その言葉もあって、ブリッジの空気が急に和らいだように思えた。ロレッタが僕を締め付ける力も幾分減った。
「ああ、言うのが遅れてしまいましたが、救援に感謝します……大佐」
 パパが思いだしたように言った。
「いえ、それが私達の任務ですから気になさらないでください。……それより、損害状況の詳細を教えていただけますか――?」

 僕が聞いていたのはそこまでだった。後は、パパとフォルティッシモさんが細かい打ち合わせやら、何やらをやっていた感じ。クルーの中では怪我をした人が一人いただけで、それだって大怪我じゃなかった。船は傷付いて、積み荷が幾つか駄目になっていたみたいだけど、思ったより被害は深刻じゃあ無かったそうだ。

「それじゃあ、自力航行に問題も無さそうなので、取り敢えずは我が宇宙軍の護衛艦を手配します。細かい打ち合わせはその責任者とやっていただくとして――そうですね、最寄りのコロニーにでも行く事になるかと思います。あ、コロニーまでは間違いなく我が軍の護衛艦が護衛に就きますので、ご安心を」
「何から何まで感謝します――」
 パパは心から感謝しているようだった。
「それじゃ、自分はこれで失礼します」
 別れ際にパパとフォルティッシモさんは握手をしていた。

 握手を終えたフォルティッシモさんがハッチ前まで行ってから、急に思い付いたかのように僕の方に歩いてきた。ゆっくりと近付いてきたアレンさんは、僕の頭にグローブ抜きの手を置いてグリグリしてきた。思ったより、身長は高くなかった。ロレッタと同じぐらいだったかな。やっぱり女っぽい人だなと思ったんだ。良い匂いがしたし、っていうとキモイって言われるかも。
「さっきは驚かせてすまなかったね――坊や、名前は?」
「ア、アーネストって言います。船長の息子で、みんなは僕のことニックと呼びますけど」
「……そうか。君の父ちゃんとかここの人達みたいにかっこいい宇宙船乗りになれよ、ニック!」
 そう言って、フォルティッシモさんは手を振りながらハッチに向かっていった。僕は思わず叫んだ。
「エクレールさんも頑張ってください!」
 って。
「ありがとう!」
 最後にピースサインを作りながら、エクレール・フォルティッシモさんはハッチに消えていったのだった。

 僕はこの時の事を一生忘れない。忘れる事なんて、出来ないと思うけど。
 
 ――大人になるんだったら、ああいう人になりたい、って初めて思ったんだ。


                  アーネスト・レインマイヤー少年の口述日記より

posted by 光橋祐希 at 00:00| Chapter:02 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2644年01月01日

Chapter:02『人の間、星の間』-05



   V


 太陽、地球、月、それら重力の均衡点である『ラグランジェ・ポイント』のささやかな一角に、彼らの『家』は存在していた。ほとんど放置然としたーーそれは全くの事実ではあったがーー状態で漆黒の宇宙空間に浮かべられた歪(いびつ)な外観はそれはそれは観察者、目の当たりとする人々の目を剥かせ、驚かせることだろう。

 三隻の宇宙軍艦が、強引に絡み合っているようなーー表現良く言えばカエデの一葉であるとか、水晶の一塊のような。まあ、大昔も大昔、神話の時代に国籍文化を問わず存在の語られていた双頭、複首の『蛇』の類のような、といった比喩がもっとも伝わり易いものだったかもしれないが。

 更に付け加えるのならそれぞれの枝葉なす軍艦がこれまた綺麗なもの、とはとても呼べない代物なのであった。それも当然の話であり、そもそも本来は退役、廃棄処分される予定だったそれぞれの、これ又、使い道が「ほんの幾らかでも」存在していた部位部分だけを強引に食い噛み合わせたものだったからだ。

 継ぎ接ぎの補給基地。

 名前だけは立派、『ハイランド』。

 ボロは着てても心は錦、武士は食わねど高楊枝、そう嘯(うそぶ)いて、或いは心から楽しんですらもいる隊長が率いる哀れな貧乏部隊、その拠点であり、母港でもある。

 実に、拠点衛星基地を新造する余裕すら、戦後の宇宙軍には無かったのである。何よりも優先されたのは欠乏甚だしい艦載機群の生産と、艦艇の補修、建造。

 例えそれが貴重なエースを招聘(しょうへい)した結果の太陽系最強の飛行隊、第101統合特務部隊であったとしてもこれは例外とはならず、かくして強引な集合塊と化した『ハイランド』は、統合特務の結成ーー再結成と彼等は呼んでいるーー初期から彼らの『家』となったのだ。


   ・
   ・
   ・


「重力下で飯を食えて、風呂に入れて、うんこができれば文句なんてねーですぅ」
 ある日のクリストファ・アレン少佐はそう笑い、やはり重力の恩恵を受けながら小指でハナクソをほじり、満足げに語った。年齢は22、階級は中佐待遇の少佐。宇宙軍史上最年少の飛行隊隊長であり、その軍歴、戦闘履歴だけを見ていれば『歴戦の猛者』以外の表現が果たしてこれは存在するのだろうか、とでもなるのだろうが、実際のその彼本人はと言えば年相応、いや寧ろ十代の『女性』に見紛われる程の容姿体型の持ち主なのであった。火星沖会戦時には第901飛行隊モーニングスターの隊長を務め上げ、戦後は現101統合特務を預かる身の上となっており、ストレートな白髪を無造作に伸ばしたものを首元で縛り上げている。これはこれで宇宙空間では煩わしいこともあるのだが、彼の数少ないこだわりの一つでもあった。

「身内だけ、ってのはこれはこれでよろしい。お偉いさん、マジイラネ。つか死ね、あいつら」
 パイロットスーツを脱衣、蒸れたスポーツ・ブラを男子が周囲に存在していようが御構い無しにカパカパと前後させる、フローラ・ザクソン大尉。癖のある、しかし眩しい赤毛が特徴、そして何よりも肉感的な美人女性であり、年齢は27。階級はやはり佐官待遇の大尉で、101の飛行部門にあっては実質の副隊長である。クリストファ・アレンとは901モーニングスターにあって、互いにコンビ、双璧を張った縁が存在していたが、実は901結成の以前より交流のあった、数少ない人物でもある。

「隊長! これ見よがしにハナほじんないでっていつも言っているじゃないですか! あとザクソン大尉、服はちゃーんと着てださーーーーーーーいっ!!」
 何回言わせんですかあぁぁぁ、とそれでも涙目になりながら健気に訴えていたのは、ソフィ・ムラサメ中尉。漆黒の瞳に、鴉(からす)の濡れ羽色の和風美人だが、おっぱい序列は低い方である。年齢21、もうすぐ22。火星沖会戦時は士官候補生として地球本星で錬成教育を受けており、現101が創設されてから合流したメンバーの一人である。『名の知られた伝説のエース達の集う特殊部隊』と言う存在に対して幻想に近い夢を燦(きら)めき抱いていた配属前の彼女だったが、実際に参加してみれば曲者も曲者、ややもすると変態までは行かずとも社会不適合者みたいな人間達の『愚連隊』であったことに大いに失望したとかしなかったとか。まあ、その失望は二回も実任務に参加すれば、評価は変わったのだけれど。そんな彼女は全体としての101、後方担当面での次席、副長でもある。

 ちっ、うっせーなーーそう隊長は笑いながら、そんなムラサメ中尉の軍服背中に何かをなすり付けた。

「あああああああっ! い、今、何をしましたかーーーーーーっ!! まさか、まさかっ」

「エーンガチョだよーダメだよーもうソフィたんあかんよーそれはいかんわー」
 統合特務、その統合という言葉を何よりも象徴している存在、海兵隊あがりのマグヌス・クーガー中尉が左手人差し指と中指を器用に交錯させて、笑う。海兵出身ということもあり、101で最大の偉丈夫(いじょうふ)でもある彼の二の腕は間違いなく隊長クリストファの太ももよりも太く、その分厚い胸板はソフィ他を始め、フローラのバストよりも大きく、そして尻はソフィ他とかフローラのヒップと同じぐらい。ボンボンキュッなウホッボディの持ち主である。年齢は31、一回り近くも年下のアレン隊長に仕えることに関して屈託は微塵(みじん)も存在していない。それどころか、その忠心はもはや信奉だとか信仰していると表現しても差し支えないレベルのものだった。また言及するまでもなく、艦内白兵のプロフェッショナルであり、携行火器類に関しての造詣も深い。統合特務、海兵組、白兵科の責任者である。

