2648年01月01日

Chapter:02『人の間、星の間』-01


   I

 漆黒の宇宙空間に浮かぶ一滴の水玉、地球。そこで発生した知的生命体は自力、独力とは呼べないものの、今や他の恒星系にまで進出するだけの宇宙科学技術力を手に入れた。276光年という物理的距離を隔て置いたアポロン星系第四惑星エテルナと、人類発祥の地である太陽系第三惑星。人類はそれぞれの時間軸の進行と共に歴史、歩みを進めることになっていった。

 だがしかし、移民惑星であった筈の『エテルナ』の目覚ましい発展に比べ、水を空けられたのが他ならない太陽系第三惑星『地球』を中核とする連合国家、『太陽系惑星連合共和国』だった。様々な分野での新技術の開発……特に、宇宙技術関係においてのそれは、エテルナ側の独壇場となりつつあったと言っても良いだろう。
 これは太陽系内においてはその系内探査、調査が概ね完了していた一方で、アポロン星系にあっては系内の全容把握、解明が急務となっていた現実的な事情も相まって、太陽系内では需要が少なくなったその分野の技術を改めて再考、発展させる必要があったことが一番の理由として挙げられるかもしれない。必要は発明の母、と言う先人の言葉は決して、大袈裟なものでは無かったのだ。
 そんな『必要』に応じ、より高度な技術にて建造された探査衛星(有人含む)はアポロン星系全体に相当数が投入され、その結果、入植直後の概算を大幅に短縮した『12年と3ヶ月』と言う驚異的な短期間での系内、その全容把握へと至ることになった。
 根幹、その基礎として存在していた宇宙開発科学力を無視するわけには無論いかないが、地球から発生した人類がその系内の全容を把握するのに宇宙空間進出より百年以上の歳月を消費する必要があった事を鑑みると、これは尋常でない高速度であったと言えるのでは無かっただろうか?

 そして、植物に始まる遺伝子操作技術の尋常ではない進歩も無視のできない要素であったろう。地球に酷似している環境とは言え、エテルナの生態系は自ずと異なっていた。ここでは生態系、と言う言葉を用いたが、厳密に言うとエテルナには高等動物の類は一切が存在せず、植物にしても原始的な羊歯(しだ)類の存在、複数だけが辛うじて認められているに過ぎなかった。恒星アポロン、それ自体の年齢に関しては今も尚、調査が続行中であるが、太陽以上に若い恒星である事は確実視されており、第四惑星エテルナにおける生態系は進化の途上にあったのではないか、と言う見解が一般的である。
 初期入植時代のエテルナの人々はそんなささやかな、しかし特殊な植物類の保護と、実際問題としての自分達による食料の完全自給という、二律背反的な悩みに頭を抱えることになった。
 無制限、無作為に地球上の植物を植林すれば、エテルナ本来の生態を駆逐してしまう恐れがある。だが、食糧のある程度の自給、それはそれで早急の課題、いや命題に他ならない。持ち込んだ備蓄の食糧はいずれ底を突くのだし、救援を要請したところでホイホイと助け船を出して貰える訳もないぐらい、母星系は遠過ぎた。

『目に見えて減少していく食料庫、その総量点検はもっとも嫌な作業の一つである』
 当初は初代大統領シモーヌ・シュバリエによるものとされていたものの、後に彼女の筆跡でないことが明らかとなった、そんなメモは入植当時の困窮振りを的確に表しているものとして、今も博物館に展示されている。

 それでも、自給と生態保護――そのどちらの問題も解決する方法がたった一つだけ存在はしていた。生物としての本質をある意味で拒絶する技術でもある、遺伝子操作技術がそれだった。実質、太陽系でも長きにわたって実行、研鑽(けんさん)されてきた技術であることが、免罪符となった側面はあったかもしれない。ともあれ、エテルナ固有種のゲノム調査、及びオリジナルの確保も同時に行われ、この問題は一応の決着を見ることにはなった。

 完全な解決策となったかどうかは定かではない。そもそも、『エテルナと身勝手に呼称した惑星』に、ちっぽけな人類が入植をした、と言う状況を冷静に鑑(かんが)みれば、それこそ、傲慢(ごうまん)な自己満足に過ぎなかったとも言えるのかもしれない。

 シモーヌ・シュバリエ、その晩年の言葉を拝借すれば、
『それもまた、人の営むところ、繰り返しの一つ』
 とでもなるのだろうか。

 ともかく、現実的な線での敬意を根幹とし、神経質、或いは妄執(もうしゅう)と呼んでも差し支えない、それ程に徹底された操作管理は結果的に遺伝子工学に関する技術を飛躍的に進歩させることともなった。先にも触れたが、地球起源の植物には完全以上の遺伝子操作を施す必要があったからである。
 余談ではあるが、この禁を破った者に対しては『殺人』と並ぶ刑罰が設定された、その一点からもその徹底振りが自ずと把握できよう。

 牛や豚、鶏を始めとする家畜、家禽(かきん)の類にあっては、完全な培養品となっており、植物と同様に『栽培されている』と言う感が強いかもしれない。魚類に関しては西暦2500年代において、トリトン湾における魚類、貝類の養殖が開始されていたが、こと大型魚となるとこれはやはり培養による採肉しか認められていない。
 生態系と言うスパンは百年、二百年では判然としない。結果が出るのは千年単位後であろう、とある生物学者は述べたものだ。現時点で、取り敢えずは固有種の植物類が地球起源のそれに駆逐され、絶滅した――等と言う調査結果は出ていない。

 仕方が無いよな――と、若干の罪悪感を含めながらのこの考え方は、多くのエテルナ国民が等しく共有しているものであっただろう。実際問題、現実問題として、言葉を砕けば切実な問題として。食材が増える事を期待しない国民は極少数だった。その多くは、地球古来の、或いは新たな食材が自分たちの食卓に上る事を切望して止まなかったのだから。

 困窮、懊悩、敬意、畏敬、謙虚、錬磨、研鑽。それぞれに、少量の後ろめたさを含めながら。

 ともあれ、深刻な問題が発生することもなく、今や地球本星とほぼ――控え目な表現。全く、と置き換えても良いぐらいだが――同じ物の自給を可能としている、そんな現実はエテルナ国民達が心から誇りとするところである。

 その点で、彼等は今でも初期入植者達の事を讃えて止まない。入植記念日とされている7月30日には入植当時、直後の食事を再現して『ご先祖様達』に対する感謝の意を深める――これは、どこの一般家庭でも行われている代表的な儀式、その一つだ。

 黒パンにフライド・チキンとマッシュ・ポテト、各種ビタミン剤。

 このシンプルな食事は確かにエテルナ入植初期の人々を支えた貴重な、命の懸かった献立だった。スパイス類もほとんどなく、味付けは基本的に塩だけ。

 この貧相な食事を敢えて、その日の食卓に並べる。その味気無さに現代のエテルナ国民は毎年、驚き、嘆く。その反面、自分たちの現在の繁栄が『ご先祖様達』、初期入植民達の努力無しにはあり得なかったことを、飾り立てた言葉に依らず、実体験として認識することができるのだった。『シュバリエ・プレート』と呼ばれるこのセットメニューは無論、初代移民船団長であり、『エテルナ』の名付け親であり、後に初代の大統領となったシモーヌ・シュバリエにちなんだものである。

 宇宙科学、そして遺伝子工学においても目覚ましい発展を今も尚、遂げているエテルナ。

 エテルナは、過去歴史上の新国家の例に違わず、その有り余る無形のエネルギーをいかんなく発揮している。人種差別も宗教的対立も――そもそも固有の宗教は存在していない――また社会的階層も深刻なものは無く、学業、就業体勢も正に平等そのものだ。
『理想郷と言う言葉はエテルナの為に創られた』
 これは取材として訪れたものの、そのままエテルナに住み着いてしまった地球は北米連合自治州出身のジャーナリストが残した言葉だ。そんな彼は当初、往復十年以上というリスクを背負ってまで太陽系、アポロン星系間を往復する覚悟を決めていたのにも、関わらず。


   ◆ ◆ ◆


 さて。それでは、人類が発祥した太陽系においてはどうなのだろう?

 新技術の多くがエテルナの独占するところとなった、とは先に述べたとおりである。確かに、地球本星内における局地的内乱、そして各惑星自治群による悶着は常に発生しており、効率的とは言い難い運用ではあったのだろう。だが、それでも完全に活力を失っていたわけではない。
 何しろ、『ネビュラ・リーヌ』と言う自然現象を利用してはいても、276光年彼方に多くの人々を送り出す力があったのだから。

 最初は目に見えない程に小さな切っ掛けだったのかもしれない。エテルナにおいて革新的な技術が確立された――エテルナ製の無人衛星がその系内の探査の為、衛星軌道上より射出された――等と言うニュースが続くようになった。無論、それら情報がリアルタイムで届くわけではなく、当初は十年近くの期間が必要とされていたのだが。

『エテルナの人達、頑張っているんだな』
 入植開始その当初。志願制だったとはいえ、劣悪な環境下で過酷な労働を強いられている初期移民者達に対し、太陽系の人間の多くは同情の念を強く持っていたこともあり、その類の報道は非常に好意的に受け入れられていた。だが、次第にエテルナの技術力、生産力、その他が目に見えて上がり始めた時、太陽系の人々は気付くことになってしまった。

 エテルナの目覚ましい発展に対し、太陽系においては同等の発展、成果が見られない、と言う冷たい現実に。

 移民希望者達は急増した。旧態依然の体質が根強く残る、太陽系に見切りを付けた人々だ。優秀な科学者、技術者のエテルナへの流出が深刻な問題となり始めた。

 最初はそれでも、誰もが楽観的だった。だが、現実問題として景気の低迷に歯止めは効かず、元よりその色合いは強かったが、政治は完全に個人パフォーマンスが支配する衆愚と堕し、各種メディアもまたこれを挙(こぞ)って煽り立てた。犯罪は増加の一方を辿り、各都市部の至る所で銃の乱射事件や、猟奇的殺人事件等を始めとする凶悪犯罪が連続的に発生するようになった。一方で、その増加に対応しきれない警察機構の検挙率は低下していき、自らの将来を悲観した自殺者の数も急激に増加。

 これが、西暦2600年代の太陽系の現実だった。

 だが、何よりも太陽系惑星連合において致命的な痛手となったのは、西暦2652年に勃発した火星自治区政府による『叛乱』だった。長い年月と、等しく気が遠くなりそうな天文学的金額を投入されてテラ・フォーミング(地球環境化)を施された火星であったが、突如、その自治政府が独立を宣言することとなったのである。
 独立宣言より一分遅れで宣戦が布告され、本来はその太陽系惑星連合火星方面軍所属であった宇宙戦闘艦艇が地球の衛星である月、及び周辺のラグランジェ・ポイントに設置されていたスペース・コロニー群へと向けて侵攻する様子を見せ始める。その軍事的規模は、実に当時の太陽系惑星連合宇宙軍の30%近くにも値していた。

 全軍の三割、と聞けば、大規模だが深刻な物では無いのではないか、と思うかもしれない。だが、これは数字のマジックに過ぎない。太陽系惑星連合軍――この場合は正規宇宙軍だが――の全戦力が、一点に集中していた訳では無かったのだから。

 水星の宙域から、或いは冥王星付近にて配備されていた戦力だってある。残りの七割なんて、用意できるものでは到底無かった。

 事実、後に『火星沖会戦』と呼ばれることになるこの戦争――実質は内乱――において太陽系惑星連合宇宙軍が反乱軍に対して掻き集め、投入できた即時戦力というのは、辛うじて同数だったのだ。

 ここに、人類史上で初の大規模な宇宙戦争が勃発した。

 劣化ウランを仕込まれた実体弾の十字砲火、そして開発されてから一度たりとも人間に――正確に言えば人間の乗っている機体に――対して放たれた事の無かった新兵器『荷電粒子砲』の嵐が戦場を吹き荒れ、ミサイルの雨が戦場を蹂躙(じゅうりん)した。最新鋭の航宙戦闘機、AF-10『ワイヴァーン』が激烈に過ぎるドッグ・ファイトを展開、結果的に多くのパイロットが星間物質へと強制的に還元されることになった。言うまでもなく、その対象はパイロットに限定されたものではなかったが。

 屍山血河(しざんけつが)――文字通りの血で血を洗う様な激戦の末、太陽系惑星連合軍は辛うじてその鎮圧に成功はするものの、火星の主要都市部の軽からぬ物理的損壊、半数近くに昇る海産物養殖プラント及び農耕プラントの喪失、と言う実りの無い結果を得る事になった。