「えっちなのはいけない――キリッ」
「だってお!!!」
「見られて萎むもんじゃねーしフヒヒ。ちっぱいは正義ですのーヌフフ」

 もういやぁあああーーー半ベソで駆け出したそんな後方組序列一位を笑っていた彼らだったが、後に手痛い復讐を受けることとなるのだった。

 その日、ハイランド食堂、唯一の冷蔵庫が何者かにパスワードロックされ、彼等は就寝前の冷え冷えビールを楽しむことを簡単には許されなかったのだから……。


   ・
   ・
   ・


「同じ轍(てつ)は踏まん!」
『こちらツー、どうした隊長? 『どこからともなく』声でも聞こえるようになったか?』
 電波が聞こえるようになったわけじゃねーよ、そう笑い返しておいてクリストファは改めて各種計器類に注意を向けた。どうにも帰還に際し、意識が散漫となっていたようだった。昔のことをつい、思い出してしまった。柄じゃない。
「いやまあ、今日は帰ったら速やかに風呂入って酒やりてぇなあーとな。嫌なイレギュラー仕事が入っちまったしなぁ」
 予定通り、機体が帰還軌道に乗っていることを確認しながら、呟いた。仮初めの母船であった『ハインド』に現場の事後処理と追加ブースターであるアキレスの回収を命じる一方で、彼を含めた三機の艦載機は直接、その母港へ向けた飛行を続けていたのだった。
『スリー、もうソフィちゃんをあまりイジメちゃあきまへんですおー』
 トバッチリはごめんですぜ、里山はそう続けるのだった。日本国出身の25歳であり、901からの古株である。火星沖会戦、その激戦の中で幾度と無くクリストファに窮地を救われた彼は、やはり年下の隊長を深く、強く尊敬して止むところが無かった。
「多分、僕と全く同じ事を思い出してるな! すげえな、里山さんーーあんたニュータイプかよ! あれか、てけてーん!!ってやつか!?」
『ぶはは、残念ながらテケテーン、ちゃうですよー』

 そんなアホな会話を行っている内に、母艦であり母港、家である『ハイランド』の三次哨戒圏内に入ったことを愛機が伝えてきた。
「帰宅のピンポン、鳴らすぜー」
『ツゥ!!』
『スリッ!』
 羽を休めることの出来る巣が近い、安堵感。飛行機乗りなら、言語を問わず共有できるものの筈だ。胸弾む思いを抱きつつ、無線を開いた。
「『ハイランド』管制、聞こえるか。こちらナイト01、アレン少佐。これより帰投する」
 しばしのタイムラグの後、それでも速やかな返信が入る。
「こちら該当管制、ルヴァトワ軍曹――お疲れ様、騎士殿。食事と風呂の準備は全て整っておりますよー」
 いつもながら耳障りの良い、ルヴァトワ軍曹の美声だ。
「そりゃ助かるな、マノア――誘導して貰って良いだろうか?」
『そのつもりで手配をしておりました。ナンバリングと同期信号、マザーから飛ばします』
 少なからぬ疲労を自覚しているクリストファはこの時、マニュアルによる着艦ではなく『ハイランド』からの誘導によるオートの着艦を希望した。余談だが、機体の全権を第三者に預けるこの行為をクリストファが実行に移すのは、この『ハイランド』に対してだけだ。
「頼む」
 答えるのとほとんど同時、暗号化の施されたシグナルが愛機58号機のコンピュータ群と高度
な情報交渉を開始し、そして程なく。

『CCV901ハイランドからの情報連結要請を受理、信用性に問題は全くありません。連結しますか?』
 無機質とは程遠い、人工音声が乗り手へと、その交渉結果を人語変換してくれた。
「承認する。おまかせだ」
『承認受理――今回は長く働きましたからね、楽をさせてもらうのが賢明かと思います』
 構成員達が好き勝手と手を加えまくった結果、どんどん人間らしい雑談を振るようになってきた人工知能群である。今後のメンテナンス、同期で更にカオスになっていくのだろうけれど……。
「ありがとよ、58号機」
 心からのお礼の言葉、ではあった。
『ほ、褒めてくれたって別にアンタなんて何とも思ってないんだからね!』
 やっぱフローラは一度シメよう――決意を新たにしたクリストファ・アレンであった。あった、のだが。最後の最後に、もうどうでもよくなったのだ。

『……でもほんのちょっとだけ嬉しい、かも……』
 
 パイロットは、白目になった。




   ◆ ◆ ◆



「各自、機体着艦に備えろー。メンテマシンの展開状況、知らせっ」
 気密整備服、そのヘルメットを入念に装着しながら命令を飛ばすのは、この『ハイランド』の整備士、メカニックチーフであるスコット・ロードマン少尉である。25歳。火星沖会戦では最初から最後までクリストファの58号機、全てのメンテナンスを行った、若いが歴戦の整備兵である。戦後は除隊も視野に入れていたが、紆余曲折を経て宇宙軍に復帰したクリストファに乞われた結果、この101に参加することとなった。『貴男の整備してくれる戦闘機以外に、乗る気がしないのです』、そう頭を下げられた日のことをスコットは一生、忘れることはないだろう。
『備え、よぉし――メンテロボ、全て問題なぁしです』
 淀みない部下の報告にスコットは大きく頷いた。
「58号機は、この後でメーカーさんによるメンテナンスが控えているから第二格納庫へ運び込むぞ。恥ずかしくない状態でお返しせにゃならんからなあ!」
 最精鋭部隊の縁の下、これ即ち最精鋭の整備部隊で無くてはならない。工場からロールアウトされた状態に少しでも、或いはそれ以上に磨き上げてその古巣へと戻してやるのは、最低限の義務であるとロードマン少尉は考えていたし、部下達がその価値観を等しく共有してくれていることは彼にとってこの上のない、幸福でもあった。
『了解。24、64号機は通常メンテで第三待機でよろしいですな?』
「先回りの上手いヤツは嫌いじゃないぜ、チャーリー! B班の指揮は貴様が取れ」
『ロジャ・アーっす』
 そのタイミングで、鼓膜を叩き揺さぶる程の警報音が鳴り響き、赤色の警告灯が派手な明滅を開始した。主格納庫の静謐(せいひつ)が一転、戦場となる瞬間だ。
『各自、エアー注ーーーーー意! 空気抜けんぞ!!』
 自身もヘルメット、そのバイザーを降ろしながらスコットは庫内無線に向けて叫んだ。もっとも、マザーコンピュータが厳しく整備士達それぞれの気密服、その状況をチェックはしているので、未装着の状態で主格納庫のゲートが開くことは有り得なかったが。
『竜騎士様達のご帰還だ!』
 三重構造のゲートがゆっくりと開かれ始める。既に外部の音は聞こえないので、微震動が床面に磁着している両足から伝わってくるだけである。開かれ始めた外部、漆黒の宇宙空間の果てから飛来する光点が、三つ。ゲート側面には【101-0058】と電子表示が青く踊らされている。最初の青から緑、黄色とその色合いに変化が訪れ、最終的には赤となって。

『着艦用ーーーーーーーー意!!』
 自然と安全バーを握り込む右手に力が篭もる中、スコットが叫んだのとほとんど同時。

 ごう、と。

 ぎゅりり、と。

 純白の翼竜、ワイヴァーン58号機の各ランディングギアが外部離発着甲板に接地、機速を殺し、そして自らを主観下方面へと強引に抑え付ける。マキシマムとロックされたブレーキング部から微かな青白い火花を散らし、そんな翼竜の58番は主格納庫へと荒々しい乱入を果たしてきたのだった。

 元より、空気が無い故の完全なる無風――その空間にあってもスコットは自分の全身を吹き叩き付けくる風を、それでも強く感じてしまう。『58』と言う特別な『数字』、特別な『乗り手』は、それだけの『風圧』を持っているのだ。分からない人間には、伝えようもないことだ。こればかりは戦場を共にしなければ得られない感覚か、とスコットは考えているが。

『101-0058、着艦。101-0058、着艦』
 人工音声がオールレンジ、艦内無線報告を行い続ける中、実は柔軟な素材で構成されている両翼を畳み上げながら、クリストファ・アレン座乗の58号機は完全に移動を止めた。ご丁寧にも、第二格納庫へ結ばれるエレベータ直前での機動停止であり、コックピット・ハッチの第一次装甲がここで跳ね上げられた。

 続き、間を置かずにフローラ・ザクソンのこれはオガサワラ・ブルー塗装の24号機が着艦し、こちらは臨時の甲板指示兵となっている整備士の誘導を受けて第三格納庫直結のエレベータへとダイレクトに滑り込んでいった。オーバーホール、生産メーカーに送られることとなる58号機とは異なり、規定のメンテナンス後に『彼女』――この場合は艦載機のこと――にはまだ働いて貰う必要があるのだった。
『こちらアームド正、ナイト01と02の着艦を確認――リオン、そっちはどうなっている?』
 完全に主機関を停止した58号機に向かって身体を飛ばしながら、スコットは別格納庫へ無線を向けた。この『ハイランド』には四つの伸展式外部発着甲板が存在しており、普段から使用されているのはその内の二つ。残りの二つは、予備基であり、緊急時には運用されることとなるのだろう。幸い、結成よりこれまで、定期訓練以外で使用されたことは無かったが。
『アームド・ツー、こちらたった今64号機、里山大尉の無事な着艦を確認しやしたーっ』
 リオン・ウー曹長に対してオッケ、と答えたスコット・ロードマンが目的地であった58号機、そのノーズ(機首)に辿り着くのと同時に、そのコックピットハッチ、第二装甲がゆっくりと開かれた。
『お疲れです、隊長――』
『いやぁー、全くっす』
 鷹揚(おうよう)な簡易敬礼を戻しつつ、隊長ことクリストファ・アレンはシート上に立ち上がった。二回、三回と身体全身を使った伸びを行った。首を左右にコキコキと鳴らし掛けたが、これはどうにか思い留まった。
『すまないが、後はお願いしちゃって良いかなぁ――こう見えて結構疲れていてさ……』
 スコットから差し出されたパネル映像に指先で電子署名を行いながら、クリストファはそう口にした。
『お疲れっした! 任せて下さい、ゆっくりしていってね!』
 言いながら、既にスコットは58号機を格納ベッドに移動させる手順を行っている。
『あんじょう頼みますー。取り敢えず風呂へえってくるわぁ。時間、合えばビール、付き合ってちょうだいよ、スコットさん』
 ガッ、と互いの右拳を打ち合わせて、クリストファは主格納庫から艦内へと続く減圧室へとその細身、小柄を飛ばすのだった。


   ・
   ・
   ・


 廃棄処理寸前の軍艦による継ぎ接ぎ、名前だけのオンボロ空母、『ハイランド』における数少ない自慢の一つとして間違いなく挙げられるのは、大浴場である『金剛湯』の存在であっただろう。本来は冷却水を保管する設備だったそうだが、整備士を始めとしてパイロット、海兵隊有志による聞くも涙、語るも涙の地道な改装作業の結果、多少無骨ながらも広々とした大浴場として再生されることとなったのである。仕切りも設けられ、男湯と女湯にきっちりと分けられている。多くの航宙艦艇が広々としたシャワー室は疎(おろ)か、手足を伸ばせる浴槽などを備えているわけもなく、仮に備えていたとしても男女での時間交代制である現実を鑑(かんが)みると、これは大変な贅沢と呼べるものではあった。

 まあ。

 精鋭部隊。

 統合部隊として。

 一番最初に行った統合任務、タスクが居住環境向上を名目にした大浴場の建設、だった辺りが、実に彼等らしいと言えば彼等らしいのかもしれない。

 馴れない配管工事を、それでもエース・パイロット達は階級が遙かに下の整備士達に励まされ、或いは罵られながら行った。体力自慢の海兵達は重機が不足している中、あらゆる運搬作業を担当しなくてはならず。

 無骨であり、手作り感が満載の蛇口から熱いお湯が浴槽に向けて初めて放たれた、その日。

 彼等は誰彼構わず、抱き合い、涙し、そして酒杯を大いに交わしたのだった。


 そんな金剛湯、男性風呂。時間が時間でもあり、無人。ワーオ。
「ハービバノンノン……」
 クリスはその由来も意味も全く分からなかったのだが、浴槽ではこの呪文を唱えるべし、と周囲に強制されて久しかった。ともあれ、現実として長く無重力空間に曝(さら)し置かれていた身にとって暖かなお湯、というのはこれはただただ有り難いものであった。血行の促進もそうだが、何よりも微妙な浮力が各種内臓の疲労緩和に寄与してくれること、甚だしいのだ。もうちょっとだけ浸かったら、食堂でキンキンに冷えたビールを頂くことにしよう――クリストファがささやかすぎる幸福の今後、直近の未来に思いを至らせていたところ。

 ガラッ

 隣の女湯に誰かが入ってきた気配。どうもタイミング的に、めんどくせーのが入ってきたっぽいなぁ……。

「隊長、入っているかー?」
 案の定、フローラさんのようだ。
「入っていますが、それが何か……」
「女風呂の固形石鹸が切れちゃってるんだー。そっちにあったら投げとくれー」
 まあ、清掃時間には早かったしそんなこともあるか、とクリストファは手近な石鹸を取り敢えずは男湯と女湯を隔てる聖なる壁――通称フローラ・バスター――越しに適当に放り投げた。

 こぺっ

「いてえ!!」
 当てるつもりはなかったが、まさか。
「あ、ごめん――当てるつもりはなかった……つうか狙えないだろ常識的に考えて……」
 謝れるものは早い内に謝っておく、それがクリストファがここの隊長になってからの処世術であった。そもそも、女性比率が高い部隊でもあるのだ。現代の耐G、慣性技術の高度進化が本来は性別的に不利である筈の女性、そのパイロット世界への進出を大いに促した部分がこれは大きいのだが。
「…………」
 フローラさんからの反応が、それでも無かった。さすがに心配になってくる。
「お、おーい……わざとじゃねえってばよー……」

「ふーむ」
 ようやく、フローラさんの唸り声が。
「どうしました?」

「いやね、石鹸にちぢれた毛が付着してたんだけど、これ隊長のかなぁって――」

 クリストファは無言で、シャワーによる壁越しの放水を開始した。



   ・
   ・
   ・



「もう僕は疲れたよパトラッシュ……」
 フローラの鼻水入り交じる罵声と反撃を華麗にスルーし、どうにかクリストファは第三種戦闘服――と呼んでいるだけで実の所はただの私物、甚平である――への更衣を速やかに、恙(つつが)なく終えた。更衣室で入れ替わりとなった里山は恐らく、それと気付かない無慈悲なフローラの攻撃を一方的に受けることとなるのだろうが、恨まないでくれ、隊長も自分が可愛いのだ。
「ああ……次は栄養補給だ……」
 ギャアアアアアアと響く里山の絶叫をBGMに、通常重力に地味に引き摺られ続けている身体をどうにか使役して、食堂でありカフェテリアでもある『ルースト(Roost=止まり木)』へと向かう。
「……んん!?」
 複合材で造られているシャッターが容赦なく、降ろされている。個人商店ではあるまいし、ンなアホな……と、ここでようやくクリストファは非番、そのキャラクター達の名前を思い返すことができた。どうやら儀式を済まさないと自分は食事にもビールにも有り付けないようだ……。ふう、と溜息を一つ。シャッター、その表面に据えられているキツツキを模したドアノックハンドルを二度、三度とノックした。

「誰だあ〜????」
 シャッターの向こう側から、間延びした若い女の声。やっぱりか……。
「お前の隊長だよー!!」
 もう、何回目なのだろうか、このアホな遣り取りは……。
「本当に本当に隊長なのか〜!? 嘘だろ〜!?」
「本当に本当にお前の隊長だよー」
「本当に隊長だったら次の問題に答えられるはずだぁ〜!! いいかぁ??」
 あー、もう好きにして下さいよ……。こっちゃ早くレバニラでビールやりてえんだよお。

「隊長だったら続けられるはずだぁ……『宇宙の海は』……???」

 え。

 クリストファは、硬直してしまった。今までとパターン違うじゃん!?

 何、この娘は小技を覚えていやがるのですか!?

 そんなバリエーションの深さとか幅とかいらねええええええええ!!

「どうしたぁ、答えられないのかぁ〜??? クププ」

 UZEEEEEEEEEEし!!