 そして、定義によっては『全滅』と表現されても差し支えのない『全損四割』と言う冷たい数字が示す現実。組織軍隊、宇宙軍としての損耗はこれもまた、甚だ深刻に過ぎるものだった。

 光明、唯一の救いは火星本星において最大の人口を抱える首都、スキャッパレリ市の被害が皆無に等しかったことだけ。

 火星における経済活動は主要都市部が大きすぎる打撃を被った事もあって、完全に停止。次いで、工業、農業の生産力も頭打ちとなり、これを皮切りに深刻な不況の嵐が太陽系内を駆け抜ける事になる。火星それ自体の経済力、生産能力は地球本星に続くものだったのだから、当然と言えば当然の事だろう。

 そして、その不況から抜け出せる要素が……当時の太陽系惑星連合には存在しなかったと言える。前後するが、様々な分野における新技術、開発が正にいよいよエテルナの独壇場となり始めていたのも、この頃だ。

 転落は早い。経済だけに限らないのかもしれないが。


   ・
   ・
   ・


 そんな状況に、『油』を注ぐ出来事が起こったのは、西暦2654年。

 逼迫する財政状況に業を煮やした太陽系惑星連合政府は、手っ取り早い解決策を打ち出した。実用化されたばかりの星系間重力波通信――これはエテルナ側からの技術供与であった――によって、エテルナ側に税率の引き上げ、並びに臨時国債の購入を勧告したのである。経済的に、今のこの時に『自由に動く金』があれば良い、と様々な業界筋と政治屋の思惑の絡んだ、その醜悪な結合作用でもこれはあったのかも分からない。
 自治権を丸ごと与えてあるとは言え、所詮、植民惑星に過ぎないエテルナに拒否される筋合いは無い――そう豪語して、時の連合議会上院はこの勧告発令案を半ば強引に可決、その内容を直ちに打診。実に、迅速な『政治』だった。
 さて、素早い返信が――と言っても実に発信より一年と半年後のことだった――来た。連合政府主席だったマイケル・クレメントはお気に入りのジャスミン茶を片手に、当時の流行歌を口ずさみながらその内容の確認に入った。

 返信が早いとはなかなか殊勝な心掛けではないか――と。

『顔面蒼白というのはああいうものだったのか』
 とは、その次席秘書官が後に語ったところである。蒼白の大統領閣下は正確に五回、その内容を確認した後、好物の筈の茶を噴き出しながらその場で卒倒してしまい、軍の救急医療センターに担ぎ込まれる事となったのである。

 その内容はと言えば税率引き上げや国債購入の拒否どころではなく、なんと完全なる『独立宣言』だったのである。

『今や、我々は完全に自らの手でその運営を司っています。植民星系国家ではなく、自治星系国家として、太陽系より独立を果たす時が来たようです。始祖、シモーヌの遺言をここに初めて、いや、『改めて』実行させて頂きます』

 混乱を招く国名の変更は行わず、あくまでも『エテルナ共和自由国』としての再建国。国母と敬われるシモーヌ・シュバリエがその晩年に至るまで、『完全な自治権』を拾い取れなかったことを悔やみ続けていたのは有名な話である。開拓国家と言う側面もあったのだろうが、ともかく過去の人の歴史、その例に違うものでは断じて無かったのだ。

 そもそも、厳密に言えばそんな両国家間に『宗主国家』、『植民地国家』と呼ばれる程に苛烈、熾烈(しれつ)な定義、関係も実情も存在はしていなかった。『君臨すれど統治せず』――もっとも、これは純粋に物理的距離の存在が無視できないものだっただけであり、そこに人情、温情的なものが介在した訳ではない。ともかく実質的には完全な自治権を、そしてやはりほとんど機能することは無かったものの互いに『大使館』を設置する等、表面的には『対等な国家』として『国交』が結ばれてきた『太陽系惑星連合』と『エテルナ共和自由国』の、両国家なのであった。

 しかし一方では、エテルナが喉から手が出るほどに欲しい地球上の各動植物の遺伝子、ゲノム情報を始めとしたものに掛けられるライセンス料は法外なものであったし――実質、言い値になってしまうことは述べるまでもないだろう――そして惑星開発初期に投入された資本の返済という大義名分に強引に上乗せされた安全保障や協力金、研究開発費等の名目でのGNP、その一部拠出をエテルナは要求され続け、応じ続けてきた側面があった。いずれもさすがにエテルナ本国の経済活動が軌道に乗ってからのことではあったが、品の無い表現を用いれば『アガリの上前をハネられる』――そんな状態に、永らくエテルナという国は耐え忍んできていたのだ。

 そんな今回の『独立宣言』の背景には太陽系からの『利息を含めた借金』も、その返済が計算上はいよいよ終わる、そんな現実もあった。

 宛(あて)としていた、或いは悪い表現を用いれば集(たか)ろうとしていたそんな太陽系惑星連合首脳部の目論見は、こうして無惨に打ち砕かれる結果となった。

 この独立宣言を受けて、エテルナに対して高圧的に臨むべきだ、という声は決して少なくはなかったのだが、何も打つ手を決める事が果たせなかったのが当時の太陽系惑星連合政府であった。議会は上院と下院の『怒鳴り合い』を装っただけの『馴れ合い』に終始し、エテルナの独立宣言を受けても何ら、実りのある政策を打ち出せない。そして、そんな状況は半年間近く、続く事になり。


 ――そして火が放たれる。


posted by 光橋祐希 at 00:00| Chapter:02 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2647年01月01日

Chapter:02『人の間、星の間』-02




   II


 太陽系第三惑星、地球が所有する唯一の衛星、月。

 かつては『静かの海』と人間の身勝手な都合で命名呼称されていた場所に、月面都市の中でも最大の規模を誇る都市『ルナ・ヘヴン』は存在する。
 ルナ・ヘヴンは人類初の月面都市でもあり、そして地球外天体における初の人工都市でもあった。このルナ・ヘヴンと、それより以前に建造された数千人の居住を可能とする数基のスペース・ステーションを足掛かりとして、人類はその活動領域を少しずつ少しずつ、拡大していったのである。
 まずは、もっともテラ・フォーミング(地球環境化)が容易だった火星、次いで金星。エテルナへの初代移民船団『アドヴァンス』もまた、このルナ・ヘヴンにて建造された。
 月面の重力は言うまでもなく、地球上の6分の1でしかない。低重力が人体に与える悪影響に関しては、人類が宇宙空間に進出した古き時代より知られて久しいが、それほどのネック、リスクとは程なくしてならなくなった。ややもすると骨から流出してしまうカルシウム分はより進歩した錠剤――通称『Cカプレット』や、その他諸々の薬剤の投薬などで簡単に補うことができるようになったし、何よりも月面の本格的な都市開発開始より十年程で発明、実用化された『重力制御機関』の存在が大きかった。
 開発当初はそれなりに高価で、病院や福祉施設等ごく限られた地域にしか設置されていなかったそれはしかし、メーカー同士の激しい開発競争も手伝って、どんどん安価となっていった。今となっては重力の低い場所を見付けるのが至難の技となっているほどである。

 そして、そんなルナ・ヘヴンの都市最北端部に本社、工場、研究所の全てを構えるのが、太陽系内最大の複合企業『ラリー・インダストリー』である。一般市民の月面や火星への移住が本格化した頃に設立された企業群をその母体とし、主に宇宙船舶(当然、軍艦も含まれる)の建造、整備等を請け負っていることもあってその技術力は非常に高く、この宇宙船舶業界において七十%以上のシェアを常に維持する事に成功しており、業界内では抜き出た存在感を誇っていた。

 そのスケールの大きさは、ルナ・ヘヴン市民400万人、その半数がラリー・インダストリーの社員、もしくは関係者である、そんな数字からも把握できよう。


 ――さて、場面はそんなラリー・インダストリーの特殊ドック兼研究所へ移る。

 公称は地上25階立ての施設ではあるが、実はその直下100メートルに、コード『AAA(トリプル・エー)』と銘打たれた社外秘の研究所、及びドックは存在した。ラリー・インダストリーが数多く抱える技術者達の中でも、特に優れた者達だけに入室が許されるエリアである。

 ここで、日村霧男とその仲間達が初めて歴史の表舞台に登場する事になる。

 時は西暦2654年末。エテルナの独立宣言より、半年が経過していた。


   ◆ ◆ ◆


「聞いていますかっ!? 主任!」
 コード『AAA』、そんな重々しいネーミングを誇るドックにはまるで似付かわしくない、明るくも抜けた声が響いた。声の持ち主はこれまた、この様な場所には不釣り合いな若い女性だった。見ようによってはティーンエージャー、『女の子』という表現がより近い印象を受けるかもしれない。
「――おう? ……どうした?」
 書類の束と格闘を行っている、主任と呼ばれた青年が生気の乏しい声で言葉を返してくる。見るからに手入れのされていない中途半端な黒長髪に無精髭、良く言えば『ワイルドなクリエイター』、悪く言えば『売れていないロック歌手』と言った形容になるだろうか。
「他に誰がいるんですかぁ――ちょっとココの配列が分からなくって……組んだのは主任でっしょー? 確認してもらえませんかぁ?」
 ここは栄えあるラリー・インダストリーの極秘の、開発エリアであってハイスクールでもビデオゲームの制作室でも無論無かったのだが、この二人の外見的な組み合わせがこの場所に相応しいかと尋ねれば多くの人間が否、とは答えるのだろう。
「ちゃんと確認したんだろうなぁ」
 中年の域に片足を踏み込み掛けているかもしれない青年は、いかにも面倒くさげに携帯端末を操作した。その眼前に該当の設計図面らしいデータを立体的に、複数のウィンドウごと呼び出した。
「なんか問題あるか、コレ――?」
 間違いなく、つい先程自分が手掛けた部分だ。ミスをする様なポイントでは断じて、無い。だが、女の子は引き下がらない。いや、引き下がれなかった。
「でも、第13ラインから38までがズレ込んでいるようなんですよぅ?」
 ココっす、そう口にし、ふわふわ浮いているウィンドウの一つを、むんずと掴んで該当の部分を拡大してきた。
「――あ、本当だ。スマン……」
 主任は溜息混じりの謝罪を行った。伸び始めた無精髭を撫で付けながら、一体、まともに剃刀を当てられたのが何日前のことだったかと考えてしまった。
「……最初ッから組み直しだなこりゃ」
 どうやら今日も自室には戻れそうにない。主任は天井を仰いだ。ぶっちゃけ逃げたい。
「――そろそろ休憩タイムにしましょうよ……お疲れのようですし」
 疲労感の湯気、負のオーラを露骨に発散させている上司に向かって、女の子は両手でTのマークを作りながらそんな提案を行ってくる。
「……そんな時間、経ったかぁ?」
 実に健全な提案だ、とは感じたのだが、口を突いて出たのはそんな言葉だった。そんな生ける屍――主任に対し、呆れた様子で彼女は腕時計を突き出してきた。立体時計は二十三時ちょうどを示している。
「もう六時間ブッ続けっすお! 私達が篭ってから!」
「むうん、確かにこれ以上、つまらんミスが続くのもなんだしなぁ……そうするか」
 心が揺れる。出来れば、もう少し区切りの良いところまではやっておきたい本音もあったけれど。
「そうしましょう!」
 と、相棒の彼女はスパナを持った左腕をグルグルと回した。
「――だね。では、すまないんだが各コンピュータ群を待機状態にしておいてくれる? 念のため、パスロック掛けるの忘れないでくれ」
「ウイス!!」
 ご褒美を貰った子犬宜しく上気している部下に対し、隠しきれなかった笑い声が自然と漏れ出た。
「何がおかしいですか?」
 嬉々として端末操作を行っている彼女が怪訝そうにこちらを窺ってきたが。
「なんでも」
 としか答えられなかった。それは、全くの事実であり、自分自身でも理由は分からない。若い者は良いなと思い掛けたのでは、と言う想像は心の底から全否定したいものだったが。
「…………変なの」
「ロック、ちゃんと頼むぜ」
 念押しをして、青年はすっかり機械油で汚れてしまった作業上着を脱いで、テーブル上に無造作に置かれていた社章が大きく刻まれているブルゾンを着込んだ。その腕の部分には大文字で『H・K』とだけ刻まれている。そんな原色、真っ青のブルゾンはAAAの栄誉を与るセクション、その構成員に対してのみ着用を許されるものだった。
「終わりました! スタンバイへの切り替え、確認!」
 満面の笑顔で報告を行った彼女だったが、当の主任は虚空を見つめたまま何か考え事をしているようだ。
「…………」
 その何時に無く真剣な表情に思わず見入ってしまった彼女だったが、
「……ヒムラ主任!!」
「――ン??」
 二度目に声を掛けた時の彼の顔は、いつもの緊張感の無いそれに戻っていた。
「終わりましたよ」
「ああ、ご苦労さん」
「……あのう………?」
「何だいシャリー?」
「カフェに行くんじゃないんですか?」
「――ああ、そう言えばそうだったねぇ」
「……………」
 二人は開発エリアを後にした。エリアの出入り口には管理コンピュータが設置されており、そこでまず二人は自分のIDと暗証番号を、それから網膜及び掌紋の照号を経てようやく外部と連結をするエレベーターに乗り込む事が許される。
 ちょっとした休憩に赴くにしてもこの手続きを省く事は出来ない。このフロアーが『極秘』のコードを持っているのは、伊達では無かった。