「う、宇宙の海は……」
 やべえよ、『俺の海』、とか続けるのは絶対にいけない。駄目、絶対。ええいクソ、それでなければ、もうなんだっていいか……。

「み、『みんなの海』!!」

「わー、超謙虚!! ヘタレ!! やっぱり隊長だーーーー!!!」

 シャッターが派手に開かれ、バーンと飛び付いてきたのは典型的なメイド服に身を包んだ女性、と言うよりは女子、であった。
「重い、重いからどいてっ――ミランダ、お願い」
 実際に男性としては非常に小柄なクリストファは、ほとんどその場で潰されそうな勢いではあった。無重力帰り、と言うことも大きかったけれど。
「ぶー、あたし、重くないもん……」
 ミランダと呼ばれた娘の膨れっ面、露骨な不満顔を取り敢えずは無視させて貰って、クリストファは広くもない食堂、その内部を一瞥した。壁際に設けられているバーカウンターで机をバンバン叩き笑っているフライト・ジャケットが震える右手で敬礼を一つ、クリスに向けて作ってきた。
「……何か楽しいことでもあったのかね、あ、シューマッハ少尉?」
 精々、威厳を声に込めたつもりだったが、まあ多分あまり効果はないのだろう。貫禄の無さはちょっといい加減に困るのだけれど。
「……いやあー……『みんなの海』は凄いですよ隊長……わたし尊敬しちゃう……悔しいけれど尊敬しちゃうっ」
 バーカウンター、その奥に澄まし顔で立っていた別のメイド服が頬をピクピクと痙攣させながら、お辞儀。
「ったくどいつもこいつも……」
 シューマッハ少尉の隣の丸椅子へ跳び座るようにして、クリストファ。まあ『いじられてナンボ』、ではあるんだろうが。他の航宙部隊とか、どうなっているのかちょっとだけ気にならないでもない。もっとも、この部隊がこうなっているのは、他ならない自分がこうしたかったから、でもあるんだろうけれどね。
「あー、もー、とにかくマリベル、ビールだ。キーンと冷えたヤツを頼むわぁ」
「かしこまりました……と、それよりも先に言及して上げることがあるでしょ、隊長」
 キラキラと輝かんばかりの瞳をこれでもかと向けてきている対象存在が、隣りに居ることは当然、分かっていたけれど。
「……似合うね、ミランダ――そのメイド服はマリベルから借りたのか?」
 うーふーふー、と両手を健康的な朱に染まった頬に宛がいながら、ミランダは豊満な胸を張った。どうやら、よっぽどお気に入りのようだ。純白のフリル、カチューシャが薄金色の髪に映えて、大変にかわいらしい。
「細かいところに手を入れてあげたかったので、今日まで時間が掛かってしまいましたが」
 中ジョッキに馴れた手付きでビールを注ぎながら、マリベル・トワイニングが解説をしてくれた。海兵隊出身で栄養士資格を持つ、『ハイランド』の烹炊(ほうすい)担当、早い話がコック長であり、階級は少尉、26歳。和洋中華を始め、その料理の腕は正にゴッドハンドの二つ名に恥じないものである。また、衛生士資格も保有していて、簡単な医療診断と各種医療機器の使用も行える、素晴らしすぎる縁の下の力持ち、ユーティリティ・キャラクターである。101モーニングスター、実質的な影の支配者であるのかもしれない――メシを作る人間は偉いのだ。普段は純白のコック服に身を包んでいることが多いが、白衣姿の時もあれば、今のようにメイドスーツを着用することも多い。実はそういうの好きなんだろ、と聞かれればその通りだ、と答える彼女に後ろ暗いところは一片だってありはしないのだ。
「はい、どーぞご主人様!」
 マリベルから手渡されたジョッキを嬉しそうに差し出してきたミランダにサンキュ、と礼を言いながら逆隣のジャスティンのグラスをちら、とクリスは確認したが。
「ジャスティンはもう随分と呑んでいるので、ウーロン茶ね」
 有無を言わせないタイミングでマリベルがどん、とカウンターにウーロン茶を叩き置く。それも、ホット・ウーロンであった。
「ンモー、カーチャンみてえなこと言うなよー」
「次、カーチャンって口にしたら飯、抜きだからね」
 ギラリ、と手入れしていたアイスピックを光らせたマリベルに対しては、サーセンと苦笑いしておきながらジャスティンがウーロンを構え持つ。
「おう、お疲れ」
「隊長こそーっす」
 黄金色、泡立つビアジョッキと色気のないウーロン茶の湯飲みが軽く、打ち合わされた。

「んめぇー」

 ほとんど一息で半分程を空にして、クリストファは高くもない天井を見上げた。何とも言えない、掛け替えのない一時。家庭を持たぬ、天涯孤独の身ではあるがこの部隊にいる限り、自分は少なくとも孤独ではない、この感覚。普段、とても恥ずかしくて口に出来やしないが、胸のみならず、その目の奥が熱くなる瞬間でもあるんだな、これが。

「隊長、レバニラ炒める? あとギョーザが今日は出来ますけど。締めにラーメンもありますからね」
 カウンター向こうで、マリベルがくすくすと笑いながら尋ねてきた。どうも、この人には全てお見通しのようだ。
「隊長が命じる、マリベル・トワイニング少尉は直ちに任務に掛かるように」
「イエス・サー!」
 メイド長は完璧な宇宙軍、二段階敬礼を行った。
「あたしも、手伝うー」
 メイド二号、ミランダがその背中に続いて厨房へ。

「イレギュラーがあったって耳にしましたけれど」
 ミランダの姿が消えたことを見計らうようにして、ジャスティンが小声で尋ねてきた。
「ええ、テロ屋の看板をかぶったクソ強盗みたいなもんで。政治的背景も無さそう、どうも」
 へえ、と呟いてジャスティン・シューマッハは不味そうにウーロン茶を啜った。年齢は28、本来は民間企業である『ラリー・インダストリー』所属のテストパイロットだったが、その操縦技量と何よりも『とある人物』からの依頼があった結果、どさくさ紛れに101所属となっている人物だ。良く言えば、傭兵とでもなるのだろうか。実際、戦後の大混乱にあって場所空間を問わず、PMSCs(Private Military and Security Companies=民間軍事会社)が大きく躍進していることもあったから、珍しい一例でも無かったのだが。階級は少尉扱いということにはなっているが、実際の所、このモーニングスターでは階級制度はほとんど機能していないと言っても良い。時と場所によっては最年少に近いクリストファが相手に対して、敬語を用いることすらあるのだ。
「安定平和とか夢のまた夢かー、ったく……」
 手持ちの無煙煙草を一つ取りだして、そんなジャスティンは大きく嘆いた。
「なんか近い内にとんでもねーことが起こりそうな気がしますよ。政治もぐっちゃぐっちゃだし、あと前の戦争でどんだけ行方知れずの武器があることやら、実数だって把握できちゃいないです」
 一本頂戴、と煙草を拝借しながらクリストファ。
「ああ、いやだいやだー」
「ですですぅ」
 しょんぼり殺伐としている二人組に、このタイミングで前菜を投入してきたのはミランダであった。
「まず、これからどうぞ、って。あと隊長はビールおかわり?」
「あ、オナシャス!」
「ハイヨロコンデ!」
 満面の笑みで空のジョッキを受け取ったミランダがカウンター向こうに回る。
「居酒屋みたいになってきたな」
 笑うクリストファに、ジャスティンが違ったっけ? と笑い続く。
「はい、どーぞ。ギョウザもうちょっと待ってネー」
 どん、とビールを置いて、再びミランダは厨房に向かった。過去の事故、酸素欠乏によって幼児退行と知能低下の甚だしかった娘ではあったのだが、やはり『とある人物』からの依頼があってこの101の正規メンバーとして迎えられている存在なのだった。艦載機を始めとして、身に付いた操縦技能は卓越したものを保持し続けていた彼女であったが、とにかく『自律』して動くことが出来なかったことが問題視され、一度も軍役に就くことなく除隊させられていたところを『民間』のテスト・パイロットとして拾われた、そんな経緯があった――と聞いている。前述のジャスティンは半分、彼女の『お守り』を兼ねての派遣であった側面も否めないらしいが。また、101後方で通信士を務めているマノア・ルヴァトワは彼女の実の妹でもある。こちらも、どうせならとクリストファが水面下で手を回した部分だったりもしたが。
「…………まあ、さっきの『やりとり』含めても随分、『戻って』きているみたいでよかったなー」
 ジャスティンがやはり、ミランダ本人の影を気にしながらぼそっと呟いた。
「仕込んでないでしょ?」
「やらないっすよー。俺もビックリしましたもん。どこで覚えたんだか、『宇宙の海は俺の海』、なんてさ」
 くかか、とジャスティンは快活に笑う。本当に、心から嬉しいのだろう。
「人間ってすげーですよね」
 最初、出会った時はクリストファに近付くことも、笑うこともできなかったミランダ・ルヴァトワ軍曹。次第に、妹やジャスティンの背中から離れるようになり、二人きりでも話ができるようになり、笑うようになって。そして、冗談を言うように、なった。

「いい部隊になったなー」
 そんな恥ずかしい言葉も口をついて出るというものだ。しんみりとしていた二人だったが、ヌッとカウンターに影が掛かったのはその時。

「やあ、隊長、ここにいたのかぁ――お姉さんったら随分、探しちゃったぞー」

 振り向いたら、氷の微笑、満面のフローラさんが立っていた。っていうか仁王立ちだった。湯気じゃない何かがゆらゆらと見えたような見えなかったような。

「でさ、ジャスティン、明日のブリーフィングについてなんだけど――」
「あ、隊長すんません、ちょっとオヤジさんに報告あったの忘れてました――じゃあね!!」

 ジャスティン逃亡。

 うわー、行動が早いのはさすがにパイロットだなー。

「まあフローラさん、取り敢えずはこっち来て座りなy」



                                    (おわり)

posted by 光橋祐希 at 00:00| Chapter:02 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2643年01月01日

Chapter:02『人の間、星の間』-06



   VI

「『アキレス』回収、繋留(けいりゅう)も完了ーす!」
 海兵隊員の艇内無線に対して、ソフィ・ムラサメは大きく頷いた。彼等の隊長が脱ぎ捨てていった『長靴』は、こうして滞りなく回収される運びとなった。
「ご苦労様。帰還航路に入ります、大したものじゃないと思うけれど各自、耐慣性負荷を留意して」
 簡易空母艇『ハインド』、その各種データを呼び出し確認しているソフィの隣でエミリナ・ロードスが操縦桿を握り込む。
「……今頃隊長達は、それこそ一足先に足を伸ばしているんだろうなぁ」
 立体表示された艇前面、その映像に各マーキング処理が施されていく。予定航路、概算帰還時間、燃料効率比、機関温度に船外温度、諸々だ。
「イレギュラーでしたしね、早く休んで貰っておく方が良かったかと」
 鬼のようなスピードでデータ類を処理しながら、ムラサメ臨時艇長は言う。
「『一騎当億』だかんね、あたし達のリーダーって」
 各種機器類、その数値を一瞥(いちべつ)してエミリナが応じた。そんな表現が誇張でないこと、それが実は一番恐ろしいことでもある。
「『白いワイヴァーン』」
 実戦――この場合は火星沖会戦――への従軍経験の無いソフィ・ムラサメとしては膨大な資料及び、各証言などから間接的に窺い知ることしか出来なかったのだが、それでも。
「少数精鋭、その存在が戦局に影響を及ぼしてしまった、美しくも恐ろしい一例……」
 士官候補生時代の教官の言葉をソフィは、そのまま口にした。その戦後、宇宙軍参謀部が戦術略検証の一環として、当時実際に行われた各作戦、戦闘の推移概略を立体アニメーションモデル化したものを講義の場で見せられたことがあった。当時、901と呼ばれていたクリストファ・アレン率いる航宙部隊が前線へと投入された瞬間から、戦場戦域全体に、劇的な波紋が揺れ広がっていく様子は、その場の全員を唖然とさせたものだ。
「隊長も、あたし達も必死だった、それだけ」
 隣のエミリナがそう嘯(うそぶ)いて笑ったが、これは話題の転換を望んでいたのかもしれない、そう酌み取ったソフィは一言、帰投します、と。

「ん!?」
 エミリナの声が引っ繰り返った。
「どうしまし――」
 た、まで続けられなかった。その瞬間に、ソフィ自身も異常を察知したからだ。
「なななに、これ――」
 主端末機器は疎(おろ)か、あらゆるサブも入力を受け付けてくれない。あらん限りの立体ディスプレイの全展開を実行したが、これもその殆どが灰色、グレー。

「舵もなんも効かない!! おかしい!!」
 エミリナが先に悲鳴を上げてくれたので、ソフィとしては逆に冷静になる数秒を確保できたことになった。生命維持に関する部分は、全く通常――もしや。
「――通信が来なかったとしたら、この状況で戦闘体勢に入るしかないですね――クーガーさん、白兵の準備だけ行ってもらえますか」
 唯一。本当に、唯一の理由根拠。それへと思い至ったソフィは、騒ぎを聞きつけて飛んできたマグヌス・クーガーに要請するのだった。
「……おう……それにしても妙じゃないかい、ソフィちゃんよ」
「そう思います」
 ソフィちゃんと呼ぶのは止めて下さい、そう口にしない程度の危機感をムラサメ中尉は自覚していた。
「……早くしなさいってのよ、通信でもなんでも……」
 静かな微笑みを基本、絶やすことのないソフィ・ムラサメの、その整った顔にやはり相応しく流麗なカーブを描く眉が、それでもヒクヒクと痙攣(けいれん)し始める。

 遠い祖先にフランス系の血が存在した結果としての名前、ソフィ・ムラサメ。

 複雑、しかしいっそ芸術めいた遺伝子による演出成果。

 漆黒の宇宙空間よりも余程に黒々とした鴉の濡れ羽色の髪に、やや緑掛かった瞳、そして処女雪を彷彿(ほうふつ)とさせる真っ白に透き通る肌。

 彼女が軍人であることを一目で見抜ける人間は、まずいないだろう。


 立てば芍薬(しゃくやく)

 座れば牡丹(ぼたん)

 歩く姿は百合の花

 と、人は言う。


 そんな清楚可憐なソフィちゃん。

 時の流れは残酷と申しましょうか、或いは、環境の激変か。

 朱に交わればなんとやらとか。


 エミリナとマグヌス他が、苦笑している中、遂に堪忍袋の緒が切れた。無線を全域、オールレンジ発信に乱暴に設定し、ソフィは大きく息を吸い込んだ。



「てっめえら――花の『教導隊』に喧嘩売っていることの意味――」

「わあああああああああああああかってんのか!!!!!!!!!」

「ブチ殺すぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」





   ◆ ◆ ◆




 火星に『星』が降った、あの日。

 そう。夕焼けに掛かりかけていた頃合いだったと思う。
 
 管制塔の屋上で、私は見たんだ。
 
 綺麗な光の筋が一つ、細かな光を振り撒きながら西の空から。

 すぅ、と。

 流れ星?

 いや、違う。
 
 燃え尽きることなく、その光は尚も輝きながら、地平線の向こう側へと消えていった。

 遅れて響き渡る轟音と、もしかしたら『それ』に由来していた烈風に全身を洗われて、思わず地面に伏せてしまった。


 『それ』が流れ星などではなくて。『人』が乗っていたことを知るのは、もうちょっと後になってからのことだった。


 『ウェイブ・ライダー』と呼ばれる存在、人は――

 多分、その瞬間から。

 私の中では畏敬の存在となっていたのだろうと思う。


   ・
   ・
   ・

「『剣』と『槍』は揃っているんだ――あとは――」

 軽く昼寝、のつもりが一時間半をしっかりと過ぎてしまっていた。自分の寝言で目覚める、なんとも妙な寝起き感覚である。いや、そもそも自分が何を口にしていたのか、それも思い出せないのだけれど。
「あー……」
 随分と、妙な夢を見ていたような……そんな気分。軽く伸びを行って、カプセルベッドから両足を抜いた。
「隊長達、戻ってくる頃合いかなあ」
 そんな独り言に答えてくれる人間は誰一人、その周囲にはいない。まあ、お陰で意味不明な寝言を第三者に聞かれることも無かったわけだが。
「ふぁああ――」
 遠慮のない欠伸をしながら、その右手指にはモーションサインを行わせた。日常生活ではまず、行わない指、それぞれによる組み交えを認証した端末が、幾つかの立体映像を彼女の眼前に投影させた。
「ん?」
 部隊状況を示すウィンドウによると、既に隊長を始めとした数機が帰還していることになっている。予定より早いじゃん……ンモー。

 取り出した手鏡で軽く髪型他を確認して、ヲチミズ・アスカ曹長は私室を軽やかに飛び出した。



   ・
   ・
   ・

「思っていたよりも髪って重いのだな……」
 絶世のイケメンがやはりイケメン口調でキリッと、それはそれはニヒルに言う。鬼の教導隊は隊長、クリストファ・アレン少佐その人である。
「イケメンさん、気取っても絵にならんよ――今の状態じゃあねぇ」
 プススー、と笑いを噛み殺しているマリベルがショットグラスを揺らした。酒豪揃いの『ハイランド』、101部隊にあって、間違いなく最も肝臓の強い女である。彼女にとって一杯を引っ掛けた上での調理任務など、それこそ晩酌前。軍規? 何ソレお酒より美味しいの?