   ・
   ・
   ・

「お腹ペコペコですねぇ」
 そんな二人組はようやくカフェテリアに到着した。時間が時間なだけに、他の社員達の姿はほとんど見られない。手近な席に腰を降ろすと、来客を認識したテーブルがウインドウ・モニターを展開してくれた。今現在、注文可能なメニューがイラスト入りで表示されている。
 ヒムラ青年は和食御膳を、シャリーと呼ばれた女の子はサンドイッチとコーヒーのセットメニューをそれぞれ注文入力した。テーブル上のコンベアーに乗って、先にサンドイッチが、続いて和食御膳が流れてくる。実に迅速。
「あ、いいよ俺が払っておくから」
 手を挙げ掛けたシャリーを制しながら、ヒムラは表示された支払いウィンドウに向け、右手人差し指を踊らせた。軽快なチャイム音が鳴って、支払いが滞りなく終了した事を示してくれる。
「えへ、ラッキー。ゴチソウサマでっす」
 両肩を竦(すく)めさせながら、シャリーがその顔を綻(ほころ)ばせた。
「いやいや。こんな夜更けまで付き合ってもらってんだから、このくらい安いモノですよ、グルーミングさん」
 半ば、芝居めいた物言いは百も承知だった。二人分を合わせて5アースと60ムーンと言う通貨単位表記。社員食堂であるから安くて当然だが、質は悪くない。天下のラリー・インダストリーであればこそ、ではあるのだろう。
「確かにそうですねえ――今度もっとマシなもの、オゴって下さいね……具体的に言うと寿司とか、寿司とか。露骨に言うと寿司とかですけどね」
 シャリー女史は首を思い切り傾けながら、ヒムラ主任の顔を覗き込んできた。
「……一考に値する提案ではあるな……さ、食べようよ。冷めちゃうぜ」
 巧く誤魔化された気もしたが、実際のところ、シャリーもかなり空腹だったので、それ以上の追求を当座は避ける事にした。
「「いただきまーす」」

   ・
   ・
   ・

 二人は、しばらくは無言で各々の食事の摂取に努めた。話題がまるで無い訳では決して無いのだが、それほどに両者の疲労感、空腹感は根強かったのである。そんなカフェでは有線かラジオかは分からないが、妙に浮ついた流行歌がひたすら、耳障りに流されていた。
「――最近の歌は分からん……」
 この食事を開始してから初めてのヒムラの発言である。
「最近に始まったコトではないじゃないですか、主任の流行音痴は」
 辛辣な言葉を容赦なく返してくれるシャリー。勿論、嫌味を含んだりしているモノでは断じて無い。
「……そりゃ、認めるがねぇ」
 キリオからすると部下の発言を肯定するしかない。
「……でもね、最近の歌は確かに面白くないですよ、実際。オリジナリティが皆無、っていうか」
 これは先の言葉の返し方が辛辣に過ぎたな、と自覚したシャリーのささやかなフォローだったが、当のヒムラ主任は焼き魚の骨を取り除くのに余念が無く、
「――まあ、そんなモンだろ」
 と言う生返事しか返さなかった。そんな中で再び、無言の内での食事が開始された。シャリーの方は軽食と言う事もあって、最後の玉子サンドを残すのみとなっていたが、上司であるヒムラ主任の箸の動きが妙に緩慢なのが非常に気になってしまっている。膳の中の器、その内容物の何(いず)れもが、少しずつだけ残されているのもなんだかなぁ。
『早飯早糞芸のウチ』
 などと普段、女性陣を前にしても豪語してしまう人物とはとても思えない。だが、そもそも緩慢なのはそんな箸の動きに始まった事では無かった現実。今日と言う日が始まってから主任らしくも無いイージー・ミスがどうにも続いている事をシャルロッテ・グルーミングは、ずっと気には掛けていたのだった。
 偶然、偶々(たまたま)。今日のこの日はダブル、二人による軽作業であったのだが、普段のように多くのスタッフ達と作業を共にしていたとすれば、そんなヒムラ主任の『らしくなさ』は噂好きなスタッフ達の間に様々な憶測を呼んだ事だったろうと思う。
 玉子サンドを手に掴み取ったままの状態で、シャリーは思い切って口を開いた。
「あのう――主任? ……何かあったんですか? 何だか、何回話し掛けても上の空だし、いつもと違いますよね」
 ヒムラ主任は部下のシャリーがそれなりに神妙な面持ちを作っている事に、少なからず驚いたようだった。それでも箸の動きを止める事はなかったが。
「――そうか?」
「ええ、なんだか……らしくないなぁ、って」
 ヒムラは箸を置いて味噌汁椀の蓋を取った。熱い湯気が静かに立ち昇る。
「――なあシャリー、仮に、俺等が『準軍属』になるとしたらどうする?」
 想定外で想像外の言葉を上司からカウンターされてしまったシャリーは、サンドイッチを皿の上に取り落としてしまった。
「い……いきなり何を言うんですかっ!?」
 ヒムラの方は、自分のペースを守って赤出汁の味噌汁をゆっくりと傾けている。
「……有り得ない話でもないらしいんだよねコレ」
 等と、更にとんでもない事を言ってくれた。自分達が所属している、させられているこの会社、『ラリー・インダストリー』は軍関係の受注を多く受けているとはいえ、民間企業である筈だ。シャリーはいよいよ、混乱を覚えた。
「ちょ……ちょっと待って下さいよ! そんなの初耳ですよ!?」
 半ば、身を乗り出しながらシャリーは捲(まく)し立てた。その性格、極めて剽軽(ひょうきん)――として内外を問わず知られている彼女の上司であったが、幾らなんでもこんな物騒なジョークを飛ばす事に、歓びを覚えるような悪い趣味は持ち合わせていないだろう。
「そりゃそうだ。今、初めて話したんだもん。他の誰にもまだ話してねぇですおー」
「主任!!」
「おう?」
「『準軍属』ってどういうこと!! 三行で説明して下さい!!」
 味噌汁椀を空にしたヒムラはゆっくりと番茶を啜り、一息を吐いてからその口を開いた。
「もしかしたら俺等、『ゼネレーション』に乗ることになるかもしんねー。以上」
 一行じゃねえかよ! あわや、対面の上司、その膳にコーヒーを盛大に噴き巻くところだったが、それはどうにか防ぐことが出来たシャリー。
「なななななんでどうしてどうしてそうなるんだぜ????」
 置かれていた布巾でコーヒーを拭いつつ、健気な彼女。
「『人員不足』の一言に尽きるらしいがね――んー、これから実際にどうなっていくのか、皆目見当も付かんけど――まあ実際に建造に従事している俺達、って存在は手っ取り早いクルー候補に見えているんじゃねぇかな」
 湯呑みを膳に戻したヒムラ主任は溜息を再度、絞った。
「……んっマ、冷静に考えたら今も『軍属』みたいなモンですよね、あっちらって」
 驚きを通り越せば冷静な判断だって下せる。そう、ヒムラの部下に『本当の意味でのバカ』は一人もいないのだ。しかし、それでもシャルロッテの顔には陰が根深く、刻まれあったのだが。
「そういうこった。まあ『軍』も未だアワアワしてっからな。場当たり的なモノもあるんだろう。だから、まだ君以外に話していないわけだが」
「そういうことですかい――ケッ」
 恐らく、食堂でなければ唾を小汚くその床面にでも吐いていたのだろう、そんな歪んだ顔のシャリーは正直、ヒムラも見続けたくはないのだけれど。
「まあややもすると『今』よりは規則正しい生活、出来るようにはなるのかも」
 規則ってよりは規律だがなぁ、そう呟いてヒムラ氏は最後の番茶を啜る。
「それ笑えない!!」
 言葉とは裏腹にゲラゲラ、と下卑た笑い声を立てる部下だった。邪悪な表情はしかし一転し、常の、当たり前の二十代前半女子の顔へと変貌を遂げた。仲間内からは『シャル太』と呼ばれる、実に穏やかな顔が、その素顔、本質なのだが。
「で、どします? 現実問題として作業に復帰します――? わたしゃもう部屋戻って酒を呷(あお)って眠りたいレベルなんですが? 主任が今日は一人で寝るの寂しいとかってんなら添い寝してやってもイイでゲソ!」
 もう部下女の口調だとか実は逆セクハラだろそれ的な発言内容に突っ込みを入れる気力も無いほどに、ヒムラ氏は疲れていたのだった。
「あほ――今日はお開き。明日から復帰する連中とも時間を合わせないとならないからね。休んでおこう」
 半ば、強引にエクスキューズ(言い訳)を作った感も否めなかったが、こんな状態で作業に復帰しても要らないミスが続く事が充分に予想される以上、業務から離れるのがベストなのだろう。
「ウェェェイ、カシコマリマスタ」
 二人はそれぞれのトレイを回収台に乗せ、エレベータホールへと向かった。女子寮直通のエレベータ前で一礼を行ったシャリーが、
「うー、じゃあまた明日宜しくですー」
 ヒムラも狭量な上司ではない(つもり)ので、おう、と片手を軽く挙げる事でその返礼としてやった。ついでにエレベータ脇の自動販売機で缶ビールを数本購入し、ほとんど私室と化している『主任室』の置かれたフロア直通のエレベータに乗り込んだ。男子寮にも私室は存在していたが、荷物を搬入してからこっち、数える程しか帰った記憶が無い。寝馴れていないそんな私室のベッドよりも、余程に主任室の床面に寝転ぶ方が安眠は約束される――そんな自分は可哀想だな、と思わなくなっているのが可哀想――ヒムラはそんなことを考えた。

   ・
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 逆セクハラ部下と別れてからおおよそ三十分後。ヒムラ主任こと、日村霧男は髪を完全に乾かさない状態で二杯目のビールを傾けていた。シャワーを浴びた事で心身共のリフレッシュを果たす事には成功したものの、これは全く一時的なものでしかなく、普段であれば至福の一時をもたらせてくれる筈の風呂上がりのビールは妙にほろ苦くて、寧ろ苛立ちを含んだ不安感を募らせてくれていた。
「――はあ」
 直接の上司である開発部部長から暗に臭わされた『新造艦への搭乗』。実際のところ、技術者が軍艦に同乗する点に関しては過去に前例が数多、存在はしていたがクルー(乗組員)として期待されるような搭乗行為となると、これは例が無い筈だ。例えばアドバイザーとしての短期間の乗艦ならば、或いは……。

 前代未聞の今回の要請――もしかしたらいずれは命令になるのかもしれない――は一体何を意味しているのか? そして、自分……いや、何よりも部下達の向かう先はどうなる?