「もうちょっとだ、動くんじゃねえぞ――動いたら、死」
 ゴキリと首が鳴りかねない剛力でクリストファの頭部をその背後から固定し、その長髪を無遠慮に弄り回しているのは、フローラ。クリストファからすると、自分の頭部に何が起こっているのか、全く把握は出来ていない。じわじわと、妙な『重量感』が加えられて行っている、そんな妙な感覚が先の発言に繋がるわけだが。
「くっそ、ストレートのサラサラでほんっとむかつくわぁ」
 好き勝手に弄り回しておきながら、そんな悪態をフローラが吐く。
「へえ、盛り髪かぁ――生で見るのは初めてだなー」
 ぐびとグラスを空にしながらマリベル。一体何がどうなっているのだ、俺の頭……諦めてはいるクリストファのそんな髪にヘアピンとかナニガシがざくざくと容赦なく差し込まれていく。まあ、これでフローラの怒りが鎮まるのなら了とするべきだな。

「……完成!!」

「ぶははははははははっ!!!」
 マリベルがカウンターをバンバンと叩きながら、爆笑した。え、アンタ、製作過程見ていたんじゃなかったか、とさすがに不安になるクリストファである。どれだけ? 隣で鼻息をムフーと噴いて満足げなフローラの様子からすると『仕上がり』は相当に優れているようだが。
「出来たのぉー?」
 厨房奥から顔だけニュッと出してきたミランダと目が合った。

「…………」
 その整った顔、両の瞳がこれでもかと見開かれていた。

 何か言えよ、とクリストファが促す必要は無かった。

「お、おおおおおおおおおおお!!!!!」
 突進してきたミランダがそれはそれは嬉しそうに、座ったままのクリストファの周囲をぐるぐると回り、そして頭部上の『何か』をこれでもかと撫で回してくれたから。

「崩れねー内に写メ撮っとこうぜー。伝説の『昇天ペガサスMIX盛り』、イッチョ上がりぃ!」

 フローラ本人は元より、賛同したマリベル、ミランダもそれぞれの携帯端末でバシャリバシャリキュピーンと写真撮影を開始した。

「目線くださーい」
 と言うマリベルのリクエストには喜んで応じてやることにしてやった。
「コッチ見て小悪魔的に笑えー」
 そんなフローラのリクエストにも進んで応じてやった。

 もうヤケクソだ。あー、それにしても餃子うめぇ。

 ギャル(古代語)達がキャッキャウフフアババフヒヒと笑い続けている中、クリストファはただただ箸を動かし、ビールで満たされた杯を空にし続け――



『Its an Emergency!! Commander Allen, to OP Room ASAP!!(緊急!! アレン隊長、至急管制室にお願いします!!) 』


 これが余程の事態、緊急事態であることは、この瞬間にして、明白だった。

 マノア・ルヴァトワであろうオペレーターが、隊長の個人端末に飛ばす猶予もなく、『ハイランド』全体への放送を行ったことが、まず異常、異様。

 そして、何よりも『英語』だった!

 As Soon As Possible,ASAP.

 可能な限り、ときたもんだ。

 101における使用言語は、基本『日本語』なのだ。マノア・ルヴァトワがMother Tongue――母国語である英語の使用運用を、躊躇(ためら)わなかった、それが示す非常性。

 隊長を意味する『Commander』、その響きが妙に新鮮だ、と感じた時には既にクリストファは食堂『ルースト』を飛び出していた。

 任務空けの非番を想定した、それなりの量の飲酒。けれど、全く危なげのない全力で、クリストファが管制室へ向かうのに、続く影が一つ。

 後方なんて確認してもいないが、分かる。自分と同じアクションをこうも起こせる人間は、彼女しかいないのだ。

 相棒!


   ・
   ・
   ・

 大好きな隊長(パパ)とお酒でも楽しもうかと『ルースト』に足を向けたその矢先だった。オペの引っ繰り返った全艦放送を受けることになったヲチミズ・アスカ曹長、その眼前を隊長(父親)がBダッシュで走り抜けていくのに、二段ジャンプで続いていくフローラ副長の姿があった。なんか、隊長(ダディ)がとんでもない『かぶり物』をしていたように見えたのは気のせいだろうか。
「なにごと――」
 呟いてみてから、自らの対応に思考を切り替えた。非番の身ではあるが、これは艦載機での出動待機に自分は備えるべきなのだろうか、否か。前代未聞の判断ではあるが、そもそも同期オペ子であるマノア・ルヴァトワが英語で放送を流したこと自体が、深刻。ぺーぺーの自分でも、それは分かる。
「ううーん」
 この『ハイランド』には、本当に必要最小限の人員しか詰めていない。可能な限りの人的資源、その省力化が徹底されていることもあるのだが、それでもざわついた雰囲気は十全に、ひしひしと伝わってくる。逡巡はあったが、新人の自分が判断を決する必要もないのかな、等とやや後ろ向きなことを考えてしまった自分が少しだけ、嫌になってしまった。
「とりあえず」
 ビール、ではなく。とにもかくも、パイロットは『取り敢えずブリーフィング』が鉄則。胃袋が僅かな空腹感を訴えているが、許容範囲内かと判断。アスカは『ハイランド』のメイン・ブリーフィングルームへとパンプスを向けた。

   ・
   ・
   ・


「何があった!!」
 管制室に飛び込んだクリストファの第一声だった。広くもない管制室に詰めているのはクリスを含めて三名。そして、追い着いたフローラでプラス一名。
「二番艇『ハインド』からの定時連絡が停止した為、確認を行ったところ、友軍より軍令に伴う強制停船措置を取った、との通信を受けました――現時点で、『ハインド』との直接通信は行えておりません――」
 用意していたのであろう、マノアの報告は極めて明瞭だった。その隣席のレオノラ・リーランドはこれまた複数の機材を同時に並行操作するという神業(かみわざ)を行使している真っ最中だった。
「どこのどいつがそんなふざけた真似を行いやがる――」
 ぎり、と歯を食い縛るクリストファの肩にフローラがそのしなやかな手を置いた。
「古今、例の無いことだ――妙だよ、何かがね」
 落ち着くんだ、そう続けたフローラの言葉を追うように、マノアの部下であるオペレーターが悲鳴を上げた。

「ほ、本要塞――『ハイランド』の一切の権限放棄の請求が行われるようです!!」
「付け加えると――武装解除も来るかもしれんです、隊長」

 レオノラの捕捉に、クリストファの眉毛が危険な角度に持ち上がる。

「は、発、月面宇宙軍統合本部より――正式なコードが付加されているのを……確認」

「んな馬鹿な!!」
 恐らくは代わりに声を上げてくれたフローラの手を、ぎゅっと握り返しておいて、クリストファは端末を取り出した。全てを把握したフローラがオペレータ組に指示を飛ばすのを横目で確認しながら、コール。回線は直ぐに繋がった。相手はハインリヒ・レスター大佐。名実共に、彼等の親父分であり、この『ハイランド』でクリストファより階級が上の人間は彼しか存在していない。

「オヤジさん――休みのところ、申し訳ない――はい、はい。こっちも何もわかっていないんですわぁ――はい、はい……え? 地球サイドの様子がおかしい?? ……なんのこっちゃ……あ、ま、あ何かあったらまた連絡しますー。そっちはそっちでお願いしていっすか」
 通信を切断、端末を甚平袖に挟み固定したクリストファに対し、察しの優れたマノアがマイク端末を差し出してきた。軽く、礼を示したクリスは大きく息を吸い込んだ。

「緊急、『ハイランド』全乗員、隊長より達する――少々、退っ引きならない事案が発生している。総員、二種戦闘配置に着いて貰う。非番の者は申し訳ないが、ブリーフィングルームに集まって欲しい――アラート直の両名は、コックピットでの『アラ待(※アラート待機)』にランク格上げ、指示を待て。それとメカニックチーム、58号機のメンテナンスは自分から指示をするまで無期限延期だ、すまないが従来のメンテを大急ぎで頼んでおきたい。海兵組の判断は任意、何かあればこちらから命令を行わせて貰うが手透きの人間がいればやはりブリーフィングに参加して貰いたい。各自、すまないが、こちらでも確定情報が少ない。以降の連絡を待って欲しい。以上の件、直ちに掛かれ」

 マイクを返却し、クリストファは管制室のレーダーに目を向けた。数少ない輝点の中、異常を示すものは見られなかった。当然、民間船舶或いは友軍のそれ、ということである。一際に主張しているポイントが、恐らくは何かを『しでかして』いるのではないかと邪推は行えたが。

「フローラさん、ブリーフィングルームの用意を頼む」
 差し当たって、隊長として今、命令できるのはそれぐらいだった。部下の安否が気になる一方で、出来ることと出来ないことを分別すること、それをクリストファは過去の戦いの数々で学習していたのだった。望むと望まないとに関わらず、ではあったけれど。

 ――全部は、できないんだ

 ――全部は、救えない、助けられない

 なんで、どうしてこうなっちゃうんだろうな僕――もっと、年相応にポジティブであるべきなのに。口にはしなかったが、雰囲気には出ていたのかもしれない。察した背後のフローラが、軽く抱き竦めてくる。その感覚を、行為を否定する根拠は今のクリストファには全くなかった。

「了解しました、隊長。何かあったらコールするし、して頂戴ね――クリス」

 じゃあ、そう言って管制室を後にしたフローラ。

 『ハイランド』はその床面を踏み締めてブリーフィング・ルームへと向かい走る中、現在のクリストファの髪型のことに関して触れおくことを失念していることに、フローラ・ザクソンは未だ気付いていなかった。




   ◆ ◆ ◆


「なんか、公共電波帯で放送禁止用語をシャウトしまくっていますが……」
 渋い表情の女性オペレーターに対し、やはり苦虫を噛み潰した顔の艦長席の士官――つまりは艦長職なのだろうと推測できる――は軍帽を掻きむしった。
「こっちの座標は特定されていないのだろうな?」
 実はとんでもなく情けないことを口にしてしまった、そんな艦長がねじり上げた軍帽には『ハバロフスク』の文字列がある。
「艦長、そこまで怯えずとも。所詮、武装もまともにない軽輸送艇が、それも一隻。それに対し、こちらは進宙ばかりの新鋭巡洋艦です」
 涼しげな顔で、しれっと口にしてくるこの佐官もまた、艦長の機嫌を損ねている存在だった。月面司令部就きの憲兵団、普段であれば艦艇に足を踏み入れることもないようなエリートコースの若造だ。引き連れてきた子飼いの部下多数と共に、艦内を我が物顔で闊歩すること、二日。いい加減に我慢も限界というものだった。そんな暇があれば少しでもこの船の慣熟を行いたかったのだが。
「アルボガスト少佐、アンタはわかっちゃいないんだ。クリストファ・アレンという響き、そしてそれが持つ意味を――」
 強引な乗艦ではあったが、諜報部やら憲兵隊やら、何やらが盛大に根回しを行った結果、軍令としては体裁が整っており、間違っていないものになっている点がまた、訳が分からなかった。せめて、自分達が何を目的にして『駒』とされているのか、それぐらいは知りたかったのだが。なんだかんだと、中間管理職は厳しい。世間一般の人間が思っている程、艦長と言う存在は自由ではないのだ。
「パイロット上がり、小生意気な一少佐にどうしてそこまで、恐れ戦(おのの)くのですかホロヴィッツ艦長」
 フフン、と鼻先で笑うアルボガスト少佐であった。実質の中佐待遇であり、かつ『先任』の対象を、こうも笑いものにするとは凄いな、口にはしなかったが艦長は彼を本当に心から嫌うことにした。

「艦長、より過激な放送禁止用語になってきました……」
 うんざりとした顔のオペレーターの報告だった。
「で、どうするんだ、少佐」

「もう少し、『ハイランド』の反応を待ってみましょう――出方を見てみたい本音が一部『上層部』にあるようでして」
 くつくつ、と嫌な笑い方をする男だった。
「改めて言っておくが、艦載機を向けるつもりはこれっぽちもないからな。それだけは忘れんでほしい」
 艦長として、絶対に譲れない一線だった。いや、無理。と言うか命令しても、誰も飛ばないだろうとすら思う。

 クリストファ・アレン――その率いる101部隊と対峙せよ、など、部下に命令できるわけもなかった。



   ・
   ・
   ・

 同じ時刻。

 地球本星はオーストラリア大陸、シドニーにて軍事クーデターが発生していた。

 勿論、現時点でのクリストファ達には知る由も、なかった。




   ◆ ◆ ◆


「三号機『虎』、異常無ぁあああし!」
「了解した。シャリー、四番の調子はどうだ?」
「四番『卯』号、出力極めて良好!」
「ようし、出力そのまーまー!」
「そのまぁまあ、ようそろー」
 重力均衡点、俗に言う『ラグランジェ・ポイント』の一角で新造艦のトライアルは行われていた。これは有人による機動実験、制御操船を行う本格的なものであり、この時点にあっては開発、建造元の『ラリー・インダストリー』所属のスタッフのみで行われている。正式な命名を始めとし、正規の軍人が乗り込んでくるのはもう少し後の話になるのだろうが、未だに宇宙軍部からの正式な指示が来ていないところに一抹の不安を覚える艦長代理、日村霧男であった。全長が1000メートルを超える、前代未聞の大型艦であり、現時点では開発名のまま、『アルティマ』と仮称されている船舶である。

「実質、予算限度額が無かったとは言え……我ながら、凄いモノを造ってしまったな……」
 やはり仮設された艦長席、その上で日村霧男は呆れた様子で呟いた。全長一キロのさながら『動く要塞』である。
「――他人事ってレベルじゃない発言ですよ、それ」
 オペレータ席のシャルロッテ・グルーミングが上司の発言に食い付いた。
「まあ実際に外装は持ち込みだったですしなぁ。主任の気持ちは、なんとなくわからんでもないですわぁ」
 臨時の操舵士を務めているジュリオ・デ・ロッシが新しいガムを口に運び、言う。

「リンダねーちゃんの、とんだ『差し入れ』だった、ってことで。いいんじゃない、お陰で工期が、凄く短縮できたんだしぃ」
 まあなぁ、そう返しておいて霧男は幾つかの立体映像を拾い上げ、流し確認を開始した。二年前か三年前か判然とはしないが――調べれば分かることではあるが――あの日、当時は旧友同期(腐れ縁)に過ぎなかった筈のリンダ・フュッセル博士からの一本の直通電話がそもそも、全ての切っ掛けではあった。

『多分、大昔のコロニー開発関係だと思うけれど、面白いブツが見付かったのでお知らせしてやりんす。つか、大掛かりな重機回収を手早くズギャアできるのってアンタらぐらいだろうしちょっと調べるぐらいしてやがってください、とリンダはリンダはお願いしてやってます。せいぜいありがたく思うですぅコンチクショ――』

 まあ、この時の霧男はここまで聞いて、それでも無言で受話器をそっと戻したのだったけれど。 

『――すみません、調子こいてました……』

 二回目の電話はまあ、態度が殊勝だったこともあって、話だけは聞いてやることにしたのだった。彼とその部下達が抱える新しいプロジェクト、その『動き出し』が色々な意味で鈍かったことも大きい。でなければ、同期のマッド・サイエンティストの与太話などに耳を傾けることもなかっただろう。

 ともあれ、結果的にそのリンダ・フュッセル博士の発見が日村達のプロジェクトを大きく前進、文字通りのロケット・スタートをさせるものとなったのは皮肉であったとしか言えない。従来、ラリー・インダストリー内にあってもフリーの研究開発活動を行っていたリンダ・フュッセルはいつの間にか日村率いる『TEAM-A』の常勤となり、そして本当に気が付けば、いつの間にか。朝、日村が起床した際に隣で当たり前のように全裸で眠っている、そんな関係になっている。