 ――そもそも、『新型艦』とは。

 ここは一つ、順序立てて考えてみるべきか――泡の消えかかったビール、その表面を眺めていると不思議にもそんな気分になった。疲労の極みにありて物好きなこった――キリオはまずは冷静に、現状の把握から試みることとした。

 新型。自分達が過酷な労働条件下で、それこそ心身を大いに磨り減らしながら建造している『それ』は武装した軍艦であり、それも従来の航宙艦船の概念を覆す程の火力と機動性を合わせ持つ、次世代航宙艦『ニュー・ゼネレーション級(仮称)』のフラグシップ、一番艦であるという事。先の火星沖会戦を経て、損耗甚だしい惑星連合宇宙軍、その再建の要であり、象徴となることを期待されている船だ――と聞いている。

 金額に関しては日村の管轄ではないので詳細は不明であるが、通常、標準戦艦の軽く50倍、或いはそれ以上の『金』が動いているとは推測できる。地球本星上の自治区二つ三つ分の年間予算ぐらいは軽く凌駕しているのではないか、と目算しているが。
 文字通りの最新鋭艦であり、最高水準の技術、そして惜しみの無い予算投入を得ることで『生』を受けたこの艦に対し『バケモノ』以外にいかなる形容が可能だろうか。少なくとも、この時のキリオには他の言葉が見付からなかった。まず、大前提としてその『サイズ』の違い。全長が1000メートルを超え、1.4キロメートルとなる点。これまで太陽系惑星連合宇宙軍が保有『していた』最大の艦艇が『シャイン級』航宙空母の684メートルであったが、実にこれを軽く倍する数字である。空調、循環系を始め、乗組員達の生命維持に必要な全ては基本的な自給を可能とし、あらゆる設備が備えられた『動く要塞』。

 そして、何よりも忘れてはならないのが。

 そんな『バケモノ』は最新鋭の推進機関である『G・R・D・S(重力波反発推進機関)』を積載しており、これは通常空間の高機動に留まらず、今までにない短期間での『ネビュラ・リーヌ』突破をも保障する『ネビュラ・ドライブ』の実行を可能とする、初の戦闘艦でもあること。ド級という表現も霞む超大型航宙戦闘艦でありながら、実にどんな軽量小型の船舶よりも『早い』。

 自分の携わっている新造艦の使途――使い道について、深く考えてきた事は全くと言って良いほど無かった現実、過去形。ヒムラ・キリオとその部下達に求められているのは、上層部から提示された性能を可能な限り実現、若しくは凌駕すると言う一点にあるのであって、使途用法の面まで考えを巡らせる事は露も期待されていなかった。

 だが、今回の『搭乗要請』が皮肉にも、キリオのこれまでの日々に終止符を打つ転機となってしまった。

 ヒムラは考えられる可能性を更に一つ一つ、その脳内で拾い上げていく事にした。

 ――治安維持活動の強化が目的?

 太陽系惑星連合は、お世辞にも一枚岩の連合国家とは言えない。内紛は常にどこかで発生していたし、火星自治区が独立を求めて連合に叛乱を起こした事等は記憶に新しいところである。つーか、『火星沖会戦』という深刻な『内戦』があったからこそ、今日(こんにち)の宇宙軍が困窮している現実は間違いなく存在していたんだし、木星自治区――厳密に言えばエウロパ自治区――においても、不穏な噂が絶える事は決して無く、付け加えるのであれば、地球本星にしても中東や南米の一帯で武装蜂起する事は物珍しい事では断じて、無い。テロの類に至ってはそれこそ、日常茶飯事であると言っても良いしなぁ。

 更には、別の意味で厄介なのが俗に言う『宇宙海賊』の存在だ。自称『義賊』の彼等は違法に改造した高機動船で、小規模の貨物船等を襲う。押っ取り刀で連合宇宙軍が駆け付けた時には現場から離脱しており、破壊、若しくは肝心の物資を奪われた貨物船だけが残される、と言う寸法だ。更には何が救いようの無い部分かと言えば、先だっての『火星沖会戦』で深刻な宇宙軍正規軍需品が流れまくった、そんな側面もある。気合いの入った連中は軍隊さながらの海賊行為を行っており、正規軍すら襲撃する猛者もいると聞いている。

 ――いや、だけど?

 新型艦は従来の艦船に改良を施した、と言うような『かわいい』ものではない。

 そして、未だその規模が無視出来ないとは言え、宇宙海賊やテロリストを相手にするにしても……明らかに物々し過ぎるし、そもそも実用化に成功したとは言え、系内の治安維持活動に『ネビュラ・ドライブ』を可能とするような推進機関は必要だろうか。

 ――宇宙軍再建、象徴

 まあ順当なところではある。

 ――治安維持活動

 上記の理由とこれは同じでいいだろう。

 ――海賊対策

 オーバースペックにも程があるがまあやはり治安維持的には……ありか。

 んん??? 何かが引っ掛かるぞ……。


 そこまで考えて、ヒムラはある推論に突然、辿り着いた。

 ――対エテルナ兵器?

 ぶる、と自問した瞬間に震えがやってきた。『彼ら』には対抗し得るだけの武装兵力と呼べるものは持ち合わせが無いだろうし、こちらが『ネビュラ・ドライブ』と言う凶悪な航法の実用化に成功した事なんか、露も知らない筈だ。

 そんな可能性に今まで全く思い至らなかった自らの無能さを、ヒムラ・キリオはこの時、初めて自覚した。

 ネビュラ・リーヌ内、つまり圧縮空間内と言う特殊状況下においても、いわゆる従来の推進機関によって産み出される加速度には、限界が頑として存在している。枷(かせ)、と言っても良い。
 燃料の問題に関しては言わずもがな、そもそもが長時間の完全燃焼状態に耐えられる機関等は現在のところ、存在していない。よって、従来の星系間航行船舶は突入直前にのみ全速噴射を行い、ある一定の速度を得た後は慣性力だけで『リーヌ』対称点へと向かう、そんな極めて原始的な方法でリーヌ突破を行っていた。当然、リーヌ離脱後の逆速噴射の為の燃料も残しておかなくてはならない事に付いては述べるまでもないだろう。

 故に、より長時間の完全稼働、並びに燃料効率の優れた推進機関を搭載している船舶がより、短期間の『リーヌ離脱』を実現する、と、これまでの『常識』ではされていた。

 だが正に今、この時にヒムラ・キリオを中核とする『ラリー・インダストリー研究開発第一課』、通称『TEAM−A(チーム・アルファ)』がその総力を結集して建造に当たっている噂の『バケモノちゃん(仮名)』は、それら従来の問題点を抑え、安定した高加速を得る事のできる最新鋭の推進機関を内蔵しているのだった。
 『G・R・D・S(Gravite・Repulsive・Drive・System=重力波反発推進機関)』と呼ばれているその機関は、重金属粒子を加速する事によって産み出された重力波を、対となるユニットにて同時に発生させ、互いに干渉をさせ合った際に生じる反発力によって推進力を獲得すると言う、全く新しいコンセプトに基づいて設計された最新鋭の推進機関である。通常空間においても従来の推進機関とは比べ物にならない高機動力を獲得する事が可能。

 ――いわんや、『ネビュラ・リーヌ』と言う特殊空間をや。

 そして、総括する主機関はこれまでの核融合から対消滅へとシフト。核融合と比較すると燃料消費率は極めて低く、高出力でありながらも安定した出力を保障する、これも最新型、次世代の機関である。もっとも、そんな『対消滅機関』の実用化、それ自体はもっと早い時期に果たされてはいたのだが。

 そんな最新鋭の技術、そして莫大と言う表現が憚(はばか)られるほどの資金が惜しみなく投入された結果、新造艦は従来の船舶がどんなに頑張っても四年半と言う期間を費やしていた『地球』『エテルナ』間をわずか一年間で駆け抜ける事が可能――と言う事になっている。もっとも、実際に運用された事は無いので、あくまでもデータ上は、であるのだが。いやいや、シミュレーションを司るコンピュータ群の発展振りは、それはそれは凄かったので実の所、『データ上』という表現は死語になって久しいのだが。

 そして、火力面においても当たり前の様に、従来の宇宙戦闘艦のそれとは『比較にも』ならない武装火器が採用されている。惑星連合軍技術部の提案、実用化したのは他ならぬラリー・インダストリーであり、自分達、ヒムラ・キリオ達だ。

 『対消滅機関』の有り余るエネルギーによって生成される荷電粒子に『G・R・D・S』の余剰エネルギーを相乗して投射される、『荷電重力波砲』。

 従来のビーム兵器に重力波動が加わった時、この史上最強の火器は誕生した。用法次第では、地球型惑星であれば大気圏外より大陸を穿つ事すら可能な大火力。二つの異なる機関を所有する『マシン』だけに振るう事を許される、有史上最強の破壊力を持った『悪魔の剣』。スペースデブリ(宇宙ごみ)による航路汚染対策も期待されているらしかったが、何と言うか地雷原を丸ごとナパーム弾で焼き払うようなレベルではある。

 ――無我夢中でやってきたけれどもしかして俺等とんでもねぇ艦(ふね)造ってんじゃないか?

「悪い方に考え過ぎ……だよな?」
 本来はポジティブ思考の自分が、いかにも悲観的な想像をしてしまった事にヒムラは自分自身でも驚きを隠せない。だが、救い様が無く思えたのはその悲観的な予想が妙に現実味を帯びているところだった。
 苛立って頭を盛大に掻きむしった後、ヒムラはグラスに残ったビールを放棄して好みの日本酒を同じグラスにたっぷりと注ぎ込んだ。辛口の酒を口に含むと、自分自身が疲労の極みにあったことが今更ながらに思い出された。
 残った日本酒をほとんど一息で飲み干し、ヒムラ・キリオは毛布にくるまりながら、ソファに体を横たえる。寝付きの良いのが数多い自慢の一つでもあるキリオは、あっという間に夢の世界の住人となった。

『もう、戦争なんて起こりっこないだろう――』




 そして、ヒムラ・キリオ氏が深い眠りに落ちた、正にその時刻――









   ◆ ◆ ◆


 地球本星において『異変』は何の前触れも無く発生した。太陽系惑星連合政府の政治的中枢機関の多くが集合しているオーストラリア大陸はシドニーにおいて、対テロを想定した市街演習を行っていた連合陸軍の歩兵第三師団、及び陸上重火器機動308大隊が突如、武装蜂起し、国会議事堂を制圧したのである。国会審議中だった1524人の議員はその全員が上院・下院の区別無く身柄を拘束された。

 クーデターの首謀者の一人、シャルル・ヘイスティング元帥はその声明文において、連合国会の無期限停止を宣言。そして地球本星を始めとして、月、火星、エウロパ、イオの各自治州、自治区に対しての無期限の戒厳令を発令した。
 人々を特に驚愕させたのは地球上の各都市のみならず、宇宙、つまり太陽系内においても各軍が示し合うように蜂起し、リーヌ近縁に設置されていた星系間通信衛星基地『カハヤ』までもが完全に占拠された事であった。

 ヘイスティングの根回しは完璧だったのだ!

 要所要所の的確な制圧に成功した反乱軍の前に抵抗出来る組織はもはや存在しなかった。抵抗を試みたほんの一部の連合軍基地等も、それこそ薄氷を踏み砕かれる勢いで反乱軍に駆逐され、各都市部の警察機構にあっては、重火器を携え構えた『反乱軍』の前では抵抗を試みる事すら、果たせなかった。

 抵抗分子に対しては殺傷も止む無し、と言うヘイスティング元帥自らの命令は現場においては忠実に実行され、都市によってはそれこそ死体の山が築かれる事にもなってしまった。

 北米連合自治区はサンフランシスコ・シティの場合が、『最悪の』一例として挙げられるだろう。市内制圧に乗り出してきた反乱軍兵士複数名が、彼等の主観で『反抗的』と判断を下した一市民に対し、尋常ではない物理的暴行を振るっていたところに通報で駆け付けた若い警察官がなんと、発砲を実行してしまったのである。
 そんな数発の銃声を切っ掛けとして、それまで遠巻きに見ていた群衆が、反乱部隊に対して暴動を起こす事態となるのに、全く時間は掛からなかった。

 怒り狂った人々が反乱軍の戦車、装甲車へ波となって押し寄せてきた。だが、狼狽する部下達を余所目(よそめ)に、北米1432機動車両大隊の司令官、ウェストバリ少佐は『目標』に対する戦車砲の発砲を命じた。水平射撃ですらなく、『目標』としたことは当然、その部下達を大いに驚かせることになったが。
「正……い、いや、本気でありますかッ、少佐殿!?」
 直接、その発砲命令を聞いたガンナー、リンドル曹長は脂汗を流しながらウェストバリ少佐に翻意を促した。そんな曹長が『正気か』と問い掛けた事に関する追記は不要であろう。だが、曹長は期待していた上官の答えを得る事は生涯、叶わなかった。
 その顔面に少佐の渾身(こんしん)の力が込められた軍靴による一撃を叩き込まれた曹長は、即死だった。
 「――腰抜けは俺の部隊には必要ない」
 舌舐めずりをしながら独白したウェストバリ少佐は、リンドル曹長だった死体を押しのけ、自ら戦車砲のトリッガーを引いた。

 たった一発の戦車砲が、一瞬にして数百倍にも値する人命をその肉体ごと、千切り奪い去った。少佐の発砲に続き、その後ろに控えていた戦車隊がこれに追随。一斉に成形炸薬弾に始まる戦車砲の射撃を開始した。
 両翼に広く展開していた戦闘工兵隊も負けじと、対人ロケットランチャー、マシンガン等を次々と群衆の塊の中へと撃ち込んでいく。

 ――断末魔と絶叫が響く間も無い。

 後の調査によると、死者の推定は5000人。これは明らかに最小に見積もられた数値だっただろう。もっとも、正確な数字を算出するのが不可能に近かったのも一面の事実ではあった。死体の多くは身元の確認が出来るほどの状況にはなかった上――そもそも、果たして人体のどの部位を構成していたものなのか、分からないものがほとんどであったのだから。

 この惨事は、『流血のサンフランシスコ』、と後に呼ばれる事になる。が、皮肉この上無い事ではあるが、こんな惨事がクーデターの初期に発生した事で、いわゆる『見せしめ』の効果を高めた感は否めなかった。

 そうだ。もはや、反乱軍に面と相対し、立ち向かう組織、運動はこの時点で消滅したに等しかった。


    ・
    ・
    ・

 かつては国会議事堂として――今や反乱軍、つまりヘイスティング一派の仮の作戦指令本部と化してしまっている、荘厳な建物の一角、最上階に設けられた会議室へ場面は移る。
「ウェストバリはやり過ぎた」
 円卓の中央、上座は何故か空席。次席に座しているシャルル・ヘイスティング元帥が苦々しく口にした。他ならない、今回の叛乱の首謀者である。
「で、ですがっ、彼の元帥閣下に対する忠節があればこそ――」
 起立した北米出身の将官に対して、しかし元帥はある意味で容赦が無かった。
「確かに殺傷も止む無し、とは言ったが。民間人に対する攻撃を推奨した覚えは露(つゆ)も無い――番犬、忠犬は大いに望むところだが、狂犬は自分には必要ないのだがね」
「閣下、どうか――」
 縋(すが)るような北米将官に、ヘイスティングはその尖った顎を殊更に強調するように、左右に振った。
「民間人の虐殺、これは大罪だ。死をもって償って貰う。それも、公開処刑でないと意味がない」
「ですが――」
「これ以上を言わせるな。精々、盛大に死んで貰う」
 これでも理性的なつもりだがね、と付け加えてヘイスティングはその年齢にしては広い背中を背もたれへと預けた。ぎぃ、と妙に大きな音が立つ。
「フレッド……すまないが自分も彼を擁護することはできないかなー」
 日本国出身の空軍服がそう発言するに至り、フレッドとファーストネームで呼ばれた将官は力無く、その椅子に腰を落とし込んだ。カーテンを引かれたこの薄暗い会議室の中で十人前後の軍人が会議テーブルを囲んで話し合っている状景であり、観察者に連合軍の知識があれば、その多くが提督の階級にある事をその襟章から伺い知る事ができるだろう。
「マスコミだけではない、ネット上に多くの情報が流され過ぎた。制御は不可能だよ。せめて『落としどころ』、『ガス抜き』を実行するべきだと小官は思うけれどね――そうでしょ???」
 日本空軍、そう刻まれた万年筆を左手で取り回しながら将校が、ちらっとヘイスティングの方に目を向けた。
「秋山の言うとおりだ。本当に、彼はやりすぎた」
「……そもそも失点がどうこうとか、そう言うのは無し、ですよね、シャルル? 派閥的なもの云々は我々の本意、大義からは懸け離れたものである、と」
 北米に『借し』を作るつもりがあった訳ではない。純粋に秋山と呼ばれた将校――階級は中将のようだ――は『この先』を危惧していたのだった。まあ、色々と過去歴史的に因縁浅からぬ仲、相手であったことも事実であるし、実の所、優越感を全く自覚していなかったかとなると、嘘にはなるが。
「全く、貴様は昔からそうだな……まあその通りだが、それにしても、もうちょっと口調はどうにかせんか」
 周囲が冷や冷やしている中、気ぃ付けますよ、と嘯(うそぶ)いた秋山だった。年齢的にも三十代の半ば、他に比べれば『若造』も甚だしい秋山を何故、こうもシャルル・ヘイスティングが重用しているのか、周囲の人間、軍人の多くは未だに理解できないでいる。
「アディソン准将、そう言うことだ。貴自治区の責任は我々の、引いては私の責任でもある。萎縮してくれるなよ――これは本気で言っているつもりだ。他の諸君も、それを努々(ゆめゆめ)忘れてもらっては困る」
 うんうん、と軽く頷いている秋山を除き、その場の全員が着席ではあったが背筋を伸ばし張った。

 ヘイスティング元帥は元々、軍の内部にあっては政治体制批判の急先鋒としてその名前を広く知られている存在ではあった。数年前の火星沖会戦という内戦において彼は惑星連合『統合軍』の将校だったのにも関わらず、その戦後に擦り付けに等しい責任を背負わされた結果、金星方面の閑職に露骨な左遷をされるという憂き目に遭っていたが、これにはシビリアン側、背広政治組の思惑が強く影響していたと噂されていた。今年で六十一歳を迎える筈だったが、その鍛え抜かれた肉体と、強靱な精神力を感じさせるその異相は、見る者に圧倒的な威圧感を与えるのに充分に足るものであり、老齢を感じさせる部分は全く存在していない。数ヶ月前、引退の花道としてやはり背広組の意向によって古巣である地球圏へと戻ってきていたが、彼にとって『場所』、『位置』、『座標』は既に問題となっていなかったことは、なんとも皮肉だったと言える。

 ここ数年の根回し、下準備が完璧だった結果、現在の世界は軍の統制下にありながら『表面的には落ち着いて』いるのだから。時間は、たっぷりと存在していた。

「さて諸君、何分にも時間の余裕が無いので、早々に本題に入らせてもらう。そろそろ、作戦を次段階に移行する時でもあり――ハミルトン、ラリー・インダストリーの『新型』の件から報告してもらおう」
 随分前に出されたコーヒーに口を付ける素振りすら見せず、ヘイスティングは一息で放った。
「――は」
 元帥の背後に控えていた、ハミルトンと呼ばれた大佐が簡潔な返答を行いながら起立して、捧げ持った携帯端末を素早く操作した。二十代後半、士官学校を主席卒業、後に連合統合軍本部に配属され、地味ながらも着実な成果を上げてきた軍人だ。武官と言うよりは、文官という印象が強いかもしれない。
「ラリー・インダストリーの件から報告をさせて頂きます。『新型』は各種機関の搭載も終了し、二週間もすれば形になる状況である、との報告をワトリング会長自らより受けております。トライアルに関しては三週間以内に目処を付ける、との事でした。量子コンピュータ群を用いたシミュレーションは既に実行されているようで、これはいずれ形として報告があるとのことです」
 ほんの半瞬、ヘイスティングの口元が弛んだが、ミリ単位の弛緩でしかなかった為、その場で気付いた者は一人としていなかった。或いは本人自身すらも自覚していなかったのかもしれない。
「――結構。問題は人員、ということだな?」
 その太い両手の指を組みながら、元帥は低い声を絞り出した。特に不快感を覚えているわけではなく、それが彼の通常の声色なのである。
「そうなります」
「旅団(りょだん)規模になると仄聞(そくぶん)したが――」
 薄く生えた自分の顎髭を撫で付けた。『旅団』が意味するもの、それは大凡(おおよそ)数千名、五千名規模という数字。
「設計上、それ以上の人員も可能のようですが、現実的には二千名規模が想定されているようです」
 その『仕様』が全て頭の中に詰め込まれているのであろう、ハミルトンは端末の操作を行うことなく答えた。
「それでも二千名か……了解した、この件に関しては今後の課題で良いだろう。下がって良し」
 細巻きの葉巻をゆっくりと取り出しながら、ヘイスティング。
「失礼させて頂きます」
 ハミルトンが退室し、各々の提督もある者は入れ替えられた紅茶を啜り、コーヒーを傾けた。会議室に篭もること数時間、ようやく訪れた休息の気配を無駄にする人間はいなかった……かのように思えたが。
「今現在の宇宙軍の状況で『旅団』規模とか用意できるわけ無いですからねぇ、念のために申し上げておきますが」
 この場で唯一の白軍服、日本自治国空軍の秋山中将以外にこんな言葉遣いを行う人間はここにはいない。この点に関してだけは誰も驚かなかった、もはや。
「詳しく話せ――いや、『大まか』で良い」
 どうだ、と元帥から勧められた細巻きの葉巻を、いただきます、と遠慮無く秋山が引き抜いたことには、その周囲は驚愕しきりだったが。本当に何者なのだこの日本軍人は。
「説明するまでもなく、『火星沖会戦』の尋常でない損失です。今の宇宙軍から――そうですねぇ、やはりある程度の線引きは行うにしても『上級格』を数千名、引き抜いたらどうなることやら、って現実的な数字、話ですよ」
 質問が無いようなので続けますね、とやはりヘイスティングから差し出されたマッチで秋山は細巻きに火を点けた。ふう、と大きく紫煙を吐き出した。
「……空軍畑の私が言うのも難ですが、現陸・海・空軍の人間を『航宙戦艦』の乗組員、その代替とするのは無理もあります。それなりの期間の『兵科変換訓練』が必要となりますが、これって現実的ではないでしょ?」
 ここで円卓を囲んでいるそれぞれの顔を少しだけ演技的に、ゆっくりと見渡した。そう、ここには宇宙軍の関係者は『まだ』、存在していない。
「何年掛かる事やら――」
 末席、NEU連合の陸軍中将が呟く。
「……そもそも、それぞれの兵隊は自らの所属に並々ならぬ愛着、忠誠を持っていることは疑いない――そう育てているしな……」
「海軍の人間に明日から宇宙軍に転向な、等と口にしたらハープーンで吹き飛ばされるに決まっとるわい」
「空軍の連中にそれを口にした日には『焼き鳥』にされてしまいます」
「地雷原に裸足で放り出されて終わるだろ陸軍的に考えて……」
 全くだ、と笑い声が広く響き続いた。

「さて、そこで皆様方に小官の考えを聞いて貰えますでしょうか?」

 日本空軍中将、秋山千尋は『ルージュの引かれた唇』をゆっくりと舐め付けた。






   ◆ ◆ ◆


 視覚保護の施された映像の中、連合宇宙軍所属の補給艦が『どんぶらこっこ』とマイペースで通り過ぎていく。どうやら『こちら』の存在には全く気付いていないらしい。
「……『獲物』に動きは??」
 なんとも、珍妙な出で立ちの人間だった。何が珍妙かと言えば髑髏(どくろ)のあしらわれた二角帽を目深にかぶり、眼帯を装着するという、ある意味で恥ずかしい程に分かり易い『海賊』の格好をしている、そんな程度には珍妙だった。
「ありやせん――どうやら、獲物サンのレーダー担当は抜けた仕事をしてるようでげす。楽な仕事になりそうですぜ、頭(かしら)!」
 こちらもやはり、バンダナでざんばら髪を乱暴にまとめた無精髭と言う、『荒くれ者』スタイルの男だった。大して広くもない空間に『頭』を含めた四名が肩を寄せ合っている。
「フン――軍艦とは言え、帰港が近いともなればこんなものか」
 女みたいな男、或いは男みたいな女――いずれにせよ定義的には『美人』の範疇に間違いなく含まれる人間、二角帽装備の『お頭』が深い溜息を吐いた。
「そのようで――やりやすか、頭(かしら)ぁ」
「フハハハハ――ヤってやろうじゃねぇか!」
 二角帽を揺らし、『頭』は一転、嘲るように笑い立てた。
「いつでもイケますぜ!」
 背中に控えている女性海賊が手元のパネルを叩きながら応じてきた。鴉(からす)の濡れ羽色、その黒髪に橙(だいだい)のバンダナがやはり華麗に映えている東洋系の色が濃い女だ。
「ヤるぜ、野郎共――――――――――――っ!!」
 勢い立ち上がった『お頭』、マイクを通して船内全域に増幅されたその絶叫に、乗組員の全てがウォォォオオオと叫び声で続く。
 恭しく差し出されたアサルトライフルを背負い、『お頭』は無言で隣席の女海賊に対して、持ち上げた右腕を大きく振り下ろした。
「ナイト02並びにナイト03、状況開始! 手筈通り、機銃周りから潰し抜け!!」
 既に手配は済んでいたのだろう。女性海賊のその指示はそれ程に早かった。
『ナイト02、了解した――楽しませて貰うさねぇ!』
『ナイト03、同上!』
 ドスの効いた、しかし女性の声である『ナイト02』と呼ばれた存在と、簡潔、手抜きで続いたやや高めの男性声質の『ナイト03』。
「両ナイト発進後、挑戦信号と降伏勧告を同時にやってやれ、わかってんな!! あと隙あらば直ちに接舷すっぞゴルァ!!」
 アサルトライフルの弾倉、その中身を確認しながら指示をする『お頭』にオイイイイスと唱和した女性海賊と、荒くれ者達複数。
「ナイト、両機とも発進完了でげす!」
 応、報告に頷いた『お頭』がライフルを頭上に掲げた。