「そういえば、リンダねーちゃんまたぞろ、どっかに潜っているんでしたっけ?」
 パック詰めのレモンティーを啜って、シャリー。
「ああ、『アルテミス外地下』に気になる現場がある――とか出掛けてったっけな」
 探検隊よろしく、簡易居住施設までも備えた大型バギーに食料と水、酸素をこれでもかと積み込み、部下(犠牲者)一人を引き連れて、ヒャッハーと飛び出して行ったのは果たして、何日前のことだったか。
「リンダさん、『引き』良いですよね、なんか」
 仮設パネル、そのレバーを弄びながらジュリオ。彼は彼で、リンダ・フュッセルという人物を大いに尊敬している。
「工学畑の筈なのになんで『発掘』にその才能があるんだかよ……」
 だっはっは、と声を合わせて笑う三人であった。

「また何か、スゲーもん見付けてくんじゃね?」

 この時のシャルロッテ・グルーミングは、予言を行ったつもりは全く無かったのだが。

「行程、終了、帰還する。オートでいいぜ」
 特に含むところもなく、シャリーの発言を流した日村のこの言葉に、否やを唱える人間は誰もいなかった。



   ◆ ◆ ◆


 同日、同時刻。

 太陽系惑星連合日本自治国、横須賀空軍基地は基地司令執務室。

「なんで、どうして、『こう』も憲兵隊が動いているんだッ!!」
 日本空軍――正確には太陽系惑星連合日本自治国空軍、その中将である秋山千尋は色を失った。いや、そりゃ失うよ、色。ちょうど、その窓の外で要撃戦闘機SF-15、『スーパーイーグル』が離陸していったのでその声も掻き消されたが。
「宇宙軍の統率ってどうなっているんだ……」
 動揺が隠しきれず、コーヒーカップの中身が大きく揺れた。どれだけ、人材が払底しているというのかは知っているつもりだったし、であるから今回の自分等の『行動』に『直接』参加している存在がないのだが。

「プライベートな筋なのですが、報告は許されますでしょうか閣下?」
 情報元は明らかには出来ない、と露骨に前置いた部下の発言だった。
「貴女を信用していますし、どうこうするつもりはない」
 この一言で『通じ』なければ、秋山千尋は詮索を行うつもりはなかったのだが、部下はあくまでも涼しげに。
「……クリストファ・アレンとそのグループに対して私怨を抱いている連中が動いているようだ、と仄聞(そくぶん)しております……宇宙軍的にマイノリティな『彼等』のようで、逆にそこが危険なのではと憂慮する向きがあるようで」
 ガッ、と執務机を拳で殴りつけて。その硬さ、跳ね返った激痛に悶絶した秋山であった。宇宙の、憲兵が動いている理由に、心当たりが有りすぎたのだ。まさか、そこまでとは!!

「んなああああああああああああああああああああああ!!!」

 閣下、と本当に心配して駆け寄ってくる部下を制し、今だ痛み痺れ止まぬ右手で、千尋は受話器を引ったくった。

 あらゆるコネ、人脈を駆使消費する覚悟で。

 クリストファ・アレンを『守らなければならない』のだった。





   ◆ ◆ ◆


『で? まずは用件を聞こうか?』
 ようやく繋がった映像回線、その画面向こうのクリストファ・アレンの第一声がこれであったことにアルボガスト少佐は非常に気分を害した。いや。気分を害したのはそれだけではなくて。
『おい、ほら、まずは官姓名を名乗りなさいって。場合によってはこっち、本当に戦闘体勢に入っちゃうよ』
 殊更に自分の拳銃を弄びながら、クリストファ。宇宙軍制式採用拳銃『スペース・イーグル』であり、それも宇宙軍に一丁しか存在しない、彼専用のカスタム品であった。

「――自分はアルボガスト少佐、宇宙軍月面司令室所属である」

 あっそう、と気怠げに答えつつ、横から差し出された塩ムスビに齧り付く対象。

「…………何故、貴官はこの状況下で飲食を実行するのかね……?」
 本当はもっと、アルボガストは言いたいことがあった。あったけど。
『はあ、そうですなー。ここに美味そうな握り立て、メイドさん愛情大爆発の塩ムスビがあるからだ、ってのはどうです? 少佐殿――あ、マジでうめぇわこれ。マリベル、もう一個くれ』
 プッ、と『ハバロフスク』艦橋オペレーターが噴き出した。それを誰が責められよう。

 タダでさえ、『銀髪の盛り髪』で、『甚平装備』が、その『対象』なのだ。あげくに、恭しくランチボックスを差し出した人物がこれまたクラシック、この上ないメイド服。

 なんでキャバ嬢みたいな盛り髪なんだ、なんでメイドなんだ――いっそ聞いて楽になりたい――クソッ、と心の中で盛大に唾棄したアルボガストはそれでも平静は装えた。
「少佐、君のような人間が与り知る所ではないだろうが地球本星では、崇高なる使命に基づいて――」
 アルボガスト少佐は紳士だったのかもしれない。少なくとも表立って動揺を見せず、質問を行うことが出来た、その一点においては。

『あのさぁ』
 容赦のない、冷たいクリストファの言葉が続けられる。

『アンタ等、オレサマの大事な大事な部下――尻の穴に入れても痛くない寧ろ感じちゃうビクンビクンなほどに可愛い可愛い部下達、その船のコントロール奪って、そしてこっち『ハイランド』のコントロールも潰そうとしているんでしょ? なんなの?? おまえらバカなの??? 喧嘩売ってんの??? 死ぬの???』

 顔は笑っているがその両の目は鋭いままのクリストファ・アレンのこの言葉に、『ハバロフスク』艦橋は音を立てて凍り付いた。殺意は、言葉に乗せられるのだ、それを多くの人間が思い知った瞬間でもあった。

 そして、クリストファは更に付け加えた。

『コード承認諸々も含まれた上層部からの連絡が無いし、ワケが分からないのが本音なんですがね――早く、結論から言ってくれよ。お前等、何がしたいんだよ――』

 完璧なタイミングでサッと出された湯飲み(玉露)を傾けて。

『――自分達に対する強制教導行為なのだとしたら、これは全力で抵抗しちゃうんだけど、どうなん??』

 と。






   ・
   ・
   ・

「もうやだ――なんなのこいつら」
 先程までのAGEっぷりもどこへやら、アルボガスト少佐はその顔を両手で覆い嘆いた。また十分後に連絡する、いやします――と泣きを入れる羽目になって、最初の言葉だった。そもそも、こればかりは認めざるを得ない現実だが、大変に美人な――それこそ、一位指名ド独占中のキャバ嬢と言われても信じる人間はいるだろう――対象が恐ろしく下品な喩えを行ってこちら罵倒してくるってのは、どう控え目に言っても心が折れるというレベルのものではなかった。アルボガストはマゾヒストではなかったので、この類の仕打ちに快楽を覚えることはなかったのである。

「だから言ったじゃねーか、あいつらマジゲロやばいんだって……」
 思わず、慰めるようなことを自分が言ってしまったことには他ならぬホロヴィッツ艦長自身が驚いた。
「実質、現段階で唯一の特務部隊なんだよ――ワシもコッパ艦長なので詳しくはしらんが命令系統は限りなく上層部直結のはずだし、茶々を入れられる存在なんかじゃないっての」
 何が目的なのか、或いは挑発行為、それ自体が目的だったのか、と推測は付き始めている艦長であった。そうすると、鉄砲玉にされているこの青年佐官も哀れと言えば哀れな存在なのかもしれぬ。


『仏説摩訶般若波羅蜜多心経――』


「ばかやろう、こんな時にふざけてんのは誰だ!!」
 艦長の怒りも、ごもっともだったが。

「捕捉している『ハインド』からのオールレンジです!!」
 主オペレーターが涙目を隠そうともしない。
「罵倒続ける中で語彙が足りなくなったようで……」
 サブ席のオペ子がげんなり呟いた。

「それで、なんで般若心経なんだよ!!」
 艦長の突っ込みも宙に掻き消える中、僧侶ソフィ・ムラサメの詠唱は朗々と高らかに続いていく。


『観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空――』


 いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!

 KOEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!

 おかあちゃあああああああああああああん!!!

 『ハバロフスク』艦橋は、悲鳴の渦に呑み込まれていった。

 聞き手に音圧までもを感じさせる読経が続く中、アルボガストは改めて呟くのだった。力無く。

「……もうホントにやだ、こいつら……」




posted by 光橋祐希 at 00:00| Chapter:02 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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