「さぁ、『海賊』を開始するぞッ!!!! ステルス解除、旗あげーーーーーーーーーろ!!!」

 海賊艇がその船体を大きく震わせた。全く無防備、無警戒に航行していた惑星連合宇宙軍は補給艦『イェンチェン』の懐である左舷、直下でステルス機能を解除。そう、もう勝負が『実質』決まっていればこそだ。

『うらぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!』
 ステルス機能解放と同時に飛び出した戦闘機、その機銃が『イェンチェン』の外殻を情け容赦なく削り抉(えぐ)り抜く。数少ない対宙機銃砲が盛大に吹き飛び、貴重なミサイル発射口は小爆発を伴ってその機能を喪失するに至った。

「発、海賊船『ハインド』。宛、太陽系惑星連合宇宙軍所属『イェンチェン』――抵抗は無意味である。武装解除し、即座に降伏しろ――」

 投降を勧告している女海賊に続けろ、と促しておきながら『お頭』は操舵席で蛇輪を握っている海賊に対して顎を引く、そんな器用な真似を並行して行った。

「接舷よーーーーーーーーーーーーーーいーーーーーーーーーーーーっ!!!」

 行くぞクーガー、そう叫んだ『お頭』がアサルトライフルを背負って廊下に駆け出すのに、詰め所で控えていた五人がヒャッハーと合流する。
「状況によっては気密服の装備があるかんな!!」
「ヘイ!!」
 お頭を始めとし、全員が重銃器に抜き身のナイフを大きく構えた。敵艦内での白兵戦は海賊の十八番(おはこ)だ。
「ド派手に行くぜ!!」



   ・
   ・
   ・

 夢の国の住人となっていたマージョラム中佐は、けたたましく鳴り響くアラームによって強制的な覚醒を余儀なくされた。
「うるせぇなぁ……」
 最初に私物の携帯端末を自由になりきれていない右手で弄くり回すが、音は止まらない。艦橋からの緊急艦内通信であることにようやく気付き、慌てて通信を開いた。
「何事だ!?」
『艦長、海賊です! 現在、攻撃を受けています!! ご指示を願います!!』
「はあ????」

   ・
   ・
   ・

「ったくザルにも程があんなぁ――」
 目標であり、獲物である輸送艦、その艦内に降り立った二角帽、お頭は吐き捨てるように口にした。こうも易々と自分達の侵入を許す――それも堂々、メインのエア・ロックからのご入場が可能と言う歓迎振りだ。ダミー信号を走らせている結果、侵入警報の一つだって鳴っていないが。
「……海賊さんいらっしゃ〜い、ってか」
「ヘヘッ、解錠暗号パターン、仰山(ぎょうさん)用意してましたし、爆弾だって用意したってのに」
 拍子抜けですな、とアサルトライフルを構え直して青バンダナが苦笑する。
「しっかし軍人とはいえ丸腰を一人、それも女――気分が良いモンじゃねぇ……」
 傾いた二角帽、お頭はその位置を忌々しげに戻しながらそう嘆いた。異変を悟り、他の誰よりも早くこのエア・ロックへと駆けつけてきた『獲物』の乗組員ではあったが、丸腰だったのが『彼女』の最大の不幸だった。
「……俺等みたいな悪党に狙われるとは想定していなかったんでしょうや」
 赤ペンキをブチ撒けたような血溜まりの中、ウッドランド系の迷彩バンダナ装備の海賊がライフルの弾倉を改めて確認しながら笑った。アサルトライフルのバースト射撃、その全弾が対象にクリティカルヒット。恐ろしい腕前と言えるが、『お頭』がもっと凄い腕の持ち主であることを知っている迷彩バンダナは決して、過信はしない。それは肝に銘じていた。
「さあ、後は景気よく行ってやろうぜ!!」
 鉄火場になるかもしれない、そんな微々たる可能性もあり、お頭の前に三人が布陣、三人がその後衛に着くフォーメーション。まあ、まず危険は無いだろうと思われるのだが。
「艦橋へ向かうぞ、野郎共!!」

   ・
   ・
   ・

「直ちに救援信号を!」
「駄目です、通信系の半ばを乗っ取られている上、徹底した妨害電波が放射されています――レーザー通信機も被弾、外部への連絡は一切が取れません!!」
 クソっ、とマージョラム中佐はその握り拳を握り付けた。どう控え目に言っても最悪の事態。
「艦内への侵入を許すな――今は亀の様に耐えるしか」

「ごめん、それ無理――」
 ほとんど抵抗と呼べる抵抗もなく、艦橋へと辿り着いた『海賊さんご一行』であった。丸腰の数名、それも逃げ惑う背中を狙い撃つだけの実に簡単なお仕事だった。
「なっ――」
 艦長であるマージョラム中佐が腰元に手をやるよりも先に、お頭はそのアサルトライフルを容赦なく水平に薙(な)ぎ撃ち放った。合成炸薬による狂気の雄叫びが補給艦『イェンチェン』の艦橋、その混合空気を爆音で陵辱し、艦橋要員達の悲鳴がそれを更に増幅させた。

「毎度お馴染みの海賊でーす!」
 呆然と立ち尽くしている艦長の額に、お頭はライフルを突き付けた。わざとらしく点灯させたレーザーサイト、その赤い照準点が、乱れ髪の掛かるマージョラム中佐、その額をポイントした。

「おのれ――」
 両肩を戦慄(わなな)かせたマージョラム中佐、その顔面はレーザーサイトと同じぐらいに真っ赤なものとなっている。
「ブラックナイツ――」
 ほとんど、呻き声だったが、海賊の耳は地獄耳。
「ああ、その名前で呼んでくれるの? ――それはそれは光栄の極みであります!」
 海賊はその二角帽から零れた白髪、その前髪とかアホ毛を指先で払いながら、にぃっと邪悪に、歪に笑うのだった。

「アディオース!!」
 絶世の美男子、『ブラックナイツ』は容赦なく、高らかに笑いながらライフルのトリガーを引いた。


posted by 光橋祐希 at 00:00| Chapter:02 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2646年01月01日

Chapter:02『人の間、星の間』-03



   III


 【レオノラ・リーランド曹長の場合】


 血って沢山、流れるものなんだなぁ。

 一体、何があって、自分はこうなって――もはや自分のものとも他人のものとも判別の付かない、ずぶずぶの血溜まりの中で力無く横たわって――いるのだろう?

 自分は所属艦のカフェテリアで食事を摂っていただけなのに。

 突然の爆発、閃光、悲鳴。周囲の人間の多くがあっという間に、呆気なくその命を、その種火を散らしていった。本当に訳がわからない。重力制御はまだ生きているようだが、艦の循環系は死んでいるみたい。

 ……せめて、自分が『死んでいく』理由ぐらいは知りたいと願ったが、どうやらそれも望み薄か。

 血を流し失い過ぎた結果か、いよいよ思考力も低下してきているのが分かる。どうせなら、他の皆のように即死だった方がいっそ楽だったなあ……。

 痛覚神経が麻痺しているのか、痛みがないのが救いだった。多分、脇腹に穴、右足は千切れ掛かっているか、もげているか。詳細はまるで、分からない。海兵隊だとか衛生科の所属であれば、より詳細が把握できたかもしれないけれど――いずれにせよ、状況を把握出来たところで結末は変わらない……私は瀕死(ひんし)。このまま、死んでいくんだ。何と言うBADEND。あー、最後、どこでセーブしたっけ人生……。

 せめて帯銃していれば、自決ぐらいは出来たかもしれない――けど、艦橋オペレータの自分に銃器所持の許可なんて降りるわけないしなー、と残された最後の理性が囁(ささや)きかけて来た。

「――おい、生きているのか!?」
 いよいよ、幻聴まで聞こえてきたようだ。幻に答えるのも馬鹿馬鹿しい――どころではなくて、気力も何も無かったのだけれど。
「ああ、答えなくて良いよ! とにかく血を止めるからね……荒っぽくなるけど許してくださいよう……」
 ふっと顔に掛かった影。覗き込んでくる対象の顔は、天井面の非常照明、その逆光下では良く見えなかった。あれ、どうやら幻覚とかではないのかな……。あと、なんで鼻声なの?? 泣いているの??? なんで????? 逆光は、さながら後光のようで……とてもきれい。
「だれ」
 と、どうにか声は絞れたけれど、更なる意識の混濁がそれ以上を許してくれなかった。
「――――」
 名乗ってくれたのか、その顔を僅かに覗くことができた。声は男性のようだが、見た目は女みたい――不思議な人――でも、せっかくの美貌も涙で崩れて、それはそれは勿体ない――

「もう大丈夫ですよ、良く頑張りましたね――」

 額に暖かい手が置かれて。そこで、いよいよ私の意識は完全に閉ざされた。

 助かるのかもしれない、そんな希望は本当に『眩(まばゆ)く』、そして『暖かい』ものなのだ、と思いながら。







   ◆ ◆ ◆


 【里山剣少尉の場合】

「くっそ、ドジった――」
 鳴り続ける警告音、視界一面を満たす赤表示、そしてもっとも深刻なのがコックピットの空気漏れ。先刻よりこっち、それこそ必死にシート下の緊急脱出機構、イジェクション・シートの起動装置を全力で引き続けているのだが機能不全を起こしているのか、全く反応してくれない。
「落ち着け、落ち着け」
 錯乱、惑乱へと至り掛けている自ら、その精神に懸命に言い聞かせた。冷静になるんだ、理性を保て。しかし、そんな必死の努力も自分のヘルメット、そのバイザーに『SUIT-AIR Leakage ーWARNIG』(気密服空気漏れ)、宇宙空間でパイロットをやっている者であれば一生見たくない警告表示が点灯されるまでに過ぎなかった。

「う、うわあああああああああああああああああああっ!!!!!」

 被弾したコックピット、それ自体の空気漏れは百歩譲って理解も出来る。が、生命活動に直結する気密服、パイロット・スーツそれ自体の気密が破られてしまった、そんな現実は到底理解、納得、許容できるものではなかった。
「あ、あああああ――」
 先程から右上腕部に軽い痛みが走っていた自覚はあったのだが、まさかここまで深刻だったとは。震える指先で腰元のポーチから簡易応修パッチを引き出した。せめて、こんなものでも上から貼り付けることが出来れば。しかし機体の震動も立て続いている中、何よりも恐怖に引き痺れている指先が覚束(おぼつか)無いこともあり、なかなか上手く事が運ばない。被弾の際に弾け飛んだ計器類の一部が気密服の薄い部分を引き裂いたってオチだろうが、洒落にならないアンラッキーではあった。
「ちくしょう……」
 悪態を最後まで続けることは叶わなかった。ゴン、ガンと激しい衝撃音が背中を伝わり、骨伝導的にその鼓膜へと直接叩き付けられた。さながらミキサーとなったコックピットの中で全身を遠慮躊躇無くシェイクされ続けた結果、指先を離れた応修パッチが無情にもコックピット・ハッチ、その亀裂面から外部に吸い出されていく光景を、里山少尉は目の当たりとした。

「あはは、これまでか――」

 空気漏れを気にする、それ以前に撃墜されて星間物質になって終わりかよ。どうもこちらの完全な爆砕を確認しないと気が済まないらしい神経質な相手、敵機が緩カーブを描いてこちらに機首を向けてくるのが、辛うじて生き残っているサブ・カメラで確認することができた。

 ――ああ、もうね、ひと思いにやってくれ

 進行形で空気が流れ出続けている右上腕部を押さえ付ける、他にすることが無かった。スーツのあらゆる機能が死滅し掛かっているのか、酷く寒いことに今更ながら気付いた。

 ――ごめんよ

 誰にともなく呟いたその時、三度(みたび)衝撃が機体を揺すってきたのだが、深刻なものではなく……いや、まさか、これは外部での爆発か??

『58号機、敵機撃墜!! 並びに被弾した64号機を発見した! 目視での被弾状況、推定レッド――フローラさん、フォローお願いしますよっ!! ――うおおおい、里山さぁん、生きてますかーっ!!! 死んでいたら許しませんけどねっ!!!!! 里山さぁああああああああああああああん!!!!』

 良好ではない電波状況下、それでもその声の主の正体に気付けない訳はなかったし、コックピットハッチ、その亀裂断面の向こう側に垣間見えた純白の装甲に見分けが付かない訳は『もっと』無かった。自分をストーキングしていた敵機、その爆発による余波衝撃だったことはもう明白だった。

「こちら里山――どうにか健在ですが『シート』が機能しません――そして状況、SAL(気密服空気漏れ)です――申し訳ない、隊長……」

『んじゃ、急がないとならんですね――』
「隊長、自分のことは――」
『それ以上を続けると、本当にぶん殴りますよー。誰だって、死なせるつもりは無いですよう――ハッチ吹き飛ばしますからねぇ、体丸めて、歯ぁ食い縛って――はい、カウント、ファイブ』
 隊長が実行しようとしていることを理解した自分、里山剣少尉は空気漏れの続くコックピットの中、背中を慌てて丸めたのだった。

 ほんの数十秒前まで全く無縁だった不思議な『暖かさ』、『輝き』が、今は。

 そんな貴重な温度、光源を少しでも逃してなるか、と丸まった胸の中で理由無く、両の拳を力強く、全力で握り竦めた。

 そう。

 宇宙軍第二艦隊属、『第901航宙大隊』、通称『モーニング・スター』。

 その隊長。知りうる限り、そして進行形で『最強のエース』である、彼。

 ありがとう、と言う言葉では足らない。


 とても、足りない。







   ◆ ◆ ◆


「赤点ですよ、中佐殿。30点――四捨五入したら0点!!」
 はぁ、とこれまた露骨な溜息で海賊のお頭は立体表示された電子紙に電子署名を行った。
「あの少佐……何と言うか……お手柔らかに――」
 トマトジュースを頭からひっかぶった、そんな威厳もヘッタクレも無い姿のマージョラム中佐が、これまた情けのないことを口にしてくる。艦内、そして艦橋の内周に飛び散った血痕もどきも、タネが明かされてみれば全ては液体塗料、ペイント弾によるものだった。無論、マージョラム中佐がその頭髪の後退仕掛けている額に直接、したたかに食らったのもそれと同じ。
「申し訳ないが、これも仕事なんでねー。情け容赦なく上に報告はさせて頂きますよー」
 テンプレート、お役所言葉を口にすることにもすっかりと慣れてしまっている。本当に、情けない事ではある。フン、と電子印を最後にスタンプして、二角帽はマージョラムの端末に対して強制転送を行った。
「帰港後、直ちに司令部に出頭して下さいね。細かな査定、査問はその場でいやらしくムッチリやられると思うのでお楽しみに」
 お頭のその情け容赦無い発言に、マージョラムは真っ赤に染まった頭部を大きく下げた。自分自身が司令部での査定、査問の類を受けることになるとは夢想だにしていなかったこともある。項垂れている艦長の前で、二角帽は誰の許可も得ずに艦長席の通信機を無造作に拾い上げた。
「はい、死体役の皆さんはお疲れ様でした。もう動いて良いですよ――あと、『担当』さんは艦内の銃器類、その弾の交換をお願いしますねー。あと、システム周りも通常のそれに復旧させまーす」
 輸送艦、そのシステムを外部から書き換えていたこともあり、実際にはその外部に備えられた機関砲だとかミサイル発射口には一切の損耗も無かった。シミュレーション上、動かなくなっていただけ。勿論、軍の最高権限があればこそ実行できる『裏コード』ではある。
「復旧次第、予定通りに帰港してもらいます。残念ながら、二日間は上陸許可、降りないと思ってくださぁい」
 おふざけはここまで、一言を呟いた海賊は、脱帽した二角帽をその左脇に抱えた。

「第101統合特務部隊長が宇宙軍規約に則(のっと)り、現時点における最大級権限にありて命令をする――『イェンチェン』乗員は以上の件、直ちにかかれ!!」

   ・
   ・
   ・

「なぁんかさあ、本当に本業で『海賊』やっても食って行けそうなんですけどー」
 一仕事を終え、軽輸送艇『ハインド』へと帰還した一行であった。パック詰めの焙じ茶を、ずゅるーと啜りながら『二角帽』であり、『お頭』が開口一番に呟く。もっとも、その頭には既に本来の白軍帽が無造作に斜め掛けされており、アホみたいな二角帽は指揮卓に放り置かれている。全身を覆っていたいかがわしさムンムンの黒マントは背もたれに適当に引っ掛けられ、今は白を基調とした宇宙軍服――正式には第二種宇宙軍服――にその身は包まれていた。
「毎度毎度こんな格好させられてさぁ……」
 抜き打ちの『演習』とは言え、リアル過ぎるのも問題――そんな軍上層部の判断もあって、今日も今日とて中世の大航海時代は海賊がごとき立ち回りを自分達は行っている、そんなワケだが。
「鬼の『教導隊』、その『隊長』がそんなこと言ってはいけませんよー」
 そう窘(たしな)めてきたソフィ・ムラサメ中尉だったが、笑い声混じりでは説得力に欠けること甚だしい。気分だけでも、と装着していた橙色バンダナは今もなお、健在だったが。
「……愚痴りたくもなるってばさー」
 宇宙軍の教育ビデオ映像――言うまでもなく部外秘のシロモノ――の中、二角帽に黒マント姿でアサルトライフルをハイポートで構え持ってヒャッハーと走る自分の姿を客観視することになった時は、本当に何と言うか死にたい気持ちになったし、それは今でも基本的に変わってはいない。もう、馬鹿に成り切って楽しむことにはしたのだ、これでも。精神衛生的に考えて。
「……練度が低いのはともかくとして、肝心の『意識』が低いのが本当に問題ですなぁ」
 背負っていた愛用のアサルトライフル、AAR11『エアリアル』を武器庫へ収納しながら応じてきたのはクーガー・マグヌス大尉。『海兵隊』上がりの偉丈夫(いじょうふ)で、艦内白兵のスペシャリストでもある。先の『イェンチェン』への強制乗艦の際は文字通り、隊長の右腕を勤め上げた。
「本当に冗談じゃなく僕達が『海賊』だったら阿鼻叫喚の地獄絵図だぜありゃあ。どうも当直も規定人員入れていなかったっぽいし、飲酒他も行われていた可能性すらある……」
 ムラサメ中尉に差し出された湯気立つ『おしぼり』を一礼と共に受け取りながら隊長は尚もぼやいたが。
「その辺はそれこそミッチリ司令部で搾られるでしょう――さて隊長、どうします? ザクソン少佐と里山大尉はまだ、『外』なのですけれど?」
 ああ、持つべきは有能な部下だ――とは恥ずかしいので口にしなかった。暗に彼女は『今後』の指示をそれとなく要求してきているのだ。東洋系、より正確には日本人系列の遺伝濃い美しいムラサメ中尉はこの『第101統合特務部隊モーニング・スター』の副隊長格の一人でもあった。士官学校を優秀な成績で『卒業』していることもあり、基本的に脳味噌筋肉なパイロット並びに海兵隊崩れによって構成されている101の中では異質な存在ではあったが、その軍事・公的書類処理能力の高さは大いに重宝されていたし、何よりも女性ならではの繊細な、行き届いた配慮の数々もあり、隊員達からは必要不可欠な存在と認知されて久しい。
「ん――『家』は近いから、二人に『お任せ』で。そのまま帰っても良いし、『ハインド』で一服するのもご自由に、ってね」
 了解、と直ちに外部通信を入れ始めたムラサメ中尉の背中を確認し、隊長は無人の操舵席へ身軽に飛び乗った。首元で束ねられた長髪、純白と呼べる程の白髪、その房がゆっくりと波を打って後に続く。
「おや、直にエミリナが戻って来ますがよろしいんで?」
 よいしょと操舵席に腰を落ち着けた団長に驚いたのか、クーガーがそんなことを言ってきた。今は席を外しているものの、基本的にそこはエミリナ・ロードス中尉の指定席だったからだ。
「ん――しばらく『晴嵐(せいらん)クラス』の舵、握っていないから、ちょっとやっておきたいなと思って。これも隊長の特権ってな」
 『晴嵐級軽輸送艇』、それが今の彼等が搭乗している船種名である。第101統合特務部隊はこれを四艇――その内の一艇は予備機である――所有しており、この二番艇は隊員達に『ハインド』と言う名称で呼ばれていた。必要最低限の居住環境を有し、標準艦載機の三機までの搭載を可能とする軽輸送艇、晴嵐級。もっとも搭載とは名ばかりなのが実情で、実際にはその船体胴体部外壁に設けられたハード・ポイントで強引に艦載機の、それもコックピットハッチを固定する、なんとも原始的な運用実態ではあった。無重力の宇宙空間のみで許されるそんな不格好な結合状態は『親亀仔亀』と他ならない隊員自身達からの冷やかしを受け、『艦載とか搭載とか最初に言い出したのは誰なのかしらー』と鼻歌を口ずさまれるに至る始末だったが。無論、そんな不格好な外観が『晴嵐級』の本質では無かった。

 とにかく求められたのは『機能性』と『運用性』の高さ。

 軽微ながらも戦闘機のメンテナンス、補給を可能とするこの運用方法は結果的に機体の足――この場合は航続距離の意味――の伸展を実現させ、そして何よりも乗員であるパイロットの心身負担、その軽減と言った成果に大きく貢献することとなった。艇全域まではさすがに及ばないものの、有重力区画が存在し、簡易的なものとは言えシャワーまで用意されており、休息室ではなんと、足を伸ばして眠ることだって可能なのだ。更には、従来の輸送艇に改良工程を僅かに加えるだけで建造を可能とする、そんなコストパフォーマンスの高さもスポンサーである太陽系惑星連合宇宙軍からは大いに歓迎される要素だったことは付け加えておきたい。

 そんな『晴嵐級』は他ならぬ教導隊、『第101統合特務部隊』通称『モーニング・スター』によって発案、そして実運用され、量産へと至った存在であった。

 そう、『第101統合特務部隊』は新兵器の提案、運用、実践、そして時にはアグレッサー、敵軍の役割を担ってまで味方を襲撃する任を負った『教導隊』だ。

 そんな『第101統合特務部隊』の創設は『火星沖会戦』、その終戦直後に『しょぼく』遡る。実の所、結成から数年も経過していない若い部隊ではあるのだが、それでもここに至るまではささやかな歴史、来歴は存在していた。剣林弾雨、屍山血河と言う表現も生温い――かくも形容される修羅場、鉄火場、土壇場、戦場であった『火星沖会戦』を、統計学的にも有り得ない確率の、それこそ奇跡的な生残性、生存率を発揮したエース部隊、『連合宇宙軍第901航宙大隊』、通称『モーニング・スター大隊』がこの前身に当たると言っても良いのだろう。戦後尚、損耗甚だしかった連合宇宙軍は、その軍根幹の運用法に立ち返ることとなり、その判断が結果的にウルトラ・エース達の集う集団、その再結成を決定する段へと辿り至ったのである。

 あまりにも『個性』『特性』の強すぎる部隊となる可能性、危険性を指摘する意見もあるにはあったのだが、とにかく優秀な人材の決定的な不足という現実が軍首脳部を焦らせた結果、一度は太陽系内で散り散りとなっていた旧『モーニング・スター』の構成員、エース達は除隊した者を除いて終戦より三ヶ月を数えることなく再度、『一点』へと集められることとなり、また『海兵隊』の精鋭をここに加え、『統合団』とすることで更なる戦術略を含めた運用模索が期待される存在となった。なってしまった。

 さて、改めて『モーニング・スター』の号を戴くこととなった新設の統合特務部隊としての101だったが、全て事が順調に運んだとは言い難かった。指揮官役であり、隊長格――実質目付役――となる人物の絞り込みには低からぬハードルが存在していたのだ。本来、就任が内定されていた宇宙軍高級佐官の存在もあったのだが、結果的にそのリーダー、隊長として迎えられることとなったのは『第901航宙大隊』、その隊長役を最期まで勤め上げた一人のウルトラ・エースだった。『エースの中のエース』と呼ばれ、友軍からは『白の戦慄』と尊敬と賞賛、そして畏怖の念を。敵軍からは『白い悪魔』として敵意殺意と恐怖を向け注がれた存在であり、元901構成員の誰一人として『彼』以外の下に着くことを、そして何よりも『彼』を差し置いて隊長の座に就くことを潔しとしなかった、軍首脳部にとっても恐ろしい現実が海王星の大地よりも余程に冷たく存在していたからであった。

 戦後、その論功勲章を『わや』としかねない不祥事、問題行動の数々――『彼』の名誉のために言及しておくと、一概に彼だけを責め立てる訳にはいかない事情側面もあった――は正式記録にはこれは『意図的に残されていない』ところではあったのだが、それでも連合宇宙軍首脳は結果として三顧(さんこ)の礼を用いて『問題児』である彼を引き戻さなければならなかった、そんな容赦の無い台所事情。もっとも、そんな人物を再度、そんな表舞台に引き戻すのに特段の労苦が伴ったかと言えば、全く伴わなかったのが実情であったが、それこそ、他で語られるべきエピソードなのだろう。

 繰り返しになるが、ともあれ名実共に名の知られた、或いは知られ過ぎた『ウルトラ・エース達』と、そしてこれもまた恐ろしいことに『隊長』という一個人を『信奉』、『信仰』すると言っても過言ではない『海兵隊の鬼達』が集結してしまった結果、『太陽系惑星連合宇宙軍第101統合特務部隊モーニング・スター』がここに改めて誕生した。

 宇宙軍、その今後の編成を根底から構築、新兵器群の提案とその運用模索、アグレッサーとしての味方艦襲撃、友軍パイロットへの技術指導、対テロリスト他の哨戒活動、或いは鎮圧行動、災害救助、民間人へのサービスとしての飛行演舞etc。

 艦載機だとか機動艦の運用に止まらず、時には味方に対する強制乗艦を伴う擬似的な『海賊行為』も厭(いと)わない――今回、輸送艦『イェンチェン』は犠牲になったのだ――正に鬼集団、その代名詞。

 冗談混じりながら、実に残りの全宇宙軍を以(もっ)てしても相対するのは或いはこれは困難なのではないだろうか、とまで評されている存在。

 味方からは畏怖の念を含めつつも賞賛、尊敬され。そして宇宙海賊を始めとする犯罪者、テロリスト諸々に対しては底冷えする恐怖を容赦なくもたらす死神の具現。

 『太陽系惑星連合宇宙軍第101統合特務部隊モーニング・スター』は、そんな部隊だった。


「さて、つまらん仕事も終わったじゃん――早く『お家』帰ってビール呑んで気持ちよく寝ちゃおうぜ!!」
 久しい感触、『ハインド』の操縦桿を撫で付けながら、叫んだ美青年、その丁寧に束ねられた白髪、房が振り向き直った顔に遅れ、ゆっくりと宙を泳いだ。もっとも、彼が『白の戦慄』と呼ばれるのはその髪の色に由来するものではなかったが。いや、そもそも『元』部下達は、かつては知らなかった。

 大隊長が、火星沖会戦時はその透き通った綺麗な白髪を無粋な茶色に染め抜いていたことを。

 イイイイヤッホウウウウウウウ、と部下、ざっと十数名の声が続き轟く中、通信が入れられた。

『24号機のフローラだ、バカヤロー!! こっちも仲間に入れやがれ――ってか帰還してもよろしいでありますか。ぶっちゃけできれば便器でオシッコしたいんですがあ!!!』
 あ、飛んでる奴等いるの忘れてた、そんな隊長の反応にやはり全員が爆笑した。そこに、上品だとか下品と言った境界、垣根は存在しない。実際、宇宙軍の『鉄火場』にあって性差は存在しなかったし、必要も無いのだ。極端な一例にはなるが、時には薄壁一枚隔て並んで互いに下半身露出の上で糞便を垂れる、それは当たり前の光景であって――カオスだが、これもまた『連合宇宙軍の日常』であった。
「チッ――戻ってくるのかよ、めんどくせー」
 艦載機が接舷するとなればそれはそれでアクションが必要になるので、間違った操舵士(※現)の発言ではなかったのだが。
『隊長さんよ、君ぃあの時『アマテラス』でさぁ、あたしのおっぱい――』
「ああああーーーーー回線不良、とにかく接舷ですねあーあーあーあーあーあ――」
 回線不良と言いながら、回線の繋がっていたスイッチを物理的に跳ね上げている隊長である。
「クーガー、ナイト02と03の接舷準備。直ちに用意、かかるぞ!」
 キリッ、とそれはそれは華麗に決めた隊長だったが、今回は問屋が卸してくれなかった。
「……なんとなく想像は着いているんですけれど、隊長はフローラさんにどんな『借り』があるんです???」
 結果的に操舵士席に着いていたこともあり、真横のソフィ・ムラサメさんのそんな発言は情け容赦なく右耳鼓膜を踊り叩いてきてくれるのだった。
「あ、ああ……まあ過酷な戦場を共有していた『戦友』的な『アレ』かなぁ――」
 ハハハ、と隊長は笑ったが首筋に向けられているソフィさんのジト目線はそれはそれは凄かった。
「……それはアレですか、火星沖会戦時は『もにすた』要員じゃなかった私には理解できない的な『アレ』ですね」
 酷い略称だ、『もにすた』とかねーよ、と突っ込みたいが突っ込めない……なんで大昔のアニメ作品みたいなタイトルなの??? と声を大にして突っ込みたいが、ごめんそれ無理。
「ともあれごめん副長、取り敢えず『ワイヴ』接舷させないとならないから」
 ぷいっ、と膨れっ面を露骨に残しながら明後日の方向を向いた副長、ソフィであった。ちらと左背面のクーガーに視線を向ければ、こちらは両手をヒラヒラさせながら苦笑中とくる。やれやれ、だな。なんだかんだと若い女の子――って良く考えれば俺と年齢同じじゃねーかとかさておいて。無線を再度、繋げた。
「あいよ、ビーコン正常、アホでも接舷出来る。フローラさんの膀胱(ぼうこう)、もう少しだガンバレ!」
『……スッキリしたら覚えとけ隊長……』
 わははは、と艇内を満たす笑い声の中、等しく笑いながらソフィは一人小さく肩を竦(すく)めた。ちょっと隊長に対する意地悪が過ぎただろうか、と。
「トイレがないのならスーツの中ですれば良いじゃない!」
『隊長、それはひでぇ――フローラさんだってオンナノコですぜ、多分』
 現在、フローラの僚機となっている64号機の里山大尉までもがノッてきた。
『……お前等、郎党もいでやるからナー覚悟しとけヨー』
 一見、『お笑い集団』にしか見えない彼等がそれでも一度(ひとたび)、『事有り』となった際の変貌(へんぼう)振りをどれだけの人間が知っているのだろうか、ふとソフィはそんなことを考えてしまった。そもそも、自分がこの『特務部隊』に配属になった経緯も経緯だったが……これは別の機会に語られるべき物語かなー。
「『ハイランド』に通信、入れます。予定通りの帰還ということで宜しいでしょうか隊長?」
 仕事を忘れる訳にはいかない。真なる意味での彼等の『家』、『母艦』である『ハイランド』。
「ういっ、それで頼む。風呂と飯の準備を忘れんなって付け加えておいてくれ――あ、更に追記、『愛情大爆発ニラレバ炒め』に期待二重丸っ、てな!」
 了解でーす、そんな返答を聞きながら隊長はサブディスプレイに目を向けた。なんだかんだと、外部空間の二機に対して注意は払っているのだ、これでも。
「――あ、そいや隊長の58号機は次の更新でメーカーによるオーバーホール受けんでしたっけね?」
 トイレから戻ってみれば、自分の指定席は隊長に占拠されており、手持ち無沙汰となっているエミリナ・ロードス中尉がその背もたれで体を器用に空中保持しながら言ってきた。
「んぁ――神経質な気もするけれど、ブースターの様子を見たいのが本音じゃないかなって――ところで事後承諾ですまないが操舵して良いかい、エミリナさん?」
「あ、そりゃ助かります――ってブースターって先日58号機に積まれたアレっすよね……『アキレス』でしたっけ……」
 順番を逆に答えておきながら、エミリナはうーん、と顎に指を当てた。
「個人的には気に入っているけれどね。問題は燃費と、それとちょっとだけ『じゃじゃ馬』なところってか」
 隊長がじゃじゃ馬ってどんだけだー、周囲が一斉に溜息を吐き、天を仰いだ瞬間ではあった。
「あたし、絶対乗りたくないですね……ゲロ袋どんだけ必要かなぁって」
「まあオススメはできんがまあ近い内に乗って貰うことになるかと……つか僕一人だけの感想とか霧男が嫌がるに決まってんじゃん」
「いやああああああああああ!!! もう、どんだけあの『マッドエンジニア』はこっちに絡んで来るんだファーーーーーーーーック!!!」
 エミリナの絶叫悲鳴に、どっと笑い声が満たされたのも、しかしここまでだった。何回、何十回と耳にしても馴れることのないサイレン音が笑い声に取って代わって艇内に鳴り響いたからだ。
「各員、状況確認、報告を――エミリナ」
 操舵席から立ち上がった隊長の代わりにエミリナがそのシートに真顔、無言で滑り込む。会話は、ここに及んで一切が必要無かった。
「救難信号を受信! どうやら久しぶりの『お客さん』です!!」
 ソフィが立体モニターを二つ三つと切替ながら操作を行っている。やれやれ、海賊の真似事をしていたらホンマモンが出てきやがったか、クーガーが太い首をゴキリと鳴らした。
「詳細を。分かる範囲で構わない――」
 指揮卓へと戻った隊長の顔に、笑顔はもはや欠片も存在していなかった。
『隊長、フローラ機は現状を維持するぞ』
 接舷間近だったが、フローラ・ザクソンは無線でそう言ってくれた。
「すまんが、トイレパックで用は足してもらう」
『Roger』
 収納したばかりのアサルトライフルを再び取り出した海兵組を一瞥して、隊長は情報端末を胸ポケットから引き抜いた。呼び出したウィンドウは一つだけ。
「出るんですか?」
 主語を省略し、エミリナが驚いた顔を向けてくる。
「……場合によっては僕の58号機が一番早く現場(げんじょう)に届く可能性があるからね」
 例のブースターですかぁ、呟いたエミリナには答えず、隊長は指揮席下部からパイロット・スーツを引き出した。
「……報告! 登録情報によれば民間輸送船『ユヴァスキュラ』、積荷は一般貨物、危険物無し、乗員8名、うち未成年2名とのこと」
 ソフィの報告に、チッと隊長は露骨な舌打ちを行った。正直、未成年は困る。
「軍本部からは?」
 スーツに袖を通しながら隊長は尋ねた。もっとも、想像は付いているのだが。
「未だ、何も――まず間違いなく、本艇が一番近いようですが」

「ザクソン、里山の両機は直ちに現場へ急行しろ。自分も直ぐに後を追う」
『ナイト02、了解』
『ナイト03里山、了解しました!』

「『ワイヴァーン』で片が付けばこっちは楽ですがね。何かあれば呼んでやって下さい。準備はしておきますんで」
 ヘルメットを差し出してくれたマグヌスが親指を力強く立ててくる。
「おう、期待させて貰いますよ――その機会が無いことを祈っていて欲しいが」
 ヤ、と互いの握り拳を打ち付け合い、隊長がヘルメットを装着した。
「『ハインド』の指揮権をムラサメ中尉へ譲渡する。後は任せる――」
「ムラサメ中尉、拝命!」
 着席のまま、左手での簡易敬礼を戻してくるソフィだった。一般の部隊であれば有り得ない非礼な行為であったが、勿論この『101』は一般部隊ではなかった。

 『ハインド』のブリッジを抜け、簡易エアロックを二つも抜ければ、もうそこには愛機のコックピットが存在していた。明滅している各計器類が主である自分を手招きしている、そう想像してしまう自分は大概にロマンチストなのだろうか。既にエンジンに火は入れられており、後は飛び立つだけの状態だ。

 連合宇宙軍制式採用航宙戦闘機AF-10『ワイヴァーン』。

 相棒であり、命の恩人。

 大切な翼。

 病的だとは思う。こうやって『ワイヴァーン』のコックピットに身を預けた時が一番、落ち着けると言うのは。

 発進手順で必要のない部分を省略。主機関出力を始め、異常は一切が無し。



 『第101統合特務部隊』隊長は、ヘルメット内の酸素を大きく、吸い込んだ。




「コールサイン、ナイト01――クリストファ・アレン、58号機出るぞ!」
 

posted by 光橋祐希 at 00:00| Chapter:02 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